Chapter07-1 VSダークファング
ジーン視点です。
モルドレッドを先頭に、一行は森の悪路を進んでいた。時折現れるアンデッドの相手をしながら、半刻ほど歩いた頃。
「止まれ。何かいるぞ」
後方から低い声でパスカルが警告した。足を止めると……確かに気配を感じる。ジーンが翼を広げ、パスカルとモルドレッドが武器を構え、気配のした方向を睨む。
直後、耳障りな金属音と獣の咆哮。素早く目配せをしたモルドレッドとパスカルが駆け出し、ジーンは空へ舞い上がった。
(パーティーが襲われているんだ!)
木々の間から見えたのは、冒険者らしき三人が数頭の魔獣を前に武器をふるっている姿。彼らの後ろには負傷者と身なりのよい男性が三人固まっている。
彼らが前にしているのは、獰猛さで知られる魔獣、ダークファング。大型のものだと、体長二メトルを超えるそれが、木の間から見えるだけでも七頭。集団で狩りをするダークファングたちは、冒険者の武器を警戒しつつも、彼らを取り囲み、じわじわと距離を詰めていた。そのうちの一頭が飛びかかろうと身を沈めた、その瞬間。
「ギャウ!!」
突如横合いから飛んできた鎖に打たれ、その身が地を転がった。ジタバタ暴れるダークファングが地面に血を撒き散らす――どうやら片目を潰されたらしい。
「助太刀するぜ!」
続いて振り払われた長柄の鈍器に、別の数頭が弾き飛ばされる。攻撃を免れたダークファングたちは牙を剥き出しにして、前脚を掻く。これくらいでは戦意喪失しないようだ。
「あら! じゃ、思いっきりヤるわね!」
と。そこで不意に冒険者の一人が、振り返ってピースサインをし……持っていた剣を放り捨てた。
「剛腕なるカルキノスよ!
我に力を与え給え!
【白扇】!」
聞き覚えのある詠唱で細腕に青銀の光を集め、刃渡り二メトルを超える半透明の大剣二振り……巨大な鉗を形成させ。
「犬ッコロごときがおカニ様ァ舐めてんじゃねぇぞオラァ!!!」
向かってきたダークファングの頭を大鉗で捕らえてブォンブォンと振り回し、数頭を叩き飛ばした後に挟んでいた一頭を地に叩きつけた。叩きつけられたダークファングはピクリとも動かない。凄まじい威力だ。
しかし、叩き飛ばされたダークファングたちは早々に体勢を立てなおした。強靭な身体を持つダークファングは、生半可な攻撃では傷つけることさえ難しい――討伐依頼を受けられるのもシルバーランク以上と決まっている上級モンスターなのだ。
音もたてずに背後にまわりこみ、冒険者に飛びかかろうとしたダークファングだが、
「?」
風が不規則な方向に吹き抜けた。
次の瞬間、背後を突こうとしたダークファングは一頭残らず斬り伏せられていた。
「フッ。造作もない」
何の変哲もない短剣を片手に、モルドレッドがポイッと放り投げたのは切り落としたダークファングの首。さすがのダークファングも恐ろしいと思ったのか、じりじりと後退し、やがてパッと身を翻して森の奥へ逃げていった。
「何あの子、バケモノ?」
大鉗の魔法を解いた冒険者が、モルドレッドがまだ少年なのを見て目を丸くした。無骨な皮鎧の下で目立たないが、組み紐が飾る立ち襟の服は東方のものか。全体的に線が細く、やや疲労がにじむ顔は端正で艶めかしい。
「味方と思っていいのかしら?」
にこりと笑みを浮かべる冒険者に、
「刃向かえばアレと同じになると思え」
モルドレッドが指したのは、物言わぬダークファングの頭部。
「はい?!」
目を剥く冒険者に、彼を睨み返すモルドレッド。ジーンを伴ってやってきたパスカルはその様子に頭を抱えた。刃向かえば殺るぞ、とはどこの盗賊だ。せっかく助けた相手の信頼をぶち壊してどうする。
ため息を吐いて、パスカルはモルドレッドに近づき、
ゴッ!
「ッ!」
頭に拳骨を喰らわせた。
「すまねぇ、口が悪くてな。アンタらをどうこうしようって気はねぇから安心してくれ。俺たちは冒険者の仁義に従ったまでさ」
ここで冒険者たちと争うのはよくないと、取りなそうとしたパスカルだが。
「あらぁ♡ イケメンじゃな~い♪」
(んぁ?)
冒険者はパスカルを素通りして、後ろにいた親友に黄色い声をあげた。そして、
「この子、どうしたの?」
いまだ眠ったままのリディアを指す。心底不思議そうな顔をしているが、それを見たモルドレッドは舌打ちをした。
モルドレッドからすれば、ジーンとリディアは非戦闘員。その二人に手練れとも言える冒険者がくっついているのは、人質を取られたも同然に思えたのだ。が、無言の舌打ちだけでは伝わりようもない。
モルドレッドは、こういうコミュニケーションというか化かし合いがド下手……唯一にして致命的な弱点であった。
「…………」
……と、それぞれの腹のうちは置いておくとして。
「そう。眠り香を吸ってしまったのね」
和気あいあいと冒険者――ベレニケ(※どう見ても男。本人は女と言い張っている)と情報交換をするジーンたち。ベレニケたちはたまたま護衛の仕事で森に入ったところを運悪くあの巨大植魔に出くわし、ここまで退避してきたのだそうだ。逃げる時、仲間の一人が負傷してしまったと。
「ま、そういうことならパパっと解毒しましょ」
艶めいた笑みをジーンに見せて、ベレニケは鞄から薬瓶を取り出した。そう。眠り香は薬さえあれば解毒が可能なのだ。
「いいのか? 貴重な薬だろう?」
冒険者が持てる荷物は限られてくる。アイテムボックスを使えない者だっている。特にポーションや解毒薬の類は命綱にも等しい。でも、ベレニケは「いいのよ」と薬瓶の蓋を開けた。
「こんなとき、動ける人間が多いに越したことはないでしょ」
ほらアンタも、と、ベレニケはまた別の薬瓶を佇むモルドレッドに放った。
「さっきの動き、純粋な身体能力じゃないわよね。ドーピングしてたでしょ」
追加のお薬よ♡、とウィンクをするベレニケに、仲間の冒険者たちも不平を言うどころか「頼りにしてるぜ」などと言ってくる。アンデッド徘徊する危険な森でなら、このくらいの協力は普通なのか。もしくは、強い者ならとことん利用してやろうという強かさなのか……。
「……ん、んぅ?」
そうこうするうちに、解毒薬を貰ったリディアが目を覚ました。瞳はいつもの茜色に戻っている。彼女はボーッとジーンの顔を見つめたあと、何を考えたのか寝返りを打ってジーンの腕に顔を埋めようとする。
(……二度寝する気だ)
少しムッとした。
ほんの少し前、ジーンは蠱惑的な笑みを浮かべて名も知らない青年に何かを託したリディアを見ている。あんな顔を見せておいて、今度は自分に甘えようとするのか。
(ふーん……)
腕の中で無防備に微睡むリディアを、ジーンは無表情に見つめた。
いつもとは違い、ひなげし色のドレスを着た彼女。森を彷徨っている間にやったのか、あちこちが泥に汚れ、ビスチェを吊る肩紐の片方が千切れてなくなっている。そのせいで白くて華奢な肩が露わになり、ほつれたローズブラウンの後れ毛が頬や首筋に落ち――。
どうしてだろう。無性にイライラする。
どうしてこの格好なのかもわからない。
青年と何かあったのかもわからない。
なのに、彼女の周りだけやけに甘やかな空気が漂っていて、胸がざわつく。
「リディア、起きて」
硬い声で彼女の身体を揺すぶった。けれど、リディアは拒むようにキュッと身体を丸める。
胸のざわつきが、苛立ちが増す。
そのくせ、モヤモヤした気持ちの正体がわからない。ただ、自分にはないぬくもりがひどく心をかき乱す。
自分はバケモノになったのに。彼女はジーンのことを知りたいと言った。それどころか「人間に戻したい」とすら。
嬉しかったのだ。異形になってから、ジーンを嘘偽りなく知りたいと願う者などいなかったから。
彼女の言葉は、まるで渇いた大地に水がしみこむように、ジーンの心を潤した。
しかし、リディアが見知らぬ青年――マックスに思わせぶりな態度をとったことで、歓喜は強い不安に変わった。嫉妬……本人が自覚していないがゆえに、その感情をジーンは持て余していた。
「リ・ディ・ア」
ざわつきを抑え込み、半ばヤケクソで彼女を揺すぶる。すると、
「むぅ~……ンッ」
あろうことかリディアは目を閉じたまま、ジーンの腕をペシッとはたいたではないか。
「…………」
ぷつん。何かが切れる音とともに、ジーンの顔から完全に表情が抜け落ちた。




