第十四話 守りたいもの
本日、二話目です。
あと二話分、20:00までに投稿します。
「オホン」
「お父様!?」「お兄ちゃん……」
ニコス王のため息を聞いた二人は一瞬にして縮みこみ、うなだれた様子で下を向いた。
「ニコス王、この方は?」
ガリューズが驚いた様子でマリア姫を指さすと、ニコス王はため息交じりに返答した。
「アナスタシアの双子の妹、マリアだ。はぁ……これで城外の人間でそなたを知っている者がまた増えた。どう責任取るのだ、マリア」
ニコス王の厳しい言及にも、マリア姫はただ黙ってうつむくだけだった。
「今朝だって『アドラーの預言書』を全く覚えていなかったじゃないか。アナスタシアは一歳ですべて暗唱していたぞ」
「……すいません」
厳しい指摘に対し、申し訳なさそうにしょんぼりするマリア姫。その様子を見ていたニコス王は、顎鬚をいじりながら、少し考えた様子をした。そして、何かを決意したかのように人差し指をピンと立てると、驚きの一言を発した。
「今日からしばらくお前を監禁する」
あまりにも唐突すぎる宣言に場が凍る。
しかしその直後、それを氷解するかのように、マリア姫が大声をあげた。
「待ってください、お父様!! それだけはやめてください!!」
「連れて行け」
無慈悲にも言い放ったその一言を合図に、王様の左右に構えていた側近兵がマリア姫の手を取る。
「待って……助けて、フェリク……っっ!!」
「え……あ……」
あまりにも唐突すぎる展開についていけないフェリクは、思わずガリューズの元に駆け寄った。
「お兄ちゃん、彼女を助けてあげて下さい!!」
少しの沈黙があったのち、ガリューズが答える。
「お前が助ければいいじゃないか」
ニコス王と同様、冷たい一言を発する兄。
しかし、それでもフェリクは諦めなかった。
「僕には王様を説得できるだけの功績がないから……でも、三英傑のお兄ちゃんなら……」
「──なぜ功績をつくらなかった」
間髪入れずに語られる言葉。それは重い一撃を心臓に与え、鈍い音ともに自分の何かを壊した。
「なぜ戦果を挙げなかった? なぜ強くなろうとしなかった?」
「それは……僕が弱いから」
「「ガシッ」」
その言葉を聞くや否や、怒りに震えるガリューズの右手は、すぐさまフェリクの襟を掴んだ。
「いつまで弱音を吐くつもりなんだよ!!」
フェリクの首根っこを掴みながら、ガリューズが激しく左右に揺らす。
「力が無い者は何も守れない! それが乱世だ!! お前が何かを守りたいんなら、お前自身が強くなる他ねぇんだよ! だから俺は、型を継承しろと何度も言ってんだろうが!! でも断ったのはお前だ、お前自身が弱いままでいることを肯定し続けたんだ!! そうやって一生逃げ続けてろ!! そうやって一生失い続けてろ! 助けたいものも助けられず、守りたいものも守れず、ただひたすらそうやって立ち尽くしていろ!! それが……幸せな人生だとは思わねぇけどな」
冷たい目線とともに、襟元から手を放すガリューズ。そんな彼は何かを見捨てるように背を向け、フェリクに向かって最後「やっぱりお前は、型を継承するべきだ」とだけ言い、無言で馬車に戻っていった。
フェリクは何も言い返すことができなかった。
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「僕は何もしゃべらないぞ」
「そうか。じゃあ、もう一本落とせ」
その命令を合図に一人の衛兵がシャドウに近づき、そして──
「「スパッ」」
──あまりにも軽すぎる音とともに、彼の右腕を落とした。
「ぐっ……!!」
「ボトッ」という鈍い音とともに腕が落ちる。それと同時に鮮血があふれ出て、目の前が真っ赤に染まる・・と思いきや、そうはならなかった。止血するかのように右手を竜結晶が覆い、直ちに流血を防いだからだ。
「便利だな、竜結晶とやらは。腕が再生するまでの間、こうして保護してくれるんだからな」
鎖ではりつけにされたシャドウの周りを、ニコス王が不敵な笑みを浮かべながら歩く。
「竜結晶化……略して竜化。竜の託宣者がその力を酷使し過ぎた時や深手を負った場合なんかに、体が結晶化する現象のことだ。最高神アドラーが竜を結晶化し封印したことから、「アドラー神の逆鱗に触れた」と表現する者もおる」
顎鬚を触りながら、興味津々な様子で竜結晶を見つめたのち、ニコス王が再び喋り始める。
「時間が経てば結晶は融解し、手足はトカゲの尻尾が如く再生するものの、それまでは鉛と同じ重さの竜結晶を身に纏わなければならない。よくその状態で三英傑と戦えたものだ。褒めてやる」
「さっさと首を落とせ」
王剣と地面が接触し、「カン」と音を立てた。
「それもよいだろう。首を落とせば、その身に宿した竜の力はなくなり、絶命する。逆に言えば、今こうしているように私が貴様の腕一本一本を落としたとて、たとえ──」
ニコス王は持っていた剣を身構え、そして──
「「グサッ」」「ぐはっ……!!」
「──私がこうして、貴様の心臓を貫こうが貴様は死ねない。首を落とされるその日まではな」
ニコス王が剣を抜くと少しの血が出たが、すぐに傷口を竜結晶が覆い、大出血とはならなかった。
「こんなことで痛がるわけないだろ。だから、さっさと殺せよ。これ以上は意味が無いぞ」
「そういうわけにはいかない」
シャドウの威勢の良い返答をすぐさまニコス王は否定し、彼はシャドウから少し距離を取った。
「理由が二つある」
そして、満足げに人差し指と中指を立てたのだ。
「貴様を殺さない理由その一。『竜の託宣者』の継承者はランダム決定だから」
人差し指を立てながら、ニコス王はシャドウの元に近寄る。
「例えば私が貴様をここで殺すとしよう。そうすれば、次の黒帝竜継承者は私なのか。否だ。なぜなら、次の継承者はランダムで決まるからだ」
ニコス王は自信満々な様子で話を続ける。
「次の継承者は私かもしれないし、はたまた赤の他人かもしれない。殺したところで、私が継承者になるわけでもなければ、自軍に継承者が現れる保証もない。最悪、再び敵の手に渡ってしまう恐れがある。そのようなリスクを負うくらいだったら、貴様を幽閉してしまった方がよい。敵の手に渡るという最悪の事態は避けられるからな」
少し黙ると、再びニコス王は口を開いた。
「理由その二。剣聖家がいるから」
追加で中指も立て、ニコス王は笑みを浮かべる。
「先ほど『竜の託宣者』の継承者はランダム決定といったが、実は一つだけ例外がある。それが、剣聖家だ。剣聖家は百パーセント型を継承することができる。つまり、わしがそなたを殺したところで継承できる保証はないが、剣聖家がそなたの首を落とせば百パーセント型を継承することができるのだ。幸いなことに、まだ型を継承していない奴が一人いてな。何かあったら、そいつにお前を食わせる予定だ」
「笑わせるな。そんな余裕与えるわけねぇだろ。竜結晶が全部融解したら、真っ先にお前の首を取っt……」
刹那、ニコス王はすぐさま剣を取り、そして──
「「グサッ」」「djhふぁl!!」
──シャドウの口を剣で貫いた。
「弱者に舌はいらんかったな。お前といい、マリアといい……弱い者は皆揃って、なぜこうも口が達者なのだ」
「誰か」「ハッ!!」
ニコス王は何だがやるせない表情をしたが、すぐさま気持ちを切り替え、衛兵に命を下す。
「こいつを牢屋に戻せ。それと、竜結晶が融解しないよう拷問を加え続けろ。回復量と同等、もしくはそれ以上のダメージを与え続けるのだ」
「承知しました」
物凄い形相で睨みつけるシャドウ。その形相は竜にも匹敵するほど恐ろしかったが、ニコス王はうろたえることなく手を払った。そして兵士が「こくり」と頷くと、シャドウを連れて地下の牢屋へと戻っていったのである。