表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/33

第八話 糧反の計

明日も21時投稿です。



「我々の勝機は、ずはり兵糧攻めにあります」


 総軍師長ロメニウスは、卓上に地図を広げ王に説明する。


「現在、ラスト王国軍は本拠地から二百キロ離れたエミール地方に駐屯しております。ここで注目していただきたいのは、二百キロという距離のことです。一般的に、二百キロという距離を私たちは「馬車限界」と呼んでおります。この「馬車限界」という言葉は、それ以上の距離に物資を供給することが困難なラインのことを指す言葉です」


「なぜ「馬車限界」がきたら、物資輸送が困難になるんだ?」


 怪訝そうにゴーラス王が首を傾げたが、すかさずロメニウスは答えた。


「それは、馬車を引く馬や調教師、それを護衛する兵士たち自身も食料を消費するからです。定式化するならば、馬車に載せた食料から、輸送する兵士や馬が消費する食料を引いた残りの食料が、現場にいきわたる食料の量となります。仮にですが、馬車に最大二百キログラムの食料を詰めることができるとして、それを輸送する馬や兵士が一キロ進むごとに一キログラムの食料を消費するとしましょう。それでは、二百キロ進んだら馬車に食料は何キログラム残っているでしょうか?」


 少し考えたのち、ゴーラス王が答える。


「そりゃぁ、馬車に二百キログラム積んだのだから、二百キログラム残っているだろ。簡単じゃねぇか!!」


 サルード王が眉をひそめ、反論する。


「馬鹿言わないでよ、それじゃあ輸送部隊は飲まず食わずで進んできたわけじゃない。そんな輸送部隊いてたまるもんか。元々二百キログラムあった食料が、一キロ進むごとに一キログラム減るわけだろ?そしたら、一キロ進めば残りは百九十九キログラム、二キロ進めば百九十八キログラム……といけば、二百キロ進めば零キログラム。つまり、馬車に食料は何一つ残っていないということでしょ?」


「さようでございます。つまり、この場合二百キロ進めば着いたころには馬車の中身はすっからかんということです。これでは、何のための輸送部隊か分かりませんよね。もちろんこれはあくまで理論上の話です。実際には途中で補給路を確保したり、現地調達をしたり、はたまた盗賊に襲われたりすることもあるのでこの通りになるというわけではありません。しかしながら、二百キロという距離がいかに兵糧に影響を与えるかがなんとなくですが、イメージできるかと思います」


 すうっと息を整えたのち、ロメニウスは結論をはじき出す。


「したがって彼らは今現在、兵糧で苦労している頃合いだと思われます。そこで我々はラスト王国軍と真正面から戦うのではなく、補給路を断つことを優先します。補給路さえ断てば、馬車限界よろしく、彼らは撤退せざるを得ません。これぞまさしく、「糧反の計」でございます」


「そんな上手くいくの?」


 サルード王の問いに対し、ロメニウスは自信なさげな表情をした。


「実を言うと、私もそこまで上手くいくとは思っておりません。アナスタシア姫は幼少期から数多の死線を潜り抜けた天才軍師です。我々の狙いなどお見通しでしょう」


「では、どうするのだ」


「裏をかくのです。補給路を断つふりをして、本陣を叩くのがよろしいかと」


 しばらくの沈黙が流れたのち、ゴーラス王が声を荒げる。


「本陣を叩くだぁ!? てめぇ、大負けしておきながらよくそんな口がきけるなぁ!! 俺らは大半の兵士を失っているんだぞ!? 本陣なんか叩けるわけねぇだろ!!」


「ゴーラス王、それと同じことを相手も考えております。私が思いますに、戦で最も危険なことは「この手は絶対打たないはずだ。」と信じることでございます」


 ロメニウスが毅然とした態度を取る。


「視野が狭くなればなるだけ、死はおのずと近づいてきます。ラスト王国軍は大勝したことにより、今現在、視野が狭くなっているのです。大敗を喫した我々がまさか本陣目掛けて突っ込んでくるなど、だれが想像できましょうか。むろん、相手は対策など取ってはきません。だからこそ、勝てると断言したのです」


「もし、お前の読みが外れたらどうするんだ? あぁ!?」


 詰め寄るゴーラス王に対し、ロメニウスは「斬ればよろしいかと。」と淡白に答えた。

 覚悟の決まった表情──それは、ゴーラス王を立ち止まらせ、そして……


「分かった! お前がそこまでいうなら、その案乗ってやる!! 俺は覚悟ができている人間は嫌いじゃねぇからな……ガハハハッ!!」


 とまで言わせ、会議を穏便に済ませたのであった。


─────────────

──────────

─────‥


───「「「撤退!?」」」


 三英傑は皆、口を揃え驚いた。


「なんで勝ったのに撤退しなきゃなんねぇんだよ!! 俺はぜってぇ、引かねぇかんな!」


「こら、ガリューズ♪ 子供みたいなこと、言わないの♪」


「うっせぇな!! 何様のつもりだ、てめぇ!? そういう態度がむかつくんだよ!!」


「あら♪ 子供っぽいって言われたのがえらく不満なようね。もしかして……図星?♪」


「てめぇぜってぇ、ぶっ殺す!! 今すぐ剣抜けやこらぁ!!」


「お主ら、いいかg……」


───「黙りなさい」


 アナスタシア姫の命令に、皆はすかさず姿勢を正した。


「誰の前だと思っているのですか。ガリューズ、ローズメイデン」


 二人はひたすら頭を垂れるだけであった。


「ただ、納得ができない理由もわかります。ゆえに、撤退する理由を述べておきます」


 アナスタシア姫は真っ直ぐに前を見つめた。


「撤退する理由はただ一つ──王都が奇襲される可能性があるからです」


「王都が・・奇襲?」


 皆が目を合わせると、すかさずアナスタシア姫が口を開いた。


「はい。私たちの軍は、鳴りを潜ませ行軍すること約二百キロ。その感、一切の軍部の情報を漏らすことなくここまで進軍してきました。しかし、今回の戦いでラスト王国軍の三英傑、そのすべてを前線に送っていることが敵側にばれました。とすると、相手はこう考えるでしょう……今の王都の守備はがら空きではないか?と」


 アナスタシア姫は続ける。


「そうなれば、相手はひそかに鉄騎兵を進軍させ、王都を奇襲し、私たちの帰る場所をなくすことで、勝利を掴もうとするはずです。それを防ぐために、あなた方竜の託宣者を撤退させる必要があるのです」


「なるほどな! つまり、敵がくるからそれに備えろってことか!! なんだよ、最初からそう言えばいいじゃないかよ!! 俺はてっきり、また食糧庫の警備とかになるかと思ったぜ……」


 ガリューズがそう言うと、アナスタシア姫が不機嫌そうな顔をした。


「そんなに兵糧庫の警備が嫌ですか?」


「そりゃあ、そうですよ。だってしょぼいだろ!? 警備なんざ……ですよ。俺は敵を斬って斬って斬りまくりてぇんだよ!! それでこそ、型使いってもんよ!!……ですよ」


「プー、クスクス……♪」


「は!? 何がおかしいんだよ、ローズメイデン!!」


「だって敬語が……全然使えてなくて……♪ ウフフ……ゲホッ、ゲホッ♪」


「うるせぇな、いちいち!! 別にいいだろうがよぉ!!」


「お二人とも、いい加減にしなさい」


「は!」「はい♪」


 アナスタシア姫が一喝すると、すかさずガリューズとローズメイデンは黙った。


「策は伝えました。即刻、とりかかりなさい」

「「「は!」」」


 アナスタシア姫の号令に従い、踵を返し他の者が自陣に戻っていったが、一人残った者がいた。


「ジオス、あなたもですよ。早く行きなさい」


 なぜか一人残ったジオスは、神妙そうな顔つきでアナスタシア姫に尋ねる。


「なぜ本当のことを言わないのですか?」

「本当のこと……とは?」


 ジオスは思い切って、こう切り出した。


「──兵糧が持たないから撤退すると、なぜ言わないのですか?」


 アナスタシア姫の目が開く。そして、彼女は何かを諦めたような顔をし、口を開いた。


「あなたに隠し事をしても無駄なようですね……」


 ため息交じりのアナスタシア姫の返答に、ジオスは答える。


「長い付き合いではありませんか」


 アナスタシア姫が仕方なさそうに大きな溜息をつくと、重たい口を開いた。


「そうでしたね。ではお答えしましょう。ジオス、よく覚えておきなさい。敵を騙すにはまず味方から騙さなければなりません。ゆえに、兵糧のことを黙っておいたのです」


 ジオスはすかさず聞き返す。


「では、我々竜の託宣者は兵糧庫を守った方がよろしいでしょうか?」


「兵糧庫はもちろんのこと、王都も守らなければなりません。敵の奇襲がくる可能性は十分ありますからね。ガリューズは王都を、ジオスとローズメイデンは兵糧庫を守るのが理想です」


「分かりました。では、そのように」

「待ちなさい」


 ジオスが自信満々に自陣に帰るのを引き留める、アナスタシア姫。彼が怪訝そうな顔をしながら、突っ立っていると、アナスタシア姫が再度口を開いた。


「兵糧庫に敵兵が襲来しても、あなたとローズメイデンは兵糧庫を守ることだけに徹し、敵兵と交戦したり、その場を離れたりしてはなりません。大事なことなのでもう一度言います。決して、交戦したり、持ち場を離れたりすることがないよう」


 アナスタシア姫の伝令にジオスは少し首をかしげたが、すぐさま


「承知しました」


 というだけに留め、自軍の陣地に戻っていった。

 そんなジオスをアナスタシア姫はただ、茫然と眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ