第十話 フェリクとマリア姫
ついに主人公・ヒロイン双方の登場です。
(追記:明日も21時過ぎに投稿します)
「フェリク、ニコス王に拝謁します」
ニコス・アルランテ・ラスト王──ラスト王国第十三代目国王の名である。
アナスタシア姫の実父であり最も天下統一に近いその者の姿は、王様というよりはどこか隊長のような体躯をしており、性格は『厳格の擬人化』と言われるほど手厳しいことで知られている。
「フェリクよ。さきほどお前の兄、ガリューズから早馬が届いた。そしてその伝達内容だが……当ててみよ」
王冠に人差し指をあて、左手で顎髭をいじる。
そんな単純な動作であっても若々しさを感じるほどの気概の良さが、そこにはあった。
「おそらく、『型使いを捕まえたから型を継承しろ』だと思いますが」
青い髪を前に倒し自信なさげに、されど何か確信めいたような解答をしたフェリク。
そんなフェリクの態度を気に入ったのか、ニコス王は少し上機嫌な様子でこう返答した。
「正解だ。黒帝竜のシャドウを捕らえてこちらに向かっているとのことだ。明後日には到着するから、至急継承の儀を執り行うよう心構えをしておけ……とな」
赤、青、白の三色が巧みに合わさった王装の襟を正すと、手紙をそばの玉机に置いた。
「ニコス王、僕は……型を継承したくありません」
白色の正装を着た美少年は、静かに啖呵を切る。
「まだそのような事を言っているのか。なぜ自ら英雄になれるチャンスを逃すのだ?」
疑問に思うニコス王に対し、フェリクは、
「戦いたくないんです。誰も傷つけたくないんです」
とすぐさま返答した。
「なるほどな。だから早馬まで出して心構えをしておけと伝達してきたのか」
「ふむ」と一言言うと、ニコス王は天井を見上げた。そして少しの間をあけたのち、再び口を開く。
「フェリク。わが軍は負けたことが一度もない。それはひとえにガリューズ、ローズメイデン、ジオス……この三英傑ですでに事足りているからだ。だから、お主が型を継承する必要性もあまり無い。ゆえに、わしから命令という形で順守させるつもりは毛頭ない。己で決めるがよい」
フェリクは顔を上げた。思っていた答えと違っていたからだ。
「ニコス王の御高恩、誠に感謝いたします」
その時のフェリクの眼差しは尊敬の念を感じさせるほど綺麗で、透明なものであった。
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「はぁ……なんで剣聖家なんかに生まれてきちゃったんだろ」
溜息をつきながら歩く。そんな最中、意識がいったのは音だった。
「ぐすっ……ぐすっ」
茂みのそこで、なにやらすすり泣く声が聞こえる。
放っておくわけにもいかず、音のする方へ歩みを進めると……
「え? アナスタシア姫??なぜここに……」
なんとそこには、戦場にいるはずのアナスタシア姫がいたのだ。
アドラー大陸七大美女の一人『アドラー大陸の女神』ことアナスタシア・エバ・ラストはその美貌と知略から天下一の才女といわれる女性だ。その瞳はどの宝石よりも綺麗で、その髪はどの毛糸よりも繊細で。そんな、神でさえ一目ぼれしてしまうほどの美貌に、フェリクはしばし見惚れていた。
「あっ!! ちょっと!! お待ちを!!」
しかし、桃源郷にいるような時間はすぐに過ぎ去った。
フェリクが見惚れている間に、彼女が猛スピードで走り去っていったからだ。
「綺麗……」
そう呟いたフェリクは彼女の後ろ姿を、ただ茫然と眺めていた。