第十五話 アドラーの預言書
本日はあと一話、投稿します。
「お父様、ここから出してください」
分厚い金属製の扉と鉄格子の窓。これ以上の説明が要らないほど殺風景な部屋に、マリア姫は閉じ込められていた。
「駄目だ」
「なんでですか!? なんで私だけっ……こんな!!」
「王家の評判が下がるからだ」
間髪入れずにニコス王が答え、それを聞いたマリア姫がうろたえる。そんな彼女の様子を気にも留めない様子で、再びニコス王は話しを続けた。
「アナスタシアが誕生して以来、我らラスト王家は権威を高め続けてきた。そしてその権威は今度とも高め続けていかなければならない。我が王家が天下統一を成し遂げ、敵国の有力貴族を丸め込むためにも、必要なことだからだ」
ニコス王はため息をつき、再度語りかける。
「不憫だとは思っている。しかし仕方ないのだ。天下統一を果たし、諸国を上手く束ねるまでは、王家の評判が落ちないよう、細心の注意を払う必要がある。真に平和が訪れた時、お前を解放しよう。許せ、マリアよ」
ニコス王がそう言い終えると、少し下の方を向き、ぽつりと呟く。
「アドラーの預言書は暗唱したか?」
唐突な質問にマリア姫は驚いたが、自信なさげに返事を返す。
「……はい」
マリア姫の気弱な返事に少し戸惑いを見せたニコス王だったが、やがて諦めたかのような表情で「言ってみよ」とだけ小さく呟いた。その言葉を聞くと、マリア姫は「すうっ」と息を吸い込み、一つ一つ確かめるようはっきりと詠み始める。
『我が名はアドラー。この世界の神、アドラー・レイ・ノイマンである』
少し目を泳がせたのち、彼女は再び語る。
『七つの魔女と七つの竜を封印せし今、この広大なアドラー大陸は人類の糧となり、しばしの平穏と静寂を汝らに約束するだろう。しかし時がたち、人々が神の存在を忘れ去った頃、再び大いなる厄災が人類に降りかかる。その厄災の名は「アデス」。色欲を冠する魔女、アデスである。しかしそれと同時に、一人の女神もまた立ち上がる。名は最後に、そして曖昧に書き記そう。彼の始めた物語に沿ってな。敬愛なる民よ。その者はきっと皆を解放してくれるだろう。故にその者の名をこう書き記す。名は……』
マリア姫の口から言葉が途絶える。
「えっと、名前は……」
しばらく口籠ったのち、見かねたニコス王が代わりに回答した。
「『解放の女神』。楔を解き放ち、人類を疎外から解放する自由の女神……だ」
言い終わるとニコス王が大きなため息をついた。そして、
「結局覚えていないではないか」
と、諦めた様子でけだるげそうに話した。
「……」
しばしの沈黙が流れる。その場のマリア姫の表情は、一滴の涙が今にも落ちそうなくらい暗かった。
しかしそんなことを気にも留めない様子のニコス王は、さらに追い打ちをかける。
「平民でも十を数えぬうちに覚えるというのに。高等教育を受けていながらなんたる失態だ」
ニコス王は肩を落とし、うなだれた。
「はぁ……、平民だったら笑い話で済んだのに、王家であるがゆえに厳しく言及されるとは」
へこんだマリア姫の目をしっかり見つめると、ニコス王は静かに口を開いた。
「マリア」
「──お前が王家ではなく平民として生まれていれば、幸せだったのかもな」
返す言葉もなく、あっけにとられる姫。気づけば、呆然と眺めていた地面には、ぽつり……ぽつりと涙が滴り落ちていた。
「報告……報告っ!!」
マリア姫が堪えきれず大粒の涙を流している中、大きな声がこちらに迫ってきた。
「た……大変です!! ニコス王!!」
「なんだ急に、一体どうしたというのだ!?」
「アナスタシア姫がっ……!!」
静かに泣くマリア姫を気にも留めず、ニコス王は笑みを浮かべ、手を広げ……兵士の声を遮った。
「当ててやろう。戦に勝利した知らせだろ。アナスタシアはそれしか報告しなかったからな。流石はワシの自慢の娘だ! それでアナスタシアはいつ帰ってくるのだ?」
「そうではありません、王様!!」
必死に訴える兵士に、ニコス王が激昂する。
「ではなんだというのだ!!」
「どうか、落ち着いて聞いてください」
「早く申せ!!」
兵士は一呼吸置くと、両手を地面につけ、頭を垂れ……土下座をしながら今の戦況を報告した。
「我が軍は敵の奇襲に遭い、決戦の地『エミール』から三十キロ離れたレビィール城まで敗走。籠城戦を強いられ、アナスタシア姫率いる前線軍とは連絡も兵糧も断たれ、早一カ月が経過しようとしています。アナスタシア姫の生存は……絶望的かと」
ニコス王は相槌を打ちながら聞いていたが、それが終わると薄ら笑いを浮かべ、「よいしょ」とやけに重たい声で立ち上がった。そして──
<<バタン!!>>
「お父様!?」
「ニコス王!! しっかりしてください!! ニコス王っっ!!」
──頭から真っ逆さまに落下し、地面に倒れた。