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第七話 運命の別れ道

明日も21時投稿です。


「報告します! エミールの戦いにてラスト王国軍に敗北、南下してきます!!」


 敗残兵が帰還した瞬間、大理石が敷き詰められた世界に赤い斑点が浮かび上がった。その模様は兵士が微動だにせずとも、ぽつり、ぽつりと純白な世界を紅色に染め上げる。兵士が負傷している様を皆々が見入り、場が凍り付くほどの寒気が襲ったが、それをはねのけるように一人の男が声を荒げた。


「何だと!? 十倍以上の兵力をもって挑んだのになぜ負けるんだ!!」


 壇上にいる一人がその者を指さし、怒号を浴びせる。反ラスト王国軍、左将軍のゴーラス王とはまさしく彼のことだ。

 組織のNo.3が怒号を飛び交わせた瞬間、円卓の間は一気に凍り付いた。周りにいる者は皆仰天し、ざわめき……そして、無言の兵士を凝視していたのだ。それに気づいたのか、彼……頭から血を流し、ぼろぼろの身なりで辛うじて帰還した彼は、静かに負けた理由を話し始めた。


「まずラスト王国軍は、左軍右軍、そして中央の軍にそれぞれ型使いを一人ずつ配置しました。対する我々は、中央に黒帝流のシャドウ様率いる主力部隊を配置しております。結果、中央は持ちこたえたものの、左翼と右翼の軍は型使いに成す術もなく敗走することになりました」


 カラカラに乾いた喉を唾で潤し、続きを話す。


「そののち、彼らは型使いを中央の部隊に合流させ、ガラ空きの左右に重装歩兵を縦一列に展開しました。そして、左右には重装歩兵、前方には型使いを……と後方にしか逃げ場がない状態に我々を追い込んだのです。だから皆が後方に逃げて行ったのです。皆逃げては駄目だと思っていましたが、いざ型使いが三人も迫ってきたら皆一目散に逃げました。しかし、それを完全に見切って待ち伏せしていたアナスタシア姫に背後を火責めにされたのです。そして……」


「大敗を喫したわけか」

「……はい」


一通り言い終えた瞬間、「ガシャン!!」というもの凄い音と共に瓶が割れた。


「誰か!!」「はっ!!」


 割れた瓶から水が流れ出る。その水が絨毯により真っ赤に染まった瞬間、敗残兵はすべてを悟った。


「こいつの首を斬れ!! 斬らなければ私の気が収まらん!!」

「ゴーラス王、私は報告しに参っただけです!! お願いです!! どうか、どうかお命だけは!!」


 必死の抵抗をする彼。それはひとえに、この状況を打開したく叫んだ一声だった。しかし、彼が命乞いをしている間にも割れた瓶からあふれ出た水は戻らなかった。つまり──そういうことだった。


「うるさい!! とっととこいつを処刑台に持っていけ!! 連れて行くのだ!!」

「ゴーラス王、お願いです、助けて下さい!! ゴーラス王!!」


「「ザクッ」」


 彼の姿が見えなくなった瞬間、肉片が飛び散る音が聞こえた。血だまりが出来上がるのに、そう時間はかからないだろう。それだけ早く、素早く、命の灯を奪ったのだ。

 次はお前だ──そう言いたげな真っ赤な銀閃は、悪魔の嘲笑を浮かべた。


「おい……次にだな、お前ら。この戦いを指揮したのはどこのどいつだ」

「それは、ダグラス将軍でございます」


 一人の老人が歩み寄りそう答えるが、彼はまたしても怒鳴り散らした。


「違う!! 現場を指揮している者のことを言っているのではない!! この戦略を立てた軍師はどこのどいつだと聞いているんだ!!」


 皆が目線を合わせる。そして、意を決したようにぽつりと呟いた。


「「それは……ここにいる全員です……」」


「なるほど。つまり、お前ら全員切り殺せばいいわけだな。」


 怒りに震えた目で皆を睨みつける。その瞬間、周囲がざわめき……場が凍り付いた。


「ゴーラス王、おやめください!! そんなことをすれば本当に終わりです!!」

「うるさい!! 誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ!!」

「いい加減にしないか、ゴーラス」


 そこに一人の男が現れる。ルークイド王……反ラスト王国軍の総司令官、組織でNo.1の男だ。そんな彼が、静かに口を開いた。


「相手は防御を捨てて攻撃にすべてをかけたんだ。これは流石に想定外だった」

「なんで予想できなかったんだよ!! 元はといえばッッ……!!」


 怒り狂うゴーラス王と冷静なルークイド王の間に一人の男が入り込む。


「よしなよ、僕ら全員で賛成したでしょ。前軍、中軍、後軍でそれぞれ一人ずつ型を使える奴を配置するって。奇襲を防ぐのを最優先にするってさ」


サルード王……コーネリア連合国軍の右将軍、組織のN0.2が仲裁に入ったのだ。


「そうだけどよ、サルード!! なんで奇襲が得意なアナスタシア姫が、今回の戦いに限って順当に攻めてくるんだよ。なんでだよ……クソッ!クソォッッ……!!」


「「ガシャン!!」」


 またしても瓶が割れ、中から水があふれだす。しかし仲裁に入ったおかげか、今度は誰も流血せずに済んだのであった。


「『軍神アナスタシア』の名は伊達じゃないってことだな。さて……どうしようか」

「──戦うか、降伏か」


 ルークイド王が、二人に問いかける。しかし、二人はこの難題に即答した。


「戦うに決まっているだろ!! アナスタシアにどれだけの仲間を殺されたと思っているんだ!!」

「同感です。女一人にコケにされて黙っているほど、僕らも腰抜けではありません」

「そうか……」


 一人で悩む姿を見せる彼。そんな彼を不信がり、「お前はどうなんだよ」とゴーラス王が声をかける。すると彼が震えた声で、かすれた声で……静かに口を開いた。


「俺は反対だな。大部分の兵を失った今、もうラスト王国に対抗できる力はないだろ。素直に降伏するべきだ」


 直後、『ガシャン!!』という音とともにゴーラス王が怒鳴り散らす。


「ふざけんなよ! お前が始めた戦いだろ!! なんでお前が先に降りようとしているんだよ!! 死んでいった兵士のことも考えて物言えよ!!」


 サルード王もそれに追随した。


「僕もふざけるなって思いますね。失敗したら、即降伏って……。死んでいった兵士のために最後まで戦うのが筋ってものじゃないですか?」


 ルークイド王は負けじと言い返す。


「筋とか責任とかじゃなくて、現実を直視するのが先じゃないかってことだよ。感情論じゃなくて論理的に話し合わないといけない場だろ?」


 ゴーラス王が激昂した。


「ふざけんなよ!! 何度もいうようで悪いけどよぉ!! お前が戦おうって言ったから、俺らはこうして戦っているわけじゃねぇか!!」


 ひと悶着が終わらぬ間に、ゴーラス王が詰め寄る。


「おい、ルークイド。次は絶対勝つぞ……わかったな?」

「何か策でもあるのか?」


 間髪入れずに聞き返した彼に、ゴーラス王とサルード王は、


「んなもんより、まずは気合を入れるのが先だろ!! 策を練るよりまずは行動だ!!」

「サルードはどうなんだ?」

「まぁ、なんとかなるんじゃないですか? 次は勝てそうって気がするんですよね」


 と自信の無さを隠す様に、不自然なまでにハキハキと喋ったのであった。


(考えることを放棄しているな。五十万の軍勢で挑んだのに、たった五万の軍勢に負けたんだぞ? それを策なしの気合だけで乗り切ろうとするなんて無茶があるだろ……)


 そんな思考をしていたが、時は待ってはくれなかった。


「マルクス!!」

「マルクス、王に拝謁します」


 先ほど歩み寄った老人が王に会釈をした。


「おい、マルクス。連合国軍の総軍師長に任命されたときの気分はどうだったか?」

「それは、嬉しかったですが……」


 彼がそう呟くと、『バン!!』という机を叩く音共に、轟音が鳴り響く。


「こんな失態を犯して、抜け抜けとよくそんなことがいえるな!!」

「大変申し訳ありません!!」


「責任取って、次は勝てよ」


 彼がそう言うや否や、すぐさま彼は──拒絶した。


「それは無理です。私には、もう……策がありません」

「なんだと、てめぇ……!!」


 マルクスはすかさず土下座し、自らの思いを吐露した。


「普通はすべての兵力を前線に注ぎ込むことはしないのです、ゴーラス王!! 型使いが三人いる場合は、部隊を三つに分け、それぞれに一人ずつ型使いを配置します。奇襲をかけられたりする場合の備えで、兵力をしっかり分散させ、リスク回避を図るのです。しかし、アナスタシア姫はそのようなことをしませんでした。それはひとえに、我々の行動パターンをすでに見抜いていたからでございます。五十万の軍勢がたった五万の軍勢に負けたとなれば、私はもう軍を指揮できる自信が……ありません」


『グサッ』


(な……!?)


 ルークイド王が立つ。それと同時に、膝から力が抜けた老体が血だまりとともに、無残に地べたを張った。


「いいかお前ら!! こんな弱音を吐いた奴はたとえ位が高い人間であろうと、徳を積んだ人間であろうと容赦しない!! その覚悟を今、ここで示した!! 死ぬ気でかかれ!! そうすれば、必ず事を成すことができる!!」

「なにをやっている、ゴーラス!! 貴様……何をやったかわかっているのか!!」


 ルークイド王が怒りに近い感情で指摘すると、ゴーラス王は冷静に答えた。


「分かっているとも。撤退するなどと抜かすやつは始末する。その意を伝えたまでだ。それは、ルークイド。貴様とて例外ではないぞ。それとも、この期に及んで和睦しようなどと抜かす気か?」


 ルークイド王の歩みを阻むように、サルード王が剣を突き立てた。


「くそっ、こんなことやったって、アナスタシア姫には指一本触れられないぞ」


 ルークイド王がそう言い放つと、すかさずサルード王が淡々と返事をした。


「別に触れなくていいじゃん。殺すだけだし」

「そういう意味じゃ……」

「黙っててもらえますか? もう、僕……戦うことに決めましたから」


 今この瞬間、運命の歯車は、ルークイド王を除いて動き出す。


「副軍師長、前へ!!」

「副軍師長、ロメニウス。王に拝謁します」


 ゴーラス王は一呼吸置き、試すように威圧感を放ちながら語りかける。


「ロメニウス、この戦い、勝てるよな?」

「それは……」


『スッ』


「はい、勝てます!! この戦い、我々に勝機ありかと!!」

「うむ、よろしい。では、ロメニウス、今日からお前が反ラスト王国軍総軍師長だ。本日より命を下す」


 すうっと息を吸い込むと、今までの怒号よりもはるかに大きな声で檄を飛ばした。


「賊を討て!! アナスタシアを殺せ!!」

「承知しました!! 必ずや、ゴーラス王のお役に立てるよう、尽力いたします!!」

「よし、では作戦会議だ!!」


 彼がそう言うや否や、サルード王は剣をしまいゴーラス王のもとに駆け寄る。

 そしてゴーラス王が、


「ルークイド。貴様に参加資格はない。いつまでも本城で蹲って、指くわえながら見ていればいい。その代わり、アナスタシアに勝ったら、その功績は俺とサルードで山分けする。せいぜい、女子供のように蹲っておくんだな……ガハハ……ガハハハハッッ!!」


 という声を響かせ、作戦会議室を後にしたのであった。

 あとに残されたのは、彼と……剣を突き立てたゴーラス王の側近兵だけだった。


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