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第十八話 弱虫の剣聖≪ヒーロー≫

明日も20:00までに次話更新します。


「うぅん……」


 光の指す方角へうっすら目を開けると、綺麗な青空が広がっていた。今まで見たことが無いほど、蒼く、透き通るような綺麗な空模様だ。


「うっ……」


 直後目を瞑ってしまう。日常的に見る景色がいまや自分には眩しすぎて、思わずたじろいでしまったのだ。その時、自分がどれほど長い時間、現実から乖離した暗闇の中にいたのかを痛感した。


「フェリク?」


 一筋の光が眼差しとなって、自分を覗き見る。その方角に焦点を合わせ恐る恐る目を開けると、マリア姫が目の前にいた。


「……マリア姫? なぜ、ここに? というか、僕はなんで……」


 直後、マリア姫がフェリクに抱き着いた。


「良かったっ……!! 本当に良かったっっ……!! あなたが自決したって聞いたとき、私……どうしたらいいか分からなくてっ……!! それで……それでっっ……!!」


 そう言いながら、マリア姫はぐすぐす泣き始めた。


「えっと、あの……その……」


 返答するのに困った後、首筋あたりを鈍い痒みが襲う。首元を指先で触ると、剣で斬ったあとがうっすらと分かった。


「ご心配をおかけしました。でも、もう大丈夫です」


 優しく語り掛けたが、それでもマリア姫は泣きやまなかった。そんな彼女を見たフェリクは、こんなに心配させてしまったのだと反省するとともに、今までの思いを正直に語り始めた。


「自決しようとしたとき、真っ先にあなたのことが思い浮かびました。そしたら、今まで死にたいって思っていたのに、急に生きたいって思えたんです。もっとあなたのことが知りたかった、もっとあなたと一緒に居たかった……そう考えて、あなたのことで胸がいっぱいになればなるだけ、生きたいと強く願えました。そしたら、急に剣を握る力が弱くなって、傷が浅くなって……生き延びることができました。僕が死なずに済んだのはあなたのおかげです。だから、もう少し頑張ってみようと思います。他の誰でもない、あなたのために」


「うっぐ……ひぐっ……!!」


「死ぬ間際、一つ気づいたことがあります。いや、以前からこの気持ちに気づいていたんでしょうけど、いつでも伝えられると思って、後回しにしていました。でも、それももうやめにします。『死んだら一生伝えられないことがある』身をもって、そう実感したからです」


 フェリクはすぅと息を吸い込むと、意を決したように真っ直ぐな瞳で彼女の方を見つめた。


「マリア姫」


「……はい」


 マリア姫が瞳を手で拭い、涙を拭く。そして二人は見つめ合い、しばらくの沈黙の後、その静寂を打ち破るよう、フェリクは口を開こうとした──が、口が思うように開かなかった。


「どうか……しましたか?」


 いざ言おうとなると非常に勇気がいる。しかし、今伝えなければいけないと思った。死を身近に感じたからこそ、生きているうちに言わなくちゃいけないと思った。だから言う。

 本当は伝えるのが怖い……だけど、伝えなくちゃいけない。もう弱い自分は嫌だから。これからはあなたを守りたいから。かけがえのないあなただけに向けて。今まで伝えられなかったその言葉をあなたのためだけに伝えたくて。僕は今、この瞬間を──生きているから。


「あなたのことが好きです。僕とお付き合いしていただけませんか?」


 窓から風が吹き込み、花瓶にある一輪の花を揺らす。その花を通した風は無色透明なものから綺麗な春色模様に変わり、瞬く間に部屋中に広がる。

 部屋にいち早く春が訪れる。誰にも邪魔されることのない、二人だけの春である。咲かんとする桜の蕾は春の到来を喜び、力いっぱい咲こうとする。花が咲くか咲かないか……それは良くも悪くも彼女の返事次第である。

 マリア姫は、しばらく考えた。考えて、考えて、考えて……。彼に負けないくらい自分の思いを何回も何回も確認して。彼と最初に会った時のことを、彼と話した楽しい思い出を、彼が倒れたと聞いて人一倍気が動転したことを……そのことを何度も何度も確認し、そしてマリア姫は意を決し……答えを出した。


「──ごめんなさい」


 立ち上がり、頭を深々と下げるマリア姫。その様子を、フェリクはただ茫然と眺めるしかできなかった。


「じゃあ、私……そろそろいかなきゃ」


 そう言うや否や、彼女はくるりと踵を返しフェリクに背を向けると、ドアノブに手を掛けた。そしてそのまま出ていく……かと思いきや、少し立ち止まったのだ。彼女を立ち止まらせたのは他でもない、先ほどのフェリクの言葉だった。


──

「死んだら一生伝えられないことがある」

──


(そうだよね、フェリク。だから私も伝えるね)


 彼女はそう心の中で誓うと、フェリクの方に振り返った。


「フェリク」


 かすれるような声で彼の名前を呼ぶ。そして──


「──大好きだよ」


 そう言い残し、溢れる涙を隠すよう右腕で瞳を押さえながら、出て行ったのであった。


**


「いいのかよ、追いかけなくて」


「お兄ちゃん……」


 マリア姫が出て行った直後、兄であるガリューズが見舞いにやってきた。彼は、マリア姫が先ほどまで座っていた見舞い用の椅子に座るや否や、間髪入れずに話を始めた。


「悪いが全部聞かせてもらった。盗み聞きは趣味悪いと思っているが、おかげで取り返しのつかない事にはならなさそうだ」


「……」


 マリア姫に振られた直後だ。そんな心身ともに疲弊している彼に盗み聞きされたことを憤る気力は残されていなかった。


「マリア姫の返事、あれ……本心だと思うか?」


 ガリューズが自分のペースで喋り続ける。相手に合わせない辺り、まるで何か急がなければならないことがあることを、暗にほのめかしていた。


「そりゃあ、本心だって思いたくはないけど」


 フェリクが辛うじて口を開く。その直後、すぐさまガリューズが問答する。


「じゃあ、まだマリア姫の事が好きなんだな?」


「……うん」


 ガリューズが何か確信めいた顔をし、椅子から立ち上がる。


「だったら、いますぐ追いかけるべきだ」


 ガリューズのその提案に「なんで?」と言いたげな顔をするフェリク。その要望に応えるように、ガリューズがまた口を開き始めた。


「時間がないから、お前が寝てる間何が起こったか一気に話すぞ。一度しか言わないからよく聞けよ」


 フェリクがこくりと頷くと、ガリューズはフェリクが自決した後のことを話し始めた。


「お前が自決した後色々協議した結果、マリア姫を戦場に送ることが決まった。理由は他でもない、アナスタシア姫の替え玉としてだよ。マリア姫はアナスタシア姫の双子の妹、容姿がほぼ一緒だから影武者としては最適だ。それに、小さい頃から城の外に出ていないから、敵国にも気づかれない。作戦はこうだ。援軍を送り出し、敵国と乱戦、そのどさくさに紛れてアナスタシア姫とマリア姫をすり替え、アナスタシア姫を救出する」


「え……じゃあ、マリア姫は……?」


 驚きのあまり、声がかすれるフェリク。そんな彼に対し、ガリューズは冷血な回答をした。


「十中八九、戦死だろうな。あのアナスタシア姫ですら苦戦を強いられるほど不利な状況を、マリア姫がひっくり返せるとは思えない。いや、もっと言うと、この作戦の肝はマリア姫に戦死してもらうことなんだ。だってそうだろ?こっちはアナスタシア姫を救出できて、向こうはアナスタシア姫が死んだと思い込んでくれるわけだから、こんな有利な話ねぇよ。お前もそうは思わねぇk……」


「「ドン!!」」


 フェリクはすぐさま起き上がると、ガリューズの襟元を握りしめ、万力を込めて壁にぶつけた。


「ふざけるな……そんなことさせるわけないだろ」


 鬼の形相で睨みつけるフェリクに対し、ガリューズは自信満々に答えた。


「だから言ったじゃないか。『取り返しのつかない事にはならなさそうだ』ってさ」


 そうガリューズが言い放つや否や、フェリクはガリューズの襟元から手を放し、扉の前へ向かった。その様子を見ていたガリューズは釘を刺すように、フェリクに語り掛けた。


「王様に聞かれても、俺から聞きましたって言うんじゃねぇぞ。このことはフェリクに話すなって散々言われてんだからな」


「教えてくれて……ありがとう」


 扉の前でフェリクが少し振り向きお礼を言う。


「ケッ! お前に礼言われても嬉しかねぇよ!!」


 そうガリューズが言い放つと、安心したようにフェリクは部屋を後にした。


『ゲホッ、ゲホッ……!!』


 フェリクの足音が遠ざかった後、ガリューズは押さえられていた首元を抑え込み、せき込んだ。


「あいつ……やればできるじゃねぇか」


 きつそうに片目を瞑りながら感心したように頷くガリューズ。彼が納得するほど、フェリクの力は凄まじかったのだ。


「ったく、心配かけさせやがってよぉ……」


 ガリューズは天井を見上げると、天にお願いするようにぽつりと呟いた。


「さっさと助けに行ってこいよ──」


「──弱虫の剣聖≪ヒーロー≫」


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