第四話 すべてをぶつける
今日から毎日一話ずつ投稿していきます。
「ダグラス将軍、もう持ちません!! 撤退しましょう!!」
威厳のある顔つきで馬に跨る将軍に、一人の青年が歩み寄る。黒髪に黒目、黒の服装に黒マントといった黒一色の彼のことである。大人しそうな彼の目はいまや険しい様相を呈しており、お世辞にもよい状況とはいえない現状を的確に表していた。
「いいや、まだだ!! まだみんなとの約束を果たせていないじゃないか!! 約束したんだよ。必ず勝つって……ラスト王国に勝つってなぁ!! そうだろ!? みんなぁ!!」
拳を掲げ、意気揚々と声を張り上げる。その言葉は火の鳥となり、水を得た魚の如く戦場を駆け抜けた。
<<ウオォォォオオオオ!!>>
自軍一人一人の魂に不死鳥の息吹が吹き込まれ、かつてない程の熱気に満ち溢れる。
敵軍と自軍が豆粒のように散らばり交差するこの戦場において、自軍を判別するのは非常に難しい──しかし、この時ばかりは例外であった。
一人一人が勇気と希望に満ち溢れたオーラを纏っており、それはさながら夜空に輝く一等星を見つけるが如く簡単なことだったからだ。
「ダグラス将軍、冷静になってください。将軍が生きてさえいれば、何度でも旗を挙げることができます。しかし将軍が亡くなってしまえば、旗は二度と挙がることはないでしょう。何度でもやり直せます。しかしそれは命あってのことです。右軍と左軍が壊滅しているのです! ここは戦略的撤退を!!」
将軍の前で跪き、深々と頭を下げる彼。緊張の糸が張り詰めたように微動だにしないその姿勢は、再度、緊急離脱が必要であることの警報を鳴らしていた。
「しかし、それでは……」
それでもめげずに前進しようとする将軍だったが、その言葉は最後まで語られることはなかった──奴が来たのである。
「炎帝流、一の型──」
「──劫火一閃!!」
一筋の炎とともに、一人の珍客が道を強引に切り開いてきた。
「ダグラス、やっと見つけたぜ! 手間かけさせやがってよぉ!! てめぇはアナスタシア姫から絶対逃がすなって言われてんだ!! というわけで、死んで──貰おうか!!」
剣を背骨に添わせるようにし、一直線に構える。
限界まで溜められた力は徐々に剣先へと移行し、一線の炎が猛々しく燃えるに至った。そして臨界点に達した膨大なエネルギーは、一太刀によって解き放たれる。
「炎帝流、六の型──」
「六火豪竜天ッッ!!」
地獄の業火と共に、剣閃が一直線に伸びてくる。下は地面を、上は空を。ともに切り裂きながら、縦方向に放たれる剣戟。それは空気が焦げる匂いをまき散らしながら、こちらに向かって解き放たれた。
「ダグラス将軍、早くお逃げください! ここは私が食い止めます!!」
マントを翻し、敵方面に向き直る。
険しい顔をしながらも、迫りくる鬼火に勇敢に立ち向かう彼。そんな彼は、後ろにいるダグラス将軍に見守られながら、力強く地面を踏みしめた。「お前ならできるさ」そんな声が聞こえた彼は、決意を示すよう高らかに叫ぶ。
「黒帝流、一の型──」
「──黒覇一閃!!」
腰に構えた剣を手に取りそう唱えると、黒色のオーラが剣を纏った。その後、くっきりと足跡がつくほどの力で地面と靴を噛み合わせ、思いっきり剣を引き抜いたのだ。
「「ガキィイン!!」」
けたましい剣戟の音と共に、がなりあう二つの剣。その重厚な音を聞くや否や、一人の男は満足げに笑みを浮かべた。地獄の業火の発生源であり、炎王の足跡を残した彼である。
「やっとましなやつがきたぜぇ! 型使える奴には型使える奴が対抗しねぇとなぁ!!」
「お手柔らかに……とお願いしたいところですが、そういうわけにもいきませんよね」
「当ったり前だ!! 俺より弱いやつはぶっ殺す! 俺より強いやつもいずれぶっ殺す!」
「ハハ……怖いかたですね。でも私だって、負けるわけにはいかないのですよ!!」
すぐさま二人は次の型に移る。目にも止まらぬ速さで引き抜かれた剣は火花をまき散らし、お互いの首を狙った。
「炎帝流、三の型──ッッ!!」
「黒帝流、五の型──」
「──参式≪陽炎≫ッッ!!」
「──五黒燐冥剣」
再び鳴り響く轟音──それは、人類の終焉を告げる黙示録のラッパが如く鳴り響いた。
「うぉ!!」
情けない声とともに赤髪の彼が、後方に身をよじらせる。千鳥足になりながらも、後ろに倒れ込まないように必死に耐え抜くが、黒ずくめの彼がそんな無防備な姿を見逃すはずも無く……
「とった」
ガリューズの背後から黒い一筋の剣先が不気味に揺らめいた。そして……
「黒帝竜、三n……」
「黄帝流、六の型──」
「──六覇≪雷鳴≫♪」
『バチッ』という音ともに、再び剣戟が鳴り響く。
ガリューズの首までもう少しという所で、黄姫が割って入ってきたのだ。
「クソッッ!!」
後方に下がり、体制を立て直す。唇を噛みしめ悔しそうにする彼だったが、すぐに次の行動に移ることができなかった。衝撃が伝わった右手に、いまだ鈍い痺れが残っていたからだ。
「いい加減、背後を気にしたらよくって♪」
後ろで余裕そうに彼女が話しかけた。しかし、ガリューズは、
「俺は前しか見ねぇんだよ!! 後ろ見たってなんもいいことねぇからなぁ!!」
と言い放ち、堂々とした振る舞いを隠すことは一切しなかった。
「本当に、おバカさんだこと♪」
『クスッ』と笑い、バカにしたようなそれでいて微笑ましいような笑顔を彼女が見せる。そんな様子を見た彼は恥ずかしくなったのか、「うるせぇ!」と言い放った。
しかし、その後申し訳なさそうにしょんぼりとし、
「まぁでも、今のはまじで助かった。ありがとう」
とポツリと呟いた。
そんな恥ずかしそうに下を見つめる彼を見るや否や、彼女は
「あなたも感謝の言葉くらい言えるのね♪ 少し見直したわ♪」
と、相変わらずのちょっかいを出す。
「感謝の言葉くらい知っているわ!! 舐めやがって」
いつもの調子で語られる会話──それは通常であればここで終わっていたに違いない。
しかしここは戦場だ。当然、悪魔の声が聞こえるわけで。
──お戯れの所申し訳ありませんが、そろそろ見逃してくれませんかね?
声の主は、もちろん黒づくめの彼だった。そんな彼に対し、すぐさまガリューズとローズメイデンは、
「誰が見逃すかよ!」
「私から逃げられるとお思いで♪」
と間髪入れずに言い放った。
「そうですか……なら、仕方ないですね」
『フッ』と彼が溜息をつくと、
「私が死ぬか、あなた方が死ぬか。そのどちらかが達成されるまで、戦いましょう」
と宣言した。彼の目は覚悟を決めたような眼差しを呈しており、そして──
「深淵の儀──黒竜ドメラ・ゲイル」
彼がそう呟くと、青空に不穏な空気が走った。空が、大地が、海が、世界が……真っ黒に変わった。
彼の頭上で渦巻く竜巻は真っ黒で、雲は真っ黒で、空風も真っ黒で。そんなこの世の地獄絵図を目の当たりにした兵士は、皆一様に立ち尽くしていた。宣言した、彼一人を除いては。
<<対価を申せ、人間>>
どこからとなく聞こえる声。それは、この世界の住民ではない主からのものである。
それは人外の声であり、怪物の声であり、化物の声であり。連想するのが人よりも何倍も大きい化け物のような、太く、図太く、圧倒的に低い……そんな現実離れした声が聞こえてきたのだ。
「対価は……僕の命」
彼がそう呟くと、
<<承知した。恩恵を受け取れ>>
と一言だけ告げ、その黒い声は綺麗に消え去っていった。
「馬鹿者! もう帰ってこれないぞ! シャドウ!!」
ダグラス将軍が声を上げる。必死の思いで伝えるが、覚悟を決めた彼はその言葉を聞いても尚後ろを振り向き、
「ダグラス将軍、お願いです。逃げて下さい。僕が必ず食い止めますから」
「──この命に代えてでも」
そう一言付け加えた直後、真っ黒なオーラが彼の身を包んだ。
背中から異様なオーラが生えてくる彼に、もはや昔の面影はどこにも無い。そんな彼の変わりきった姿に茫然としていると、ダグラス将軍のもとに黒い竜の頭が伸びてきた。そしてオーラが具現化したそれは腰回りをぐるりと一周し、彼を掴んで離さなかったのだ。
「何をするシャドウ! 放せ! この黒いやつを解け!! 俺も戦う!!」
彼が放そうとしても一切引き離されないその黒い靄は、まるで万力を込めた拳のように微動だにしなかった。そんな悪戦苦闘するダグラス将軍を見ながら、彼は語り始めた。
「あの時、嬉しかったんです。一緒に天下を取ろうって声をかけてくれて。不敗の女王に勝とうって言ってくれて。どんな強敵にも恐れず、どんなにくじけても何度でも立ち上がるあなたは、僕に勇気をくれました」
「やめろ、シャドウ! 早く、戻ってこい!!」
黒い怪物を引き離そうと必死になるがそれでも駄目だった。力を入れれば入れるだけそれは反発し、うっ血した手は真っ赤になっている。そんなダグラス将軍を見ながら再び彼は静かに、されどはっきりと続きを語る。
「弱虫で、泣き虫で……何やっても駄目だった僕がここまでこれたのは、他の誰でもない、あなたのおかげです。あなたに何度励まされたことか、あなたにどれだけ背中を押されたことか。僕はあなたのおかげで救われました。助けられました。だから、次は……僕があなたを助ける番です」
「何を言っているんだ! お前がいなきゃだめなんだよ!! お前が生き残って初めて勝利なんだよ!! お前には生き残ってもらわないと困るんだよ!!」
悲痛な叫びも虚しく、彼の体から発せられる禍々しいオーラは止まらなかった。黒いオーラは九つの黒竜の頭を形取り、背中を中心として丸く彼を包み込む。その姿はもはや人間としての原型を留めておらず、人であった「何か」であった。
「ありがとうございます。でも、僕は──あなたが生き残ってくれれば、それでいい」
振り返ると彼は泣いていた──真っ黒な涙が頬に伝わりながら泣いていたのだ。
「逃がすわけなかろう。ここで両方、息の根を止める」
無慈悲にも声を掛けたものがいた。ジオスである。
腰の剣を抜くように構えると、瞬発的に足を踏み込み一気に加速した。そして……
「白帝流、三の型──」
「──白虎≪三千世界≫」
白い一閃がダグラス将軍の首元にあてがられる。
<<邪魔すんなよ、ジオス!!>>
そう聞こえた瞬間、ジオスの体は黒い何かに引っ張られ、思いっきり叩きつけられた。そしてそこにはガリューズとローズメイデンもおり、二人が尻もちをつきながらもジオスを支えるようにして倒れ込んでいたのだ。
「大丈夫か、お主ら」
ジオスがそう問いかけると、
「あぁ!!」
「ですわ♪」
と力強く答えた。
<<もうお前らにはッッ!!何も奪われたりしないッッッ!!>>
鬼気迫る表情で、轟音を鳴り響かせるよう腹の底から出た声。それは文字通り「命を懸けた」叫びであった。
三人は息を合わせ、怪物を見つめる。二つの拮抗する勢力はお互いの思い描いた軌跡を達成するため、剣を向け合った。
<<いくぞ、お主ら!!>>
<<ここから先はッ!!誰一人として通さないッッ!!>>
──英雄、斯く戦えり。
最終決戦が今、始まろうとしていた。