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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter07-2 目覚めと暴走

 ウトウトとリディアは夢と目覚めの境目を彷徨っていた。


 ……まだ、目覚めたくない。


 地下に閉じ込められて、抜け道を通って森へ。そこで大蜘蛛に襲われて、マックスに見つかって逃げて――身体的にも精神的にもいろいろなことがありすぎた。疲労は相当だったし、身体もまだ休みたがっている。


「……ディア、……て」


 なのに、誰かが身体を揺すぶってくる。そうすると心地よい眠りの中から、身体が引っ張られる。また、動かなきゃいけなくなる。


「……ディ、ア」


(……無理。うるさい。もう少し)


 あやふやな意識で、揺さぶってくる手をペシッとはたく。自分はありったけ頑張ったのだから。もうちょっとだけ寝るんだから。


 全力拒否を決めこんだところで、ぐるんと身体が反転した。次いで


「ンひゃぁ?!」


 首筋にひやりとしたモノが触れて、リディアは反射で目を開け……フリーズした。


「じ、じじ……ジーンさん?」


 睫毛を数えられそうなほど間近に、秀麗な顔がある。その顔がフッと仄暗い笑みを浮かべた。


「おはよう、リディア」


 朝の挨拶って、凄絶な色香を垂れ流してするものだっけ??


 ポカンとしたのも一瞬、全く笑っていないジーンの目を見て、リディアは寒気を覚えた。どうやら自分はジーンの膝の上に寝そべっているようだが。この体勢は……


(ま、まさか私、ずっとジーンさんに運んでもらっていた? それでもって、何度も起こそうとした彼の腕をはたいて……)


 血の気がひいた。けっこう遠慮なくひっ叩いた気がするし、すでに夜が明けかけているではないか。


「あ、あ、あの……ごめんなさ」


 慌てて謝罪を口にしようとしたリディアの視線がふわりと高くなる。下ろされたのはジーンの膝の上――ただし、向かい合うように座らされて、逃がさないとばかりに両肩をがっちりと掴まれた。


「ねぇ……リディア」


 低く、とろりと甘い吐息混じりの声が耳朶をくすぐる。ひやりとした彼の長い指が首筋を伝い、解れた髪をくるくると弄ぶ。


(な、な、な……!)


 おかしい。いくらお怒りだとしても、ジーンはこんなことをする人だっただろうか。いや、そもそもここまではっきり怒る人ではなかった気がする。


(雰囲気、ちがいすぎない?)


 あと、めちゃ顔が近い。近すぎる。人外めいた美形ゆえにアップの破壊力がすごい。あわあわしていると、フフッと耳元で彼が笑った。リディアが夢の中でマックスにしたように。


「君は彼に……何の『お願い』をしたんだい?」


 教えて、と請う声さえまるで睦言のように甘いが…………はて?


(お願い???)


 さっぱり意味がわからない。


 リディアは植魔に眠らされていた間のできごと――マックスに木材密輸の証拠を託したことを一切覚えていなかった。


「にゃ、な、なんのことでしょう???!」


 動揺で噛みながらも聞き返したリディア。だが、途端に表情を削ぎ落としたジーンにドクンッと心臓が嫌な音を立てた。




 答えを間違えた気がする。それも致命的なヤツを。




「へーぇ。そんなこと言うんだ」


 地を這うようか低い呟き。直後、ビュオオオッと突然強い風が吹きつけ、揉まれた頭上の木々が大量の葉を散らす。


「え、ちょ、何?! 嵐ィ?!」


 後ろでベレニケが空を見上げた途端、



 ピシャーーン!  



 雷鳴が轟き、風がごうごうと吹き荒れた。近くに生えていた細い木がむちゃくちゃな方向に煽られている。このまま抜けて飛んでいくんじゃないかと思えるくらいに。


「ヤダ! 勘弁してよ! こんな時に雨なんて!」


 ただでさえ危険な森の中で雨に降られるなど、悲惨以外の何物でもない。いや、冗談ではなく。


「お、おいジーン! この風はおまえか!」


 そこでようやくパスカルが異常に気づいて駆けつけてきたものの、局地的な嵐はひどくなる一方だ。


「おい! 落ち着け!」


 パスカルがきてくれたおかげで、少しだけホッとする。嵐もそうだが、異様な雰囲気を纏うジーンは恐ろしい。まるで……魔王みたいで。


「とぼけないでよ、リディア」


 ジーンには親友の言葉は聞こえていないようだった。射抜くような紅の双眸――。リディアの視線を捕らえたとわかると、ジーンはそれを優しげに、そしてどこか悲しげに細めて。


(……え?)


 剥き出しの感情をのせた顔に、目が惹きつけられる。背後で吹き荒れる嵐のことを忘れてしまうくらいに。


(どうしてそんな顔をするの……?)


 リディアが何も言わないのにじれたのだろうか。するすると、冷たい感触が背を這う――ジーンの手が肩から離れ、代わりに両腕がリディアを閉じこめようと背に回る。まるで、ペデリアの蔓のように。 


「どうしてアイツにあげたの? イヤリングを、さ」

 

(イヤリング? アイツ??)


 記憶がなく戸惑うリディアの顔に影が落ちる。近づく距離に、ドクドクと心臓が暴れる。見上げた紅の瞳には、底知れない感情が渦巻いていて。


 またピカッ!と、閃光がはしった。


「答えて」


 色のない声に被せるように、特大の雷鳴が地を震わせ、リディアは身を竦めた。


「ッ、いいかげんにしろ!!」


 ドンっと突き飛ばされて、リディアは我に返った。すぐ目の前で、パスカルがジーンを押さえこんでいる。彼らの後ろには、ワケがわからないといった顔のベレニケたち。


(ジーンさん、どうして)


 拘束から解かれてなお、バクバクとうるさい胸を押さえ、リディアはそれでもジーンから目を離すことができなかった。一瞬だけ、視線がぶつかる。


「……俺は、」


 何か言おうとしたジーン。けれど、言葉を紡ぐ前に、ジーンの瞼がゆっくりと閉じて。


 だらん、と力の抜けた腕が地面に落ちる。


 急激に風がおさまり、雲が晴れて――


「……おい、ジーン?」


 彼の上に馬乗りになったパスカルが目をぱちくりさせた。


「……寝てる」


「寝てる……わね」


 まるで疲れきったように目を閉じ、ジーンはスゥスゥと寝息をたてていた。

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