Chapter06-4 天空の精霊の眷属、レヴィン(後編)
前半モルドレッド視点、後半ジーン視点となります。
「やはり…………ない」
「何が?!」
突然レヴィンを鷲掴みにしてあろうことか吸ったあと、ポイッと捨てたモルドレッド。放り投げられたレヴィンを辛うじて受け止めて、ジーンはモルドレッドをキッと睨んだ。
「かわいそうじゃないか!」
『そうよ! かわいそうじゃない!』
〈空間〉からメリルも加勢する。が、対するモルドレッドは、かわいい生き物を吸ったあととは思えない険しい表情でジーンを――否、彼の腕の中におさまるレヴィンを見返してきた。
「なあ……レヴィン。貴様、何者だ?」
「妾は天空の精霊が眷属、レヴィンである!」
グルルル……と小さく呻りながら、レヴィンはジーンの腕の中でシャピンと尻尾を立てた。
「ならなぜ、おまえから魔力を感じない? 貴様、先ほどのスクロール魔法に俺の血を使っただろう」
「吸ったよな?」と、モルドレッドが掲げた腕には、しっかりとレヴィンの歯形がつき、わずかだが血が滲んでいる。
一般的に、スクロール魔法には強い魔力を保持する術者が己の血を使ってスクロールに術式を描き、それを被術者の血に引き寄せ定着させて授与する。授与の儀式には魔力を含んだ血が不可欠なのだ。
ジーンに『祝福』を与えたとき、おそらくレヴィンは噛みついた時に吸い上げたモルドレッドの血で術式を描いた。描いたのは、頭を左右に振っていた時だろう。
回りくどい真似をして他人の血を使った理由――考えられるのはひとつ、レヴィンが血もしくは魔力を持っていないからだ。
「貴様の身体からは欠片も魔力を感じなかった。それどころか脈も血の匂いもない。どういうことだ?」
しん、と場が静まり返った。
「そういえば、レヴィンからは魔力を感じないね」
言われてみれば、だが。ジーンは腕の中にいる精霊の眷属を見つめ、おもむろに
「ええいやめろやめろ! 偉大なる天空の精霊が眷属に失礼であるぞ!」
自身を捕まえ耳に当てようとしたジーンの手からするりと逃れると、レヴィンはふわりと宙に浮かんだ。
「せっかく祝福を授けてやろうというのに失礼で図々しい奴らめ! さっさと出て行くがいい!」
そう喚くや、レヴィンはヒュンと尻尾を振る。
「わっ! え、これ何?」
投げて寄越された小さなガラス瓶に、ジーンが目を白黒させる。
「妖精樹カェルレアじゃ。そなたに与えた祝福で芽吹くものじゃ!」
出口はあっち! と、レヴィンは尻尾をフリフリすると、サッと狭い茨の隙間に飛び込んで姿を消してしまった。
「…………」
「何を押しつけられた?」
呆然としていると、モルドレッドがジの手からヒョイとガラス瓶を取りあげた。
「あ……妖精樹とか言っていたね」
遅れて見上げたガラス瓶には、胡桃ほどの大きさの楕円の黒い種が一つだけ入っていた。
「種からは微弱だが魔力を感じるな」
レヴィンめ何を企んで……と顔をしかめるモルドレッドに、
『あの……』
〈空間〉からためらいがちな声が話しかけてきた。
♧♧♧
「天空の精霊の奇跡?」
『ええ。カーミラ……様の知っている物語に出てくるのは、大きな赤いドラゴンですが』
〈空間〉からカーミラ……否、カーミラを継いだ何者かがモルドレッドに答えた。どうやら、今代カーミラは自らを偽るのをやめたらしい。
彼女曰わく、件の赤いドラゴンは森で強大な植物の魔物『眠り茨のロザリア』に主人公が襲われた際に現れ、雷を降らせて彼の窮地を救ったという。
『レヴィンは古い言葉で「雷」という意味だから』
その物語が真実なら、あの怪しい精霊の眷属とやらは大きくもなれて(?)雷魔法も使える(?)ことになる。
(考えられん)
魔力のない者とて、魔力持ちの血や魔物の核――魔石を使えば、魔法を使うこと自体は可能だ。だが、血を使う場合はどうしても威力は弱くなるし、魔石を大量に使ったとて、雷を降らせるような大魔法が使えるとは思えない。
「……まあ、外に出た時、頭上に注意はしておく」
あまり役に立つ情報ではなかったが、女ギツネが自ら口を開いたことは評価すべきだ。モルドレッドは心中で呟いた。今なら、モルドレッドの弟に関することも、聞けば答えるかもしれない。
『あ……まだ、その……』
もごもごと言いよどむ彼女に「言ってみろ」と促す。
『神様は……隠し事をするのに、とても都合のいい存在よ。私たちが本物のカーミラ様の日記を一部……伝わらないようにしたように』
震える声で彼女は言った。
『私……いいえ、代々の偽カーミラたちは、本物のカーミラ様を利用してきたわ』
居もしない『カーミラの亡霊』を創り出し、〈厄災〉たちに言うことを聞かせる見返りに、商人や将軍に食糧と安全な住まいを提供させ――。
『あなた方から見たらひどい悪事に見えるでしょうね』
〈厄災〉を私欲のために利用しているんだもの、と、彼女は言った。
『でも、従うだけでは私たちは奴隷のまま。命の保証もない。『人間』になるには、『〈厄災〉と唯一言葉を交わせるカーミラ様の亡霊』――商人にも私たちにも意のままにできない存在を盾にするしか、なかったの』
だから、と彼女は声に涙をのせた。
『どうか、私をこのまま館に帰して。私たちの『楽園』を壊さないで』
哀願だった。
『贅沢をしたいわけじゃない。お金もいらない。ただ、命を脅かされることなく暮らしたいだけなの』




