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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter05-6 再会と夢の終わり

「マ……マックス様」


 ふわりとしたカナリア色の髪に垂れ目がちな菫色の瞳――少し窶れているようにも感じられるが、間違いなくマックスだ。バルテルミ伯爵子息で、かつて婚約の約束をした幼馴染み。


 しかし、彼にとってリディアは金づる。本命は侯爵令嬢エミリアーヌだったはず。そんな彼がなぜ、危険な夜の森に出向いてきたのだろうか?


 と。


 カンテラを翳して辺りを見回したマックスと、リディアの目がバッチリと合った。マックスの菫色の瞳が大きく見開かれ、


「リディア?!」



 気づかれた……!



 目の前に駆けよってきた彼は、躊躇うことなく銀白の粘糸を剥ぎ、


「こんなところにいたんだな! よかった……リディア、君が無事で本当によかった!!」


 泣き笑いの顔で、リディアの上半身をぎゅうと抱きしめた。


「もう、逢えないのかと思ったんだぞ。君が攫われて、それにあの『怪物王子』が関わってるって聞いて……。でも、諦めずに探してよかった」


「探して……?」


 聞き違いだろうか。マックスは今「探して」と言ったのだろうか?


 マックスは伯爵家嫡男。王太子殿下の側近候補の文官であって、武官ではない。そんな彼が、危険な夜の森に本命でもないリディアを探して自ら分け入るなど信じられない。割に合わなさすぎる。


「当然じゃないか!」


 しかし、マックスは心外だとばかりに目を丸くした。曰く、リディアを探すために、カストラムに働きかけ、街壁の外側の森を一斉捜索させたのだそうだ。陽射しがダメなメリルを伴っているのなら、光の届かない森の中――カストラムの外縁部に潜むだろうと進言して。


「夜会の時は本当に悪かったよ。エミリアーヌのことを黙っていたのも。でも……仕方ないんだよ。俺は嫡男で、家の未来を背負ってる。その宿命からは逃れられないし、逃げたらいけないんだ。でも……!」


 マックスはリディアの目を真正面から見つめた。


「俺が一番愛しているのは、リディアなんだ。あの場では、ああ言うしかなかったんだよ……」


 リディアをかき抱き、縋るような声音で彼は言った。


「エミリアーヌが正妻でも、君に絶対に不自由はさせない。寂しい思いもさせないと約束する」


 毎日でも通うよ、と囁く声はどこか背徳的で、とろりと甘い。彼の誘いはまちがいなく『毒』なのに。


 心の隅で、仄暗い歓びを覚える自分がいる。だって……。



 リディアはマックスを愛していた。その想いはまだゼロになっていない。たとえ自分の境遇がひっくり返っても、何年越しの思慕は簡単に消えはしないのだ。

 それに……。


(私が彼の『いちばん』なの……?)


 心のどこかで、安堵する自分がいる。欲しかったモノ――彼の心を失ったのではなかったのだ、と。


 でも。


 フュゼで、たくさんのことを経験して。何にもできないわけじゃないと、ちゃんと証明されて。それから……。


(他の生き方だって……)




「巻きこんだから……離れられないだけだ」




 けれど、ジーンの言葉が、カーミラと寄り添う姿が、脳裏にちらつく。心の傷口がジュクジュクと膿んで、奇妙な熱がクラクラと心を迷わせる。


「リディア、俺のリディア」


 髪を崩さないように梳く手も、目許に落ちた口づけも、頬を掠めるフワフワした髪も、名を呼ぶ声も……。『好き』は多少褪せてはいる。でも、なくなってはいない。


(どうしよう、か)


 そっちはよくない、と理性が訴えるのに。考えるのが止まらない。



 ――だって、瑕疵の多い自分に『伯爵夫人』が本当に務まるの?



 心の中で、狡い自分が囁いた。


 社交に領地の管理、その他諸々の役目を、知識も度胸もない自分にできるのかと問われれば、プレッシャーに胸が苦しくなる。

 リディアは〈黒魔法使い〉であるのを理由に、社交に積極的でなかった。瑕疵のある姿で貴族として表に出る――そんな強い心なんて持っていない。


 結婚して子供を産む『幸せ』には、重い義務と責任がついてくるのではないか。それらをこなせない癖に、『幸せ』だけを瑕疵の多い自分が望むのは、分不相応で非常識なことなのかもしれない。

 でも、愛妾なら。義務もない。責任もない。愛だけが手に入るとてつもなく楽な立ち位置が……


『いっそ清々しいくらい、最低な男ね!』


 そんな思考を断ち切ったのは、メリル。


『で? エミリアーヌはお飾りの踏み台にして、ヘリオスやウィルも見捨てて? そこまでしてお姉さまはコイツが欲しいの?』


 と、妹はせせら笑った。


『ち、ちがっ……!』


 慌てて否定する。そうだ……。さっき想像した未来を手に入れるためには、ウィルやヘリオス、ジーンも……皆を裏切ることに他ならない。そうとわかって、のうのうと幸せに生きることができるだろうか。


 思い出したのは、エミリアーヌの顔。侮蔑と憎悪の色濃い笑み――今まで顔もろくに見たこともない相手から受ける負の感情でも、震え上がるほどに怖かったというのに。それがウィルやヘリオス、ジーンだったら……。


 リディアの背がゾワリと粟立った。

 

(無理……無理よ!)


 隣にマックスがいても。仲間たちがエミリアーヌのような顔をして、憎悪を向けられるなんて、耐えられるはずがない。そんな覚悟、リディアにはこれっぽっちもなかった。


 諸々の役目も嫌。かと言って、誰か――仲間やエミリアーヌにしたって、踏み台にして憎悪を受けとめる覚悟もない。清々しいほど意気地なしで自分勝手。導き出される答えは、初めからひとつしかないではないか。


『お姉さまは、弱虫で泣き虫でグズでとおっってもお優しいもの。汚い事情を全部飲み込むなんて無理も無理! ちがう?』


 メリルは、本当に姉の本性をよく見抜いている。拍手を贈りたいくらいに。


「……フフフッ。アハハッ」


 乾いた笑いが、夜の静寂を揺らす。


 嗚呼……。

 恋に浮かれて。当たり前の未来も考えず。レモングレーズみたいに甘酸っぱいフィルターで己の目を曇らせて。見るべきモノから目を背けて。

 今さら……今さら現実に気づくなんて。

 

「……リディア?」


 キョトンとするマックスの手を、リディアは微笑みを浮かべてゆっくりと外した。


「……ごめんなさい」


 彼には聞こえない声で『繫いで』とメリルに言いながら。


「夢は、終わったの」


 大蜘蛛の力を手に、自らを縛める繭に触れれば、それはキラキラと淡い光を放ちながら解れて消える。目を見開くマックスから素早く距離を取り、


「【隠せ】!」


 カーミラと〈厄災〉(テディー)たちを〈隠し〉、リディアはパッと身を翻した。

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