第五話 かくして散る
明日も19時くらいに投稿する予定です。
「炎帝流、二の型──ッッ!!」
「黄帝流、八の型──」
「白帝流、五の型──」
「──双炎乱舞ッッ!!」
「──八門雷♪」
「──白煌五竜」
赤、黄、白の三色がそれぞれの型を披露する。ある型は縦に、ある型は横に、またある型は斜め方向に。それぞれが自分の持てる全てを剣に伝え、膨大なエネルギーを放出させる。その力は不規則ながらもやがては収束し、たった一人の人物の方に向かっていく。無論、刃を向けた先は──真っ黒に染まった彼であった。
「黒帝流、三の型──」
それに応えるかのように、黒い剣を抜く。剣先まで真っ黒に染まった獲物は、黒い靄を出しながら不気味に揺らめき、そして─
「──三帝≪暗黒世界≫」
斬る──炎を、雷を、白光を。完膚なきまでに叩き斬る。
ハエを払うように軽々しく振り払った一閃は、絶大な威力を誇っていた。三人の型使いを同時にしても、息遣いが全く乱れていないことが何よりの証拠である。息一つ弾ませず、かの強力な三撃を屠った彼にラスト王国軍は動揺していた──ただ三英傑を除いては。
「まだまだッッ!!」
威勢の良い掛け声とともに、一人の男が飛び出してきた。最初に熱戦を演じた、かのガリューズ・ヴァン・アルバートである。
「炎帝流、五の型──ッッ!!」
上空に飛び出した彼は、力いっぱい剣を握りしめた。力むあまり拳は真っ赤になり、それに答えるかのように剣が真っ赤に染まる。それを見届けた彼は、自分の全体重を大地にのせるように着地した。轟音と共に大地がへこみ、足を踏み込み、そして──
「──五行≪焔≫ッッ!!」
繰り広げたのは、縦方向の一閃であった。自分の全てを乗せた全身全霊の一撃である。
大地が真っ赤に染まり、周りの空気は蜃気楼のように歪んでいた。それだけの熱量を剣先に宿しながら放たれる会心の一撃。食らえばひとたまりもないその一撃を見るや否や、彼は──失笑した。
「黒帝流、二の型──」
軽い笑い声と共に、地獄の使者が語り掛ける。ひどく低音で、どす黒くて、重厚な厚みのある声で。迫りくる勇者をものともしない彼は、そんな声色で次なる型を示したのだ。
「──黒覇無双」
刹那、金属が鳴り合う音がした。この世のものとは思えない程、大きな音である。
金属同士ががなりたてるこの世のすべての音が軽すぎることを示すその音は、しばらく耳から離れず、どれだけの大きな衝突があったかを、全世界の人々に知らしめていたのだ。
「黄帝流、三の型──」
炎竜の次に現れたのは、またしても雷竜であった。剣同士の打ち合いで豪熱風が吹き荒れている中、それを物ともせず颯爽と駆けるその姿を、竜以外の何と表現すればいいのだろうか。
彼女は腰を低くしたまま急接近した。その剣にはやはり雷光が宿っており、そして─
「──迅雷≪三雲≫♪」
斜め上に切り上げられる斬撃。それは『バチッ』という音と共に、空間を切り伏せようとする。空気ですら自分は斬られていないと錯覚するほどの早い斬撃が、怪物に迫ってきていた。先ほどのような、喉が焼けそうなただひたすらに熱い熱気ではなく、何かモヤッとした熱気であったが、殺気はそれ以上に鋭く尖っていた。そんな無慈悲な殺人斬が自分の首目掛けて飛んでくるが──それさえも彼は一蹴した。
「派生、九の型──」
唱える。人生の終点を。放つ。命を懸けた、一撃の重みを。
「──九皐≪冥帝竜≫」
「きゃっ!!」
比にならない程重たかったその一撃。それは確実にローズメイデンを射抜いていた。
彼女の雷は彼の悪とぶつかった瞬間、真っ黒などす黒いオーラに飲み込まれ、蝕まれた。そして、あまりの力の差に成す術もなくなった彼女は、自ら尻もちをつき、醜態をさらしてしまったのだ。
「貰った」
殺人鬼が微笑む。まずは一人……そう言いたげな表情だ。完全に体制を崩した彼女は、見つめるしかなかった。それだけ一瞬の出来事だったのだ。それだけ彼が、人間離れした速さで剣を振ったのだ。
「あ」
上を見上げると太陽が隠れていた。黒竜に隠されていたのだ。
希望の光は無くなり、起き上がる気力を失う。だから彼女は動かなかった。ただただ、彼の悪趣味な笑みを見つけるだけだった。
「くっそ、間に合わねぇ! 頼む、ジオス!!」
諦めない者がいた。その者が声を掛けると、希望の光が差し込む。
「白帝流、一の型──」
「──白銀一閃」
ローズメイデンの首のすぐそばで空間が歪んだ気がした瞬間、遅れて剣戟が鳴り響く。物理法則を歪める一歩寸前の、まるで世界の創造主が想定していないような衝撃波を世界が襲った瞬間である。
「くそッ! あと一歩だったのに!!」
シャドウが後ろに一歩下がる。と同時に、なにやら背後から殺気を感じたが、その直後声が聞こえてきた。
「おい! 俺を忘れるとはいい度胸しているじゃねぇか!!」
謝罪の言葉を待たずして、剣を抜く。
「炎帝竜、一の型──!!」
「──劫火一閃!!」
「くそっ」と短く言い放ち、体を半転させる。多少無理な体制を取ってでも、迎え撃つ覚悟があるからだ。
「黒帝流、六の型──」
「──六尺之黒」
剣で切り裂くとともに轟音が鳴り響き、後方に吹き飛ぶガリューズの姿が見えた。
(よし、いける)
スローモーションの世界。それは、ガリューズの背中が大木にぶつかったのを、鈍い音とともに自分に伝えていた。
「ジオス!!!」
行けると思い踏み込んだその足は、ガリューズの鬼気迫る叫び声に引き戻されてしまう。それは単にガリューズを恐れていたからではない。ジオスが懐に入り込んでいたからだ。
「白帝流、二の型──」
完全なる射程圏内と完璧なタイミング……その二つを敵に与えた者に生きる資格はない。この世界の真実を、そう人類に分からせにきた男が、今──剣を振る!!
「──白夜≪双風来≫!!」
「グハッ!!」
鮮血がしたたり落ちる。通常であれば泣き別れになる胴体であったが、彼が得た尋常じゃない闇の力により、辛うじて一命はとりとめていた。しかし──
「くそっ、死ね!! 黒帝竜、八の型──」
「八の型……あれ?」
剣を握っている右手を見ると、竜結晶がびっしりとついていた。右手だけではない、左手にも、右足にも、左足にも、自らの体で見える範囲そのすべてが急激に固まりだし、結晶化し……動けなくなっていた。
「しまった……竜化!!」
彼がそう叫んだのも束の間、再び型が飛んできた。
「黄帝竜、三の型──」
「──迅雷≪三雲≫♪」
「グッ……!!」
結晶もろとも切り裂き、彼の体に走るは斜めの剣撃。溢れ出す鮮血は人外のスピードですぐに止まったが、彼の体を結晶がさらに覆った。
「自己管理も出来ねぇとは情けねぇな! 竜の力に頼りすぎだ。オーバーヒート起こしているじゃねぇか!! 竜化しないよう気を付けて戦うのは竜の託宣者の基本だってのに……バカの一つ覚えみてぇに、最大出力ばっかで戦うからそうなるんだよ」
銀閃が悪魔の嘲笑を浮かべる。
「本当は殺したい……が、こっちにも事情ってものがあるんでな」
「待て……何をする気だ!!やめr!!」
次の瞬間、激しい赤のフラッシュバックとともに──両手両足は胴体と泣き別れた。
「「gkはづいあうdか!!」」
音にならない悲鳴をあげ、その場で倒れこむ。
不思議なことに血は途中で止まったものの、結晶はさらに肥大化していた。
「こんだけ結晶化していりゃ、再生までしばらく時間がかかるだろ」
「ですね♪」
結晶の周りから出ている湯気とそれに伴い溶解していく結晶を眺めながら、二人はのんきに喋る。
「ジオス様、こちらは片付きました♪ 先へお進みください♪」
「いけよ、ジオス!大将の首とってこなかったらぶっ飛ばす!!」
ローズメイデンとガリューズがそう呟くと、ジオスはこくりと頷き、ダグラス将軍の元へと向かった。それを見送ると、彼らはどっと押し寄せた疲れを抑えきれなかったのか、その場に座り込んでしまった。
「行って来いよ、ローズメイデン。てめぇに活躍の場譲ってやるって言ってんだ」
「あなたが行きなさいよ……もしかして、竜化寸前なのかしら♪」
「はぁ!? てめぇ、何ふざけたこと言いやがって!!」
勢いよく立ち上がった瞬間、彼の右手から少しの結晶が浮き出てきた。
「ああッ!!」
「ふふ、やっぱ竜化寸前じゃないの♪ えーっと、何だったけなぁー『自己管理もできないとは情けねぇ!』って意気込んでいた人、どこのどなたかなー♪」
「くっそがァァッッ!!」
激高する彼だったが、それはあくまで見せかけだった。直後、ぺたりと地面に座り込んでしまったからだ。
「はぁ……疲れた」
「ですわ♪ まぁ、今回は勝ったからいいじゃないの♪」
「『今回は』じゃなくて、『今回』もだろ? 俺ら負けたことねぇじゃん」
「うふふ、そうでしたわ♪ じゃあ、今回も快勝ということで♪」
ローズメイデンが拳を掲げ、背中を隔てた形で座り込んだ彼に催促する。
「あぁ、わかったよ。恥ずかしいことさせやがって……」
渋々了承した彼も拳を掲げ、そして……
「「お疲れ様(♪)」」
拳の甲でハイタッチし、健闘を称えあったのであった。