Chapter05-2 地下へ(前編)
『私』は、何をやっているのだろう……。
アディサは、客人の娘たちと一緒に、植木鉢の土を掘り出していた。
「人が閉じ込められているの!」
『私』を見るなり、メリルという陽射しに当たれない娘が言った。
どうしていいか――『私』ならどうすべきか、わからなかった。
だって。
この下には先代の遺体があるから。私が殺した――
「ママ?(どうするの?)」
テディーが私に尋ねた。
(どうしたら……)
テディーたちは鼻がきく。もし……もし、地下の遺体がかつての『私』だって気づいたら。今の『私』はどうなるの?
テディーたちは、『私』は何百年も前の『私』と同じだと思っている。だから『私』が二人もいたらダメなのだ。『私』は一人しか……
「いい性格の王女様だこと」
躊躇いを絶ったのは、メリルの台詞だった。
「都合の悪いモノがあるからどうしようか考えているんでしょ? とんだ雌ギツネね!」
「ッ!」
ちがう……!!
カッと頭に血が上った。断じて……! 断じて『私』は「雌ギツネ」じゃない。『私』は……!
気づいたら、化粧が落ちるのもかまわず、植木鉢の土を掘り出していた。
「マー!(手伝うよ!)」
「ママ!(俺も!)」
人手(クマ手?)が倍以上になると、作業は速い。瞬く間に植木鉢内の土は底をつき、怪物の体みたいな木の根が露出した。
「こんなもの!」
メリルがドレスのスカートをからげ、ドン! と裸の木を蹴飛ばす。支えを失った木はバランスを崩し、ゆっくりと植木鉢ごと通路に倒れた。すぐにもう一人の娘が、床の切れ目にスコップを差しこんでこじ開ける。現れた四角くて暗い穴は、まるで冥府への入り口のようだった。
◆◆◆
温室の床に開いた地下への入り口。二匹の厄災が真っ先に飛びこみ、カーミラがそれを追う。少し遅れて、悲鳴とドサドサッと物音。転んだらしい。
「……間抜けね。お姉さま、パニエ外すの手伝って」
「う、うん」
ドレスのままでは、狭い螺旋階段を降りられない。しかし、普段ドレスはメイドに着せてもらっていたリディアの手つきは怪しい。
「紐くらい切ったっていいわよ」
「え、でも」
都合よく刃物など持っていない。短剣は部屋に置きっぱなしだ。
「急・い・で!」
……ようやくパニエが外れた。垂れ下がったドレスの裾を纏めて引っ摑んだメリルが「グズ」と言い残して階段の暗闇に姿を消し、
「んきゃあっ?!」
悲鳴とドサドサッと物音……キャンキャン喚く声から察するに、カーミラに躓いたらしい。
(真っ暗だから気をつけないと)
幸い、リディアの格好はスカートでも丈が短く動きやすい。ここへ来たとき、灰色髪のメイドが着替えにと使用人用の服を貸してくれたのだ。
注意深く一歩を踏み出した、その時。
「きゃっ!」
ドンッと背中を突き飛ばされ、リディアは階段に背中を強かに打ちつけた。
「家探しが好きな娘だ。心ゆくまで漁るがいい。この先は行き止まりだがね!」
男の声が吐き捨て、硬質な音とともにリディアの視界は真っ黒になった。
(入口が!)
這いずるように上へ戻るも、戻された蓋板はビクともしない。
(そんなっ!)
あの声はハサンだ。間違いない。
『ッ、ジーンさん! ヘリオスさん! 助けてくださいっ!』
すぐさま、館のどこかにいるだろう仲間に念話で助けを求めるが。
『うっさいわね。繋がってないわよ』
返ってきたのは、メリルの無情なひと言。
『忘れてたわ』
『なっ』
『モルドレッドが悪いのよ。アイツが脅かすから』
メリルはふて腐れた声で言った。
(モルドレッド?)
今は彼が表に出ているということだろうか。
ともかく、入口を塞がれてしまったからには、先へ進むしかない。光源のない螺旋階段は、文字通り真っ暗闇だが。
(あ)
スカートのポケットから、ジーンにもらった小瓶を取り出す。昼間はすっかりただの白い綿毛と化していたそれは、頼りなくも、わずかに周囲を照らし出していた。
「カーミラ、アンタ魔力高いんでしょ? 光魔法くらい使えるんじゃない?」
「メリル」
カーミラを揶揄うメリルを諫める。こんなところでぎすぎすしたって不毛だ。
「先に行けばウィル君がいる。彼なら何とかしてくれるわ」
黙りこくったカーミラを励まし、リディアは彼女の手を取る。ほっそりとした手は温かかった。
「行きましょう」




