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第二話 無敵のラスト王国軍

本日、二話目の投稿です。

「前方より敵兵確認! ラスト王国軍です、来ます!!」


 見張り台に立っている兵士がそう叫ぶや否や、張り詰めた空気が場を支配する。しかしそれと同時に、「まじかよ、本当にやる気かよ。」「勝てるのかよ俺ら……」「死にたくない……」そんな悲痛な叫びの数々もまた、自軍をこだましていた。

 見張り台上にいる彼の目にもまた、悲壮感が漂っていた。戦う前から戦意を喪失している彼らに失望すると同時に、同情もしていたからだ。

 そんな重たい空気を払拭するかのように、一人の聖騎士が声をあげた。


「天下をどちらが取るか──その運命は他でもない、我々自身にかかっている」


 自軍の前にゆっくり現れた彼は皆の前で問いかける。


「なぜ恐れる。ラスト王国が連戦連勝だからか?なぜ震える。天下一の才女、アナスタシア姫が指揮をとっているからか?なぜ頭を垂れる。自分たちが負けるかもしれないと……そう思っているからか?」


 何一つ音がない世界──それは、果てしなく続く青空のように全軍へと広がった。

 皆の瞳は鼠色に染まっていた。精気の無い、曇った瞳だ。剣を握る手は今にも獲物を落としそうで、大地を踏みしめる足はいまにも地に伏せそうで、頭を支える首はいまにも折れそうで……そんな様相を皆が呈していた。


「この大陸一割の兵が血気盛んに迫っている中、残りの九割の兵がこの様とは……」


 何も言い返せなかった。それだけ彼らは怯えていたのだ。聖騎士が呆れて物が言えなくなっているのに対し、彼らは恐怖で物が言えなくなった。ラスト王国軍の十倍の兵数を保有していながらも、この意気消沈っぷりである。それは味方との信用を築けるだけの時間が無かったのと同時に、ラスト王国軍がそれだけ強いことの証明でもあった。


「お前らの頭は何のためにある!! 敵に頭を垂れるためにあるのか!?」

「……」

「俺らの手は何のためにある!? 地面に付くためか!?」

「……」


 誰一人として何も言わない。一人演説をしている彼が滑稽に見えるほど、場は冷たくなっていた。

それをよく見た彼は、ゆっくりとため息交じりで話しかけた。


「まぁ、せっかくだ。昔話でもしようじゃないか。これが俺らの……最期になるかもしれないからな」


 彼は空を眺めた。心とは裏腹な綺麗で、雲一つない青空である。少しばかり眺めた後、彼は現実に帰ってきたかのように、目線を下に戻した。そして一人一人に目を配り、ゆっくりと、感傷に浸るようにして口を開いた。


「アレクサンドリア王国が滅んだときは、驚いて息ができなかったよ。しかも滅んだことに驚いたわけじゃないんだ。それを滅ぼした軍の指揮官が、オムツを変えたばっかりの三歳児っていうから驚いたんだよ。しかもなぁ、驚くなよ? その聡明な指揮官、なんと女なんだとさ……あの時は何も信じられなかったなぁ」


 彼は続ける。


「ヴァニラ王国、レメナント王国、ライン王国、ノーランド王国、ソメリア王国、ワラント王国……戦争に負けて滅んでいった王国の名前だ。誰が滅ぼしたかは言うまでもないな」


 無言が広がる。錆びた鉄のようにひどく鈍い、ぼんやりとした空気が広がる。鉛空の重圧を背負っている兵士は、皆一様に疲れ切っていた。終わらない恐怖を、絶望を……ただただ感じていたのだ。


「彼女は勝ち続けた。勝って、勝って、勝って、勝って……勝ち続けた。『女に支配される王国』なんてバカにされることは、気が付けばもう無くなっていた。アナスタシア姫は、それだけの結果を残したのだからな」


 少し間を置いたのち、天を仰ぎ、口を開く。


「でも、それでよかったと思っている。いや、よくはないんだけどな。まぁ、なんていうか、嬉しかったんだ。いつか敵だった者同士肩を並べ合って、笑い合える日々がきてくれればなぁと……夢を見ていたけど、それが叶ったからだ。だってそうだろ? 俺たち、元々は敵国同士だったんだぜ? それがいまやこうして肩を並べ合って、共闘している。アナスタシア姫という共通の敵がいたからこそ、こうやって敵同士でも仲良くすることができたんだ。これって凄いことなんだぜ? なぁ、みんな……なんか言ってくれよ」


 彼はしばらく下を向いた。無念さを「無言」という形で表しながら、ただただ俯いていた。しかしそれではいけないと思い、すぐさま自分を奮い立たせるように口を開いた。


「ネザー王国、プロメシア王国、コーネリア商国……今挙げた三つの国は全員敵同士だったのに、今や背中を預け合う仲となった。何度でもいうが、これは凄いことだ。乱世の中、犬猿の仲同士がお互いに協力し合うことはなぁ。本当に、本当にッ!! 凄いことなんだよ……ッッ!!」


 途中で口が籠った彼は、自分の涙を押さえるのに必死だった。嬉しくて、悲しくて、悔しくて……そんなやるせない感情が込み上げてきたからだ。周りからも同調するかのように、すすり泣く声が聞こえてきた。


「俺の夢は叶った。だけど、実はもう一つ夢ができた。ついさっきできた夢だ。これは、自分ひとりではできない。君たちの協力がないと達成できない夢だ」


 彼は震える声で続けた。


「今回の夢は『敵同士が肩を並べ合う平和な世界』なんかよりももっと、もっと凄い夢だ! 世界の歴史なんか何百回もひっくり返せるくらいの、空よりも高くて、海よりも壮大なとっても凄い夢だ。他でもない……君たちが気づかせてくれた夢だ」


 一呼吸置いたのち、彼は静かに口を開いた。そして、すべてを託すよう意を決し、壮大な夢を語ったのだ。


「──ラスト王国に勝つ。それが、僕の新しい夢だ」


 場が凍り付く。ラスト王国に勝つなど、絶対に不可能な目的だからだ。

 動揺の波長が雑音となって場をざわつかせる。皆が一様に顔を見合わせ、首を傾げ……半信半疑の状態で聞いていた。しかし、彼はそれでもめげない。例え一人だけだとしても、彼の瞳には熱血の炎が猛々しく燃え滾っていた。


「他の誰でもない、君たちと成し遂げたい。この夢を、この壮大な物語を!! この危機を乗り越えて、一緒に国を作ろう!! 今度は仲たがいするんじゃなくて、みんな仲良く一丸となって国を作っていこう!! できるさ、僕らなら……君たちとなら!! 一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に怒り、一緒に悲しみ……喧嘩や争いごともあったけど、ここまで一緒にきたじゃないか!! もう僕らは家族だろ!! 仲間だろ!!」


 兵士を眺め、一人一人に目配りをする。そんな些細なことを繰り返したが、この動作が彼に決心をつけさせた。何を隠そう──皆が一様に感傷に浸り、涙ぐんでいたのが確認できたからだ。

 すすり泣く声は陣地全体へと広がり、熱波は──戦場を駆け巡った。


「僕らにはラスト王国にない強さがある!! それは友情だ!! 今まで支え合ってきた仲間だ!! かけがえのない永遠の友だ!! それを失っていいのかよ、お前ら!!」


 拳を握る音が聞こえる。一つ、二つ、三つ──続けざまに聞こえてきたのだ。

 断片的ではあるが、変化の予兆が相まみえた瞬間であった。


「ラスト王国なんかに奪われていいのかよ!? 諦めていいのかよ!? 一緒にここまできた仲間だろ!! お前ら一人一人が信じあわないで、誰が信じてくれるんだよ!!」


 熱気が辺りを包み込む。膨張した空気が一気に戦場を駆け巡った瞬間だった。「そうだ、そうだ!!」という声がどこかしらから聞こえ、その声に背中を押されるような形で、彼は最後の言葉を振り絞り、言い切った。


「俺は失いたくない!! もう何も……ラスト王国に奪われるわけにはいかない!! みんなの笑顔も、みんなの笑い声も、全部、全部、全部、全部!! 失うわけにはいかない!! だから今日ここで勝つ!! 不敗の女王から、勝利を勝ち取る!!」


「「オオオォォォォォ!!」」


 指揮がまとまる。高揚した士気が天を駆ける竜のように舞い上がったのだ。

 最期の狼煙が──今、上がろうとしていた。


「僕らの頭は何のためにある!! 敵に頭を垂れるためか!? 否だ!! 僕らの頭は前を見据えるために、未来を見据えるためにある!!」


 拳を空に突き出し、声を振り絞る。


「僕らの手は何のためにある!? 地面に付くためか!? 否だ!! 武器を手に取り、運命をその手でつかむためにある!!」


 空に突き出した拳を腰の所までもっていくと、目にも止まらぬ速さで剣を抜き、拳の代わりに空高く突き上げた。空を突き刺した剣は、照り付ける太陽の光を反射し、神々しい光を放っている。

 神々の暁光を遍く照らすその宝剣は、人々に希望を、勝機を、活路を、そしてなにより勇気を与えた。


「俺らは勝つ!! 今日、この日をもって天下統一を果たす!!」


 宝剣をまっすぐラスト王国軍に向け、彼らが進むべき道を明るく照らす。


「──全軍、突撃!!」


<<ウォォォォォォォォォ!!>>


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