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第十九話 偽りのヒヨクレンリ ~偽りの女帝と落第騎士が結ばれるまでの、剣と恋の物語~

明日も20:00までに次話更新します。

(追記:本日、ブックマークと高評価を1つ頂きました。とてもとても、嬉しいです。楽しみにして下さっている方々のことを大切にしながら、これからも投稿を続けて行きます。)


「ザッザッザッザッ……」


 城下町へと続く道を、兵が隊列を組み進む。数にして三千……お世辞にも多いとは言えない兵数である。

 しかし、皆が恐れることなく進むその様はまさに、アナスタシア姫に鍛え上げられた精鋭であることを世に知らしめさせていた。


「ニコス王、やはり兵数が少ないのでは」


 側近が語り掛けるが、ニコス王はまんざらでもない様子で切り返す。


「兵は数ではなく、質で語れ。アナスタシアが三歳の時に言っていた言葉だ。確かに数こそ少ないが、皆アナスタシアが育てた百戦錬磨の強者ばかり。それに……我々には切り札がある。そうだろ、マリア」


 ニコス王はマリア姫を意味深な様子で見つめる。その目はまさに鷹の目で、マリア姫は睨まれた鼠のようにおびえるだけだった。


「ニコス王、準備が整いました。いつでも出発できます」


 ニコス王が静かに頷くと、兵士が一礼し、持ち場に急いで戻る。その様子を見守ると、ニコス王は剣を空に突き上げ、高らかに叫ぶ。


「武運を祈る」


「「はッ!!」」


 辺りから「出発しろ!」と声が上がり、最前列が城門をこじ開け前に進む。前列が少しずつ進むのを見るや否や、マリア姫は急いで馬車に乗った。そして、


「お父様、今までありがとうございました」


 とニコス王に話しかけたのち、下を向き、涙ぐむ。


「門まで見送ろう」


 馬車が静かに進む。それと同時に、ニコス王もまた馬車のスピードに合わせるように歩き始めた。


「父親らしいこと、何もできなかったな」


「……」


 下を向き、ふらふらと歩くニコス王。その歩みは後悔の念を感じさせるほど遅く、いつものハキハキとした歩みは微塵たりとも見られなかった。


「向こうではアナスタシアが待っておる。わしにはお前を見殺しにする策しかないが、アナスタシアだったら何か妙案を思いつくだろう。必ず聞き入れるように」


「……はい」


 馬車が城門前に到着する。ニコス王とマリア姫が話し込めるのも、ここで最後だ。


「止まれ」


 ニコス王が静かにぼそりと呟く……が、周りの道音に遮られ、誰一人の耳にも入らない。


「止ま……れ」


「……?」


 一番近くにいた兵士がかすかに聞き取る。が、やはり小さすぎた。門番の確認が終わり、城門を馬車が過ぎ去ろうとする。


「──止まれって言ってんだろうが!!」


「「!?」」


 突如としてニコス王が叫ぶ。それと同時に馬が暴れだし、一行の歩みが止まる。辺りから「止まれ、止まれ!」と叫ぶ声が聞こえ、皆が動揺を隠せないまま、言われた通り止まった。


「お父……様?」


 キョトンとするマリア姫。いつも冷静沈着な父が、ここまで荒ぶるのを初めてだからだ。


「ギィ……」


 ニコス王が馬車の扉を開け、マリア姫の対面に座り込む。辺りの従者は皆、驚いた様子で固まっていた。


「マリア、カーテンを閉めてくれ」


「……はい」


 馬車の中に日光が入らなくなり、外界から遮断される。暗がりで一人座り込み、頭を抱えているニコス王がそこにいた。


「どうすればいいのだ。私は一体、どうすればいいのだッ……!!」


「お父様……」


 瞳に涙を浮かべ、辛そうに俯くニコス王。人前では見せない、王としてではなく父としての姿がそこにあった。


「本当はお前を戦場になど行かせたくない。誰がッ! 自分の娘を戦場になど行かせたいものか!」


 『バン!』と自分の膝を叩き、再び顔を覆うニコス王。手からは一滴の涙が落ち、一つ……また一つと水溜まりを作っていく。


「私は無能だ。情けない父親だ。最低な男だ。王としての立場を優先させた結果、実の娘にまで手をかけようとしている。天下を取るため、世界の王となるために、人間性さえも捨てようとしている。私はどうすれば……どうすればいいのだッ!!」


 本当は言いたくなかったが、それでも出てきた本音。王族としての建前。弱音が吐けない状況下。今まで何十年と守り続けたものが、自分自身を「疎外」する。分かっている。私情を挟んではいけないことくらい。人類の悲願である、何百年も続いた動乱の時代を終わらせる。その歴史ある瞬間に、感情に流されてはいけないことくらい分かっている。分かっている。分かっている。分かっている。分かっている。分かっている……けどッッ!!


「マリア……本当にすまない」


 脳内で渦巻く魂の叫びは、土下座という形で自分自身を解放した。世界の頂点に最も近い男が土下座をし、詫びたのだ。

 唐突な流れについていけないマリア姫であったが、しばらく動かないニコス王を眺め、気持ちを整わせ、半ば無理やりに口を開いた。


「仕方ないですわ、お父様。敵が何万という軍勢で迫っている中、 何の策もなしにたった三千の兵でお姉ちゃんを奪還することは、客観的に見て不可能です。竜の託宣者を出せない以上、私を使わざるを得ません。それ以外に……方法はないのですから」


 ニコス王が顔を上げる。と同時に、涙一つなくはっきりと言い放ったマリア姫を見つめて、感心する素振りを見せた。


「立派になったな……マリア」


「生まれて初めて聞けました、お褒めの言葉。死ぬ前に聞けて、良かった」


 無力そうに娘を見つめるニコス王と、諦めた様子で父を見つめるマリア姫。これが別れの挨拶でなければ、どんなに良かったことか。


「こんな情けない父親を許してくれてありがとう。天下統一を果たしたら、お前を国の英雄として手厚く葬ることを約束する。こんなことしかできない、無力な私を許してくれ」


 マリア姫は何も言わなかった。これ以上言っても無駄だと、悟ったからだ。

 ニコス王はカーテンを開け、扉に手をかけ、外に出る。そして、馬車に背を向け、別れの挨拶を告げる。


「さよならだ。マリア」


「えぇ、さよなら。お父様」


 ニコス王が涙を拭くと、「出発しろ」と呟く。その言葉を聞いた従者は皆口を揃えて、「出発だ!」と叫ぶ。


「最後に役に立てて良かった……のかな」


 窓の向こうを見ると、ニコス王は背を向けていた。そして肩を震わせ、静かに涙を流していたのだ。


「褒められたのが死ぬときなんて……ひどいなぁ」


 カーテンを閉め、一人の世界に閉じこもる。暗闇が自分を闇へといざない、孤独の時を味わせる。


「やっぱり死にたくないなぁ……」


 グス、グス……と一人静かに泣く。誰にも気づかれないよう、弱い所を見せないよう、ただひたすらに声を押し殺して泣く。


「死にたくないッ……死にたくないよぉ……!!」


 気づけば弱音を吐いて泣きじゃくっていた。誰にも見られない今だからこそ、自分をさらけ出せた。

 自分が外に、外に出る。なりふり構わず、誰にも疎外されない自分が露わになる。出して、出して、出して、出して。全部出し切って、そして最後……一つの言葉が絞り出される。


「助けて……フェリク」


 涙が一つ落ちる。小さいが、とても重たい涙だ。重力に逆らうことなく落下した一粒の涙は、地面と接触し、波紋を広げ、そして──


「「待ってください!!」」


──彼女の願いを叶えた。


**


「行軍の邪魔をするな、どけ!!」


 馬車を先導する兵士の前に立ちふさがり、馬の進路を塞ぐ。

 マリア姫は聞き覚えのする声にびっくりしたと同時に、すぐさまカーテンを開け、外を見る。


「フェリクッッ……!!」


 そこにいたのは間違いなくフェリクの姿だった。彼は急いできたのか、息が上がっており、服も少し汚れていた。


「彼女を、マリア姫を戦場に行かせないでください! お願いします!!」


 頭を下げ、懇願するフェリク。

 しかし、一度皆の期待を裏切った彼が信頼を得るのは、とても難しいことだった。気づけば、


「お前が継承しないからこうなったんだろ!」

「一刻を争う事態なのに、まだ我儘を言うつもりか!」


 などと、ヤジが飛び交う事態に陥っていた。


「僕はッ!!」


 しかし、彼もまた変わっていた。瞳は決意の炎で燃えており、拳は鈍い音がなるほど握りしめていた。そこにもう、弱い彼はいなかった。思い起こされるのは、ニコス王にマリア姫が監禁されそうになった時のことだった。


───

「助けてッ……フェリク!!」

───


「大切な人が助けを求めているのに、何もできない自分は嫌なんです。あの時助けに入れなかった自分に戻るのはもう嫌なんです! 確かに僕は弱い!! 剣もまともに振ったことなんてないし、戦場に出た経験もない!! だけど、だけど! それでも──」


「「──マリア姫を守りたいんです!!」」


 そこにいたのは、昔の弱い自分ではなかった。あの時マリア姫を助けにいけなかった自分ではなかった。あの時の後悔が、自責の念が、自分を奮い立たせたのだ。

 彼は言った。言い切った、自分がしたいことを、成したいことを。そして世の中は受け入れてくれる。そう──甘く見積もっていた。


「今更何言ってんだ! だったら、継承すればよかったじゃねぇか!」

「そうだ! お前が自決なんてみっともないことするから、王様は頭抱えて最後の策に打って出たんだぞ!! それを今更無しにしようだなんて、何て王様に申し開きするつもりだ!!」


 「そうだ、そうだ!」と辺りから罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。

 フェリクの考えは甘かった。なぜなら、自分自身が招いた種を自ら回収することがいかに難しいかを、考えていなかったからだ。


「……」


 悔しくて声が出なかった。拳をいくら強く握ろうとも、体が動かなかった。また自分は戻るのか。それが嫌だからここにきたんじゃないか。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!昔の弱い自分に戻るのだけは、あの時手を差し伸べられなかった自分に戻るのだけは嫌だ!!そう考えている、そう決意しているのに……声がッ、出せないッッ!!


「……ッ!!」


 窓を見た、馬車の中を映す窓だ。

 マリア姫がいた。希望の灯を見るような、純粋で、美しい瞳だった。


「僕はッ!」


 最後の力を振り絞る。窓一枚を隔てた世界で見つめる、お姫様のために。


「僕はッッ……!!」


 もう諦めない、もう逃げない。彼女の手を再び握るために。彼女の本心をもう一度きくために。彼女との幸せな未来を、この手で掴むために!


「「黒帝流を継承します! だから、マリア姫は戦場に行かせないでください!!」」


──これは、彼が始めた物語。タイトルは。


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