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第十七話 事の真理

お待たせしました、本日より毎日更新再開します。

次話は明日の20:00までに投稿予定です。


「そんな、話が違いますニコス王!!! 型を継承するかどうかは自分で決めなさい……そうあなたは仰ったではありませんか!?」


「型を継承しろ。緊急事態なんだ」


 広間に召集されたフェリクに対し、ニコス王は残酷にそう言い放つ。その言葉を聞くや否や、フェリクの顔からは血の気が引いていき、顔が真っ青になった。


「僕は……僕はッッ……!!」


 均衡が崩れ、天秤が大きく傾く。「それ」はもはや人力では抑えられない程に膨れ上がり、濁流となって溢れ出てくる。


「僕は戦いたくない!! 誰も傷つけたくないし、誰からも傷つけられたくない!!」


 感情の吐露を身振り手振りのその全てを使い精一杯表現したが、すぐさまガリューズが噛みつく。


「お前、いつまでそんなこと言ってんだ!? アナスタシア姫が今まさに、最前線で必死に戦ってんだぞ!? 一刻を争う事態なのに、お前の我儘に付き合ってられるかよ!!」


 ニコス王も便乗する。


「ガリューズの言う通りだ。状況が状況。やむを得ない場合もある。早く継承しろ」


 絶望の淵に立たされ、顔を手のひらで覆いしゃがみ込むフェリク。そんな彼を助けてくれる味方は誰一人としておらず、彼は悔しそうに独り言を呟くしかなかった。


「継承しろ、継承しろって……みんないつもそればっかりっ! なんでそんな簡単に人を殺すことができるんだよ!? 僕は誰も傷つけたくない! 誰とも戦いたくない!! 誰とm……」


『ドン!!』


 もの凄い衝撃音とともに、ガリューズがフェリクを地面に抑えつけた。


「てめぇ、いい加減にしろよ!! この乱世の中、お前が何不自由ない暮らしができたのも、全部アナスタシア姫が最前線で戦ってくれたからなんだぞ!? そのアナスタシア姫が大変な時に、何が誰も傷つけたくないだ!? 向こうが暴力使ってきたら、こっちだって暴力使うしかねぇだろうがよぉ!! 国家存亡の危機なんだぞ!! お前の我儘なんかに付き合ってられるか!! 剣聖家に生まれた以上、その務めを果たせ! フェリク!!」


「お兄ちゃんだって、剣聖家だ! だったらお兄ちゃんが継承すればいいじゃないか!!」


 顔を地面に押さえつけられながらも抵抗するフェリク。そんな彼に対し、ニコス王は静かに口を開いた。


「竜はその身に一つしか宿せん。二つの竜を宿そうとすれば瞬時に全身が竜結晶化され、意識不明の重体となる。ガリューズはすでに炎竜『アルドラ』をその身に宿している。だから黒竜『ドメラ・ゲイル』は宿せん」


「じゃあ、僕以外の人にっ……!!」


 まだ諦めないフェリクに対し、ニコス王は冷酷な眼差しとともに、地獄行きへの宣告を行う。


「剣聖家以外の者が首を落とせば、次の継承者はランダム決定……つまり、再び敵国の手に渡る恐れがある。ゆえに、確実に継承するためには剣聖家の者が首を落とす必要がある。そして我が王国ではガリューズとフェリク、そなたたちだけが剣聖家だ。ガリューズが継承できない理由はさきほど説明したな?つまり、そういうことだ」


「……」


 何も言い返さないフェリクを見ると、ニコス王は最後の通告を行った。


「フェリク、型を継承しろ。王直々の勅命だ。逆らえば死刑に処す」


「あぁ……」


 もはや選択肢のないフェリクができることと言えば、ただ無情に嘆くことだけだった。


「さあ即刻とりかかれ。一秒も無駄にできん」


 ニコス王が顎で合図を送ると、金属製の重たい扉が『ギィ……』と開き、衛兵二人に引きずられながら黒帝竜のシャドウが姿を現した。竜の回復力が追い付いていないのか、傷口が塞がっていない所も多々見受けられており、その姿は見るも無残な様相を呈していた。


『ドサッ』


 フェリクの目の前で、まるでごみを投げ捨てるかのように出されたシャドウ。彼は度重なる拷問のせいかピクリとも動かず、まるで地面と融合したかのように倒れていた。


「「殺せ、殺せ、殺せ!!」」


 辺り一面から、兵士の怒号が飛び交う。


「なんで……!」


 周りの残響を己の力にし、自らの意思を貫き通すため、立ち上がろうとするフェリク。その決意を感じ取ったガリューズは押さえつけるのをやめ、やがてフェリクは立ち上がった。


「なんでっっ……!!」


 周りを取り囲み野次を飛ばす兵士を睨みつける。彼の眼の先には、あまりの弟の豹変ぶりに驚くガリューズと、その周りで呆気にとられる兵士たちがいた。彼らが自分に注目していることを再度確認すると、彼は自らの思いを兵士たちにぶつけた。


「「なんでこんなひどいこと! 平気でできるんだよッッ……!!」」


「……」


 辺りが静まり返る。しばらく皆が呆気にとられたのち、ガリューズが口を開く。


「ひどいこと? お前本気で言ってんのか?」


「そうだ! こんなの、ひどいこと以外の何物でもないじゃないか!?」


「……」


 ガリューズはしばらく黙り込んだ……が、すぐさまフェリクにこう聞き返した。


「フェリク。こいつが、味方を何人殺してきたか知っているか?」


「知らない……けど」


「三千二百六十四人だ」


 予想だにしない数字を目の当たりにし、フェリクはただ呆気にとられるしかなかった。そんなフェリクを置き去りにし、ガリューズは話を続ける。


「こいつに同胞を殺された味方は数多くいる。かけがえのない仲間を失った者だって大勢いる。俺だって……例外じゃない」


 ガリューズは天を見上げる。


「ワイト、サザーン、ネシア、メークイーン、ポルナレフ……みんないいやつだった。ワイトは馬鹿真面目、サザーンはおっちょこちょい、ネシアは天然で、メークイーンは気弱なお嬢様、そしてポルナレフは……俺の我儘を聞いてくれるとても優しい奴だった。でも、もうみんないない。あの楽しかった思い出も、もう一生更新されることはないんだ。なぜか分かるか?」


「……」


 答えないフェリクにガリューズが業を煮やし、シャドウを指差す。


「こいつが全部奪ったからだよ」


 ガリューズは静かに続ける。


「俺がもっと強ければ、もっと炎竜『アルドラ』を使いこなせていればッ……!! こんなことにはならなかった……」


 ガリューズは悔しそうにしながらフェリクの元に歩み寄り、神妙そうに話りかける。


「フェリク。強く無ければ、守りたいものも守れない。大切な友を失って、そう強く実感したよ。だからお前には、俺と同じ目に合わせたくない。乱世でも何も失わなくてすむよう、強くなってほしいんだ。だから継承してくれ。俺のためじゃなくていい。自分自身のために……英雄になってくれ」


 真っすぐな瞳でそう訴えかけるガリューズ。その神妙そうな態度は、フェリクの目線を自然と下の方へ向かせ、やがて、首を縦に振るまでに至らせた。


「……分かりました」


 そう言い終わるや否や、ガリューズがフェリクの肩から両手を放し、彼を解放する。そして、自由になったフェリクは、まるで何かに操られるようにふらふらと足元をふらつかせながら、シャドウの元に歩み寄った。


「……いいのか?」


 歩いている道中、シャドウがか細い声で語りかける。


「何が……ですか?」


 疑問に思ったフェリクが聞き返すと、シャドウはやけに強い口調で聞き返した。


「君がやろうとしていることはただの人殺しだ。人を殺してもいいのかって聞いているんだ」


 フェリクはそれを聞き、少したじろいた。

 しかし、すかさずニコス王が割って入る。


「フェリク、こいつの命乞いなど聞かなくてよい。こいつは何千人もころした極悪人だ。人の命を散々奪っておいて、自分は奪われたくないなど笑わせてくれる。愚鈍の極みだ。早く殺せ」


 ニコス王がそう話すと、シャドウが「ケッ」と唾を吐き捨て、ニコス王を睨みつけた。


「『勝てば官軍負ければ賊軍』とはよく言ったものだ。いいか、フェリク。お前の目の前にいるニコス王だっていくつもの王国を滅亡まで追いやっている。僕は人を千単位で殺したが、こいつは万単位で人を殺している。どちらが大罪人か、これ以上言わなくても分かるだろう」


 シャドウはフェリクに訴えかける。その視線は純粋無垢で、その瞳は漆黒の闇にありながらも輝く一等星のような明るさを有しており、まるで敵の者とは思えない優しい瞳だった。


「てめぇ! 負け犬のくせにごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!! 騎士らしく、最後は正々堂々切り捨てられろ、見苦しいぞ!!」


 ガリューズのそんなセリフには目もくれず、シャドウは再びフェリクを見た。


「フェリク、よく聞け。一度人を殺してしまえばもう後には戻れなくなる。不幸は連鎖するんだ。僕が人殺しをしたのをガリューズが覚えているように、君が僕を殺したこともまた僕の味方が覚えているはずだ。そうすれば、必ず仇を討ちにくるだろう。そこにいるガリューズと同じようにな。僕を殺せば君は英雄になるが、それと同時に大罪人ともなる。今の僕が良い証拠だ。僕はコーネリア連合国軍の中では『英雄』だが、ここでは『大罪人』なんだ。官軍と賊軍は表裏一体……分かるか、フェリク。引き返すなら今のうちだ。君が一人も殺さなければ誰からも恨まれることなく、平和に生きることができる。僕みたいになるな」


 言い終わるや否や、ガリューズがかみつく。


「フェリク! こいつの口車に乗せられるな!! こいつは助かりたいから、こんな支離滅裂なことをほざいているだけだ!! 人殺しが命乞いをするなんてみっともないことだとお前も思うだろ? な? だから早く終わらせよう! こいつがこれ以上、生き恥をさらさなくて済むよう、お前が終わらせるんだ!! すぐ終わる!!! 剣で首を斬ればそれで済むんだ!!!!」


 負けじとシャドウも応戦する。


「フェリク、ガリューズに騙されるな!! 僕を斬ればそれで済む? 冗談じゃない!!僕を斬れば、僕を慕っている人たちから一生恨まれることになる!! 君はその覚悟ができているのか!? 人から恨まれ、憎まれ、常に背後から襲われるかもしれない恐怖に打ち勝つことができるのか!? その覚悟がないのであれば、継承するべきではない! 君はまだ引き返せる!!」


「うっせぇぞ、シャドウ!!! 人殺しは黙ってろッッ!!」


「だったら君も黙るべきだ、ガリューズ!! 君も僕の同胞をたくさん殺してきたじゃないか!! 僕にだって大切な仲間がいた!! かげがえのない親友だっていた!! でもすべて奪われたんだ!! お前らのせいでな!! いいか、フェリク。君の目の前にいる兄だって、人殺しなんだ。特にこいつは人殺しの中でもやっちゃいけない禁忌を犯した。なにを隠そう、先代の炎帝流継承者はこいつのt……」


『ドガッッ!!』


「……ッツッ!!」


 シャドウが自身の台詞を言い終わる前に、ガリューズ渾身の蹴りが入る。的確に鳩尾に入ったその蹴りはしばらくシャドウを悶絶させ、ただのたうち回る生きた屍と化すことを強要させた。


「……どうすれば……僕は、どうすれば……」


 狼狽し、たじろぐフェリク。彼は一歩、二歩、三歩と後ずさりしたが、途中床の凹みに躓き、『ドサッ』っと、尻もちをつく。


「お兄ちゃん……」


 泣きそうな顔をしながら、兄の顔を見つめる弟。そんな弱気な弟を、いつもであれば叱るガリューズだったが、今回は……フェリクの前に跪いた。


「え?」


 およそ兄らしからぬ行動に動揺するフェリク。普通であれば檄が飛ぶ所であるが、今回はあろうことか跪いたからだ。


「……」


 しばらく無言が続いたのち、ガリューズは両手をフェリクの肩にのせた。そして、フェリクの知りうる限りすべての、一番優しい口調で、兄が語り始めた。


「フェリク、何も聞かなくていい、何も感じなくていい、何も考えなくていい。お前はただ剣を振ればそれでいい。それだけですべてが丸く収まる。今は自分を殺して、ただ剣を振れ」


 静かな時間が流れたのち、刺客が割って入る。シャドウが檄を飛ばしたのだ。


「殺さなくていい! フェリク、君はどうしたいんだ!! どう生きたいんだ!? 本当は英雄になんてなりたくないんだろ!? 屋敷の中で静かに暮らして、誰からも恨まれることなく平穏に暮らしたんだろ!? 君の人生だ、君自身が決めろ!!」


「僕は……英雄になれると……思う?」


 シャドウの方に向き直ることなく、兄にそう語りかける。その優しい眼差しに感化されたのか、ガリューズははっきりと、そして堂々と返事をした。


「お前は英雄になる! 敵を殺しても味方から喜ばれるから問題ない!! お前はあんな風にはならない!!!」


 またしてもシャドウが割って入る。


「いいや、賊軍だね! 人殺しはどんな理由があれ、正当化できるものじゃない!! 人を殺した罪は必ず償わなければならないんだ!! 君もいずれこんな風になる!!!」


 ガリューズが弟の肩から両手を放し、シャドウの元に歩み寄る。


「いい加減にしろよ、てめぇェェェッッッ!!」


 そして腰にぶら下がった剣を抜き、今にも斬り崩そうとした瞬間、ニコス王の仲裁が入った。


「くだらん言い争いをするな、下民どもが」


 先ほどの喧騒が、まるで最初からなかったかのような静けさが場を支配する。その様子を見届けたニコス王は、フェリクの方に視線を送る。


「フェリク、お前はどうしたいのだ?」


 唐突なニコス王の問いにフェリクはたじろいだ。


「僕はッッ・・!」


 言葉が詰まり、それ以上の声が出せない。酸素が思うように肺に入ってこなくなり、次第に呼吸が荒くなり……視界がぼやけてくる。


「二択だ。今すぐ選べ」


 ニコス王が最後の宣告をする。


「──人を殺さないで今死ぬか、人を殺して今を生きるか……さぁ、選べ」


「「殺せ、殺せ、殺せ!!」」


 再びヤジが場を支配した。


「僕は……!」


 周りを見渡せば、皆が武器を上げ下げする異様な光景が広がっていた。


「僕はッッ……!」


 ぐったりとして動かないシャドウの近くまでくると、フェリクは──静かに剣を抜いた。


「僕はッッッ……!!!」


 その瞬間、フェリクはガリューズに言われたことを思いだした。


──

「こいつは蜘蛛の巣に囚われた時から、そしてお前は剣聖家に生まれた時から」

「──すでに死んでんだよ」

──


「そうか……僕はもう──」


「──この世界にいないんだ……」


 シャドウの首に向かって剣を振りかざす。が、すぐさま彼は自分の首元に剣をあてがった。周りからどよめきが聞こえ始め、ガリューズが手を伸ばし止めようとする。何を隠そう、その剣が狙っていたのはシャドウの首ではなく──自分自身の首だったからだ。

 力を入れる。生温かい血が刀身に沿ってうっすらと滲み出てきた。鮮血の滴り落ちる速度が加速し、死神に手の力を奪い取られる。止めどなくあふれ出る血熱は体温を徐々に奪い、氷体を完成させようとしていた。

 しかしそんな中、ガリューズの手がフェリクの手と触れた。とても暖かい手だった。兄の温かさに包まれ、彼は止まることもできた。しかし、彼は止まらなかった。なぜなら、彼にとってはある一つを除いてその全てがどうでも良かったからだ。

 彼は決意を決めた。地位も名誉もそのすべては机上の空論だった。何も得ず、何も叶えられず。そんな彼は、この世界に生まれてきたことを呪い、剣聖家に生まれてきたことを呪い、そして──


「──マリア姫」


 そうぽつりと呟き、激しい痛みと痒みを与えながら、剣を力の限りしならせた。



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