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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter05-8 眠り茨のロザリア

エリアボスだもの。第一形態で終わるはずがありません。

※流血シーンあります。苦手な方は飛ばしてください。

 森が揺れるのを、彼はいつもの場所から眺めていた。風に遊ぶ灰白の髪は、月の光を帯びると不思議なことに淡い金色に輝いた。



 泥濘の眠りに捕らわれ

 蔓食みの贄となることなかれ



 獣の唇が紡ぐのは、弔い巫女の歌うあの古い歌だ。ただ、この歌にはその先がある。本来、この歌は弔い目的で創られたわけではないのだ。




 蔓食みは茨眠らす枷なれば

 夢更々贄な助けそ

 夢更々贄な助けそ




 『蔓食みのペデリア』は寄生植魔である。


 それが地を覆う程に繁茂していた――つまり、それだけペデリアを成長させた『栄養源』がいることに他ならない。ペデリアは『栄養源』から養分を吸収し続けることで、『栄養源』の力を削いでいた――『枷』となっていたのだ。だから、『栄養源』を揺り起こさないよう、捕らわれた者を助けようとペデリアに手を出してはならない。近づいてはならないと歌い継がれてきたのだ。


 しかし、冒険者どもがその禁忌を破ってしまった。


 ペデリアは灰になり、それが封じていたモノが今、静かに息を吹き返したのだ。地の鳴動はその証――。


 彼――ガラシモスの見つめる彼方で、もうもうと土煙があがった。次いで、森の真ん中が大きく盛りあがったと思うと、背の高い木々が玩具のように半ばから折れて土埃のなかに飲み込まれた。

 やがて姿を現したのは、大木の幹よりもはるかに太い、棘だらけの茨だった。




◆◆◆




 その冒険者たち――マックスの連れてきた兵士たちは大混乱に陥っていた。


 突然地面が隆起したと思うと、棘だらけの茨のバケモノが幾本も鎌首をもたげたのだ。茨一本の太さは木の幹ほど。それが見る間に絡まり合い、巨人のごとく太い茨の腕をいくつも作り出した。カンテラの灯りに照らされた植魔は、花びらを広げた巨大な花のようにも、長い指を広げる不気味な手のようにも見えた。


 いや、そのときはまだ冒険者たちはなんとかなると考えていた。相手は所詮植物、ペデリアと同じように炎で駆逐できると。


 しかし。


「炎が効かない、だと?!」


 ベテラン冒険者の放った火炎魔法は、茨に焦げ痕ひとつつけることができなかった。剣も斧も、ことごとく弾かれた。


 それだけなら、攻撃せず逃げればいい。


 だが、茨のバケモノはペデリアとは比べものにならないほど凶暴だった。風を唸らせて振り下ろされた茨の前では、盾も鎧もまったく意味をなさなかった。吹き飛ばされる? そんなヤワなものではない。まともに当たれば一瞬で原形を留めぬ骸となる。仲間の無残な死を目の当たりにして、冷静でいられる者などいなかった。


 そんな中、マックスは――


(な、なんだ?! 何が起こっている?!)


 暗闇の中で、眠るリディアにしがみついてブルブルと震えていた。


 大変な事態になっているのは肌身に感じる。けれど、マックスが連れてきた私兵や冒険者たちはもはや灯りを灯す余裕すらなく、真っ暗闇の中で怒声や悲鳴が聞こえるだけだ。ときおり聞こえる殴打音や生々しい血の臭いに、荒事とは一切縁のなかったマックスは縮みあがった。


 バケモノの暴威は凄まじく、木や地面を叩き抉る破砕音が鼓膜を震わせ、衝撃のたびに小石や木っ端が飛んでくる。


 逃げなければと強く思うものの、恐怖で身体が動かない。


 そのときだ。突然、誰かがマックスの身体を引き、



 ズシャーーーン!!!



 凄まじい衝撃――暗くて見えないが、おそらく、ついさっきまでいた場所がバケモノの茨に完膚なきまでに破壊された。マックスはほうほうの体で逃げ出し……



 背後からの不意の一撃に、白眼をむいて気絶した。




♧♧♧




「一歩、遅かったね」


 暗闇の中で誰かがつぶやいた。


「まあ、魔物討伐ではよくあることだ」


 魔物に殺された遺体は損傷が激しい。しかし、佇むどちらの人物も、悲しんでいる様子も腹を立てている様子もない。ただ、淡々と残念そうに、惨状に対して短い感想を述べただけ。


「しかし、誰かね。このお兄さんは」


「さあ……」


 彼の足元には、二人の人間が横たわっている。一人はドレスを着た少女、もう一人は土に汚れているが上等な服を着た青年だ。

 ジーンたちが彼らを見つけたときには、すでに他の者たちは生き絶えていて。茨の鞭から助け出せたのは、この二人だけだった。


(きっと、犠牲者たちの雇い主で……)


 森に転がっていた多くの遺体(肉片)は、装備からして冒険者もしくは兵士。一方この青年は、高価な服から貴族と考えるのが妥当。そんな階級の人間がどこから来たかと考えれば。


(……追っ手かもしれない)


 カストラムから大勢の部下を連れて森にやってきた貴族。こんな夜に。


(聖女を取り返しに……いや、)


 ジーンが青年を見つけた時、彼は眠るリディアに覆い被さるように――魔物から守るような体勢をとっていた。


(リディアを取り戻しに?)


 思えば、リディアは身分こそ男爵令嬢と低くとも、裕福な商家の年頃の娘だ。見目だって悪くないどころか、とても可愛らしい。婚約者……将来を約束した相手がいたとしても驚かない。


(そういえば……)


 あの夜会で、たしかリディアはパートナーを探していた。もしかしたら彼が……?



「どうするんだ? ジーン」


 考えに沈みかけたジーンを、パスカルが現実に引き戻した。




 青年をこのまま捨て置くか、助けるか――。




 ここでの「どうする」とは、つまりそういうことだ。




♧♧♧




 今から半刻ほど前。与えられた客室で独り過ごしていたジーンのもとに、血相を変えたハサンが飛び込んできた。


「カーミラ様がいないのです!」


 ハサンが言うことには、カーミラは夕食後に突然姿を消したのだという。


「森に入ったのかもしれません」


 カーミラ様はよく〈厄災〉たちと森に入ることがありますから、とハサンは青い顔で言い足した。


「貴方なら〈厄災〉の言葉がわかるんでしょう? 森の〈厄災〉に話して……どうか、どうかカーミラ様を連れ戻してください!」


 取り乱した様子からとても嘘をついているようには見えなかったため、ジーンはパスカルを伴って森に入り……



 惨状と眠る二人を見つけた、というわけだ。


「にしても、どうしてリディア嬢まで」


 昏々と眠るリディアを見て、パスカルが首を傾げるのをよそに。


(捨て置くか、助けるか……)


 危険な夜の森で、明らかに戦闘能力のない人間が一人で、しかも眠っている。


 以前の……人間だった頃のジーンなら、迷わず後者を選んだだろう。


 …………今も、そうすべきなのだろうとは思う。〈勇者〉であり、一人の冒険者の資格を持つ者として。


(なぜだ……?)


 なぜ、迷うのだろう。





「だって……。私、あなたを人間に戻したい、から」





 フクロウの姿をとった〈魔女〉に諭された後、リディアに言われた台詞を、さっきからやたらと思い出す。まっすぐこちらを見つめる真摯な、熱を孕んだ眼差しも。


(あれは、俺にだけに向けられたモノではないのか……?)


 無自覚に、責めるような視線を眠る少女になげかける。言いようもなくモヤモヤするが、ジーンにはその理由がわからなかった。

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