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第十一話 再会

21時→19時に投稿を早めました。急な変更で大変申し訳ございません。

明日も19時に投稿する予定です。



「確か、ここらへん……だったよな」


 昨日いた場所をもう一度見渡すが、案の定というべきか誰もいなかった。


「昨日の生娘に一目ぼれでもしおったのか? うぶな奴じゃの~」


 腰あたりから聞こえる声に、フェリクは首をかしげる。


「う~ん、そうなのかな? 昨日からなんか気になるんだよね……って、お前っ!!」


 突如、フェリクは「「がさっ」」という音と共に茂みに飛び込んだ。


「あの人、昨日の……」


 ──そしてその様子を、幸か不幸か昨日の彼女が目撃していたのだ。


「静かにしろ!! 外に出た時は一言も喋るなって言っただろ!!」


 二人の距離が縮まる。その距離わずか数センチ。


「しっ!! 誰かおるぞ」

「誰かって、いったい誰g……」

「「どうかしましたか?」」


 フェリクが後ろを振り返り、判断に迷い固まる。


「どうしました?」


 天下一の才女が、心配そうに首をかしげていたからだ。


「いや、いや、何でもありません!」


 咄嗟に手を振り、身振り手振りで何も起こっていないことを示す。

 先ほどフェリクと一緒に喋っていたばあやの声はいつの間にか消えていた。


「あの、その……」

「?」


 可愛らしい瞳でこちらを見つめ、首を傾げる。彼女の綺麗な金髪が流れに沿って肩にかかり、風と共に舞った。庭園の草木がぼやけて見え、噴水から出る水しぶき、その一滴一滴が太陽に照らされ、明るく輝き、彼女の美しさを華やかに演出する。

 美しかった……ただひたすら、それ以外の言葉が見つからないほどに、美しかった。

 アドラー大陸の女神……遠目で見たことはあるが、ここまで近くで見たことはなかった。そして、こんなにも美しい女性がいたなんて……思ってもみなかった。


「お綺麗……ですね」


 判断に迷った挙句、フェリクは率直な感想を口にした。というより、口にせざるを得なかった。外に吐き出さないとため込み過ぎて、脳が激しく湯気を出しながらショートしそうだったからだ。


「ふっ……嬉しい」


 彼女が笑みをこぼす。と同時に瞳に映ったのは、やはり絶世の美女であった。

 そんな地上の最上美を前にして、意を決しフェリクは喋りかける。


「エミール地方に駐屯しているアナスタシア姫が、なぜここに?」


 喉がつっかえた様子で、疑問に抱いていた点を聞く。

 そして、その返答をする彼女もまた、喉がつっかえた様子で話し始めた。


「あの……そのことなんですが」


 彼女はかすれた声で続ける。


「私、アナスタシア姫じゃないんです。アナスタシア姫は私の姉で……私は、双子の妹のマリア姫です。」


 場が一瞬にして凍る。しかし、フェリクはすぐさま硬直を解いた。


「え? 双子……? アナスタシア姫に双子の妹がいたのですか?」


「こここ、このことは誰にも言わないでください!! 城の人達しか知らないことなんです。外部の人に会わないようずっと城の中にいたのですが、昨日外に出てしまって、それで……」


 恥ずかしそうにしているマリア姫。

 そんな彼女を安心させるような優しい口調で、フェリクは返事をした。


「分かりました。安心してください、誰にも言ったりしませんので」


 フェリクが続けて話す。


「でも、なぜここに? もしや、何か忘れ物でもされたのですか?」


「いや、何というかその……あなたが来ている気がして」


 そう言った途端、彼女の顔が赤くなった。

 そして、照れ隠しをするよう続けて彼女が話す。


「なんか昨日から気になって仕方がないっていうか……まぁ、そんな感じです……」


 恥ずかしそうにしながら、人差し指と人差し指をくっつけたり離したりしている。

 もじもじしている彼女はまさしく恋する乙女で、とても可愛らしかった。


「そそそ、そうなんですね! 実はぼ、ぼく……僕も同じ……d!」

「「マリア!! そこで何をやっているのだ!!」」


 フェリクとの会話の最中、怒号が割って入る。


「お父様が来てしまいましたわ。早くどこかにお隠れに!!」


 マリア姫のその言葉にフェリクはこくりと頷き、とっさに茂みに隠れると、すかさずニコス王が視界に入ってきた。


「マリア! なぜ城の外に出た!! あれほど出るなと言ったのに!!」


「すみません。お花を摘みに……少々」


「あぁ、もう!! 全く……いいか、ここは正面玄関と通じている場所だ。外からくる賓客が、皆通る場所なんだよ。何十年も城にいて、なぜ分からないのだ!?」


「申し訳ありません。お父様」


 マリア姫が申し訳なさそうに俯き、ニコス王が溜息をつく。


「まったく、姉のアナスタシアは天下一の才女と言われているのに。お前ときたら……姉の面汚しもいいところだ」


「申し訳ございません」


 マリア姫が生気のない眼で深々と頭を下げる。

 そんな彼女を見るや否や、何か諦めたような顔をし、ニコス王は締めの言葉を口にした。


「もうよい、さっさと帰るぞ。『アドラーの預言書』を明日諳んじてもらうからな」


 ニコス王に強引に引かれ城に戻る姿を、フェリクはただ見つめることしかできなかった。


**


 剣聖家の屋敷にて、庭のそばに生えている巨木に身を委ねる。その近くにある茂みに、一匹の蜘蛛と蝶がいた。蝶は蜘蛛の巣に囚われており、羽根をばたつかせながら蜘蛛の巣から逃れようと必死にもがく。一方その振動を敏感に感じ取った蜘蛛はというと、動揺する蝶とは裏腹に、冷静に一歩、また一歩と獲物を狩るべく歩みを進めていた。


「あんなに辛く当たることないじゃないか」


「王族への侮辱は不敬罪で死罪確定じゃぞ。ぬしはそんなことも忘れおったのか」


 またしても腰あたりから声が聞こえた。しかしフェリクはすぐに返事をすることなく、蜘蛛の巣に手を伸ばし、糸を振りほどき……蝶を助けていた。そして「もう大丈夫だよ」と地面に蝶をそっと置いてあげると、めんどくさそうな様子で返事を返した。


「うるさいなぁ、もう。分かっているけど。分かっているけどさ。やっぱりおかしいよ、あんなに辛く当たるのは」

「「誰が、辛くあたるって?」」


 懐かしい声が急に聞こえ、見上げると、戦場から帰還した実の兄……ガリューズがそこにいた。


「お兄ちゃん!! お帰りなさい!!!」


 戦場に赴いた兄が無事に帰ってくることを喜んでいる弟フェリクとは裏腹に、ガリューズは無表情でただ淡々とこう呟いた。


「不自然な蜘蛛の巣と糸が絡まっている蝶々。もしかしてお前、助けたな?」


 枝と枝の間に張っている半壊した蜘蛛の巣と、糸に絡まった蝶をガリューズが見入る。


「うん。だって……かわいそうじゃないか。お兄ちゃんもそう思わない?」


 すかさずフェリクは蝶に絡まった蜘蛛の糸をほどく。やがてすべての蜘蛛の糸を取り払われた蝶はお礼をするようにその綺麗な羽を見せつけ、空へと羽ばたく準備をする。


「「グシャ」」


 ──が、空へと帰還することは叶わなかった。

 ガリューズが足を上げると、羽の鱗片が細かに粉砕された蝶が、腹を痙攣させながらピクピクと動いていたからだ。


「あぁ! 何てことを……ッッ!!」


「『こいつはすでに死んでいた』。つまり、そういうことだ」


 ガリューズはそう言い終わるや否やしゃがみ込み、フェリクと視線を合わせる。


「そしてそれはお前も同じだ」


「あ、ああ……あぁッッ……!!」


 粉々になった蝶をうろたえながら見入るフェリクと、その様子を冷酷な眼差しで見下すガリューズ。言葉にならない言葉を発し続けるフェリクの精神状態を気に留めることもなく、ガリューズは再びひどく鈍く、そして重たい声で、この世には地獄しかないことを宣告する。


「この蝶は蜘蛛の巣に囚われた時から、そしてお前は剣聖家に生まれた時から」

「──すでに死んでんだよ」


 聞いているのかいないのかも分からないほど狼狽し、ショックを受けているフェリクを、ガリューズはさらに問い詰める。


「城に行くぞ。継承の儀を執り行う」


 無慈悲に宣告するガリューズに対し、ついにフェリクの堪忍袋の緒が切れる。


「嫌だ、行きたくない!! 継承なんかしたくない!! 僕は絶対にッ……型なn!!」


「「ドス」」


 フェリクが言い終わらぬうちに、ガリューズ渾身のパンチが彼の懐に入る。

 そして、鳩尾を的確に狙った急襲は、そのままフェリクの意識を暗転させた。


「剣聖家なんかに生まれていなければ、幸せだったのかもな」


 ガリューズがぽつりとそう呟くと風が吹いた。

 ──静かで、残酷な風である。


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