Chapter04-10 商人の企み、王女の憂い
「貴女もあの若者と同じように武芸のまね事をなさりたいのか?」
温室の中に、奇妙な人影を見つけて行ってみれば。さんさんと陽射し降りそそぐ中に、メリルがいた。ハサンが与えたヒナゲシ色のドレスの上から、男ものの上着を頭から被り、彼女は地下室へ続く階段の上に座りこんでいた。
「武芸に憧れる女性もおりますが」
メリルを部屋に連れ帰り、ハサンは滔々と武芸武術の恐ろしさを語って聞かせた。
「腕や脚を失うことなど珍しくもない。特に冒険者という職業は、いつどこで死ぬかもわからない。死に方だって穏やかではありません。魔物や獣に……」
説教しながらも、ハサンは満足していた。
(あの男を始末できた)
メリルを温室から連れだし、部下を呼んで地下室への入口の上に大きな植木鉢を置かせた。動かすには大人数人分の力が要る。まず出られまい。
(ちょろちょろと動き回って目障りでしたからねぇ)
まだ少年という年頃なのに、妙に勘が良く腕が立つ。書斎に入り込み、机の上を荒らしたのも奴にちがいない。アレが読めたかどうかはわからないが、どちらにせよハサンの計画には邪魔な存在だ。
ハサンは地下室にある遺体のことは、もちろん知っている。アレは『先代』――老朽化した塔の崩落に巻き込まれ、命を喪った哀れな女の骸だ。
(ああ。あのときからアディサは)
もう、二十年以上前のことだ。
地震で塔が崩落し、カーミラの器だった女と当時ハサンの上司だった将軍が瓦礫の下敷きになった。まだほんの少女だったアディサは、虫の息だった女とカーミラの部屋に籠もり、『継承』の儀式が強行されたのだ。ハサンは、好いた少女が亡霊の器にされるのを、ただ見ていることしかできなかった。
やっと、やっと取り戻すことができるのだ。憎々しい亡霊に取り憑かれた愛おしい彼女を。
メリルの機嫌を取る品を取り寄せる傍ら、ハサンはアディサに着せるドレスを発注していた。砂漠の国の、宝石をぎっしり縫いつけた衣装を。
「ともかく、陽の下に出ないことです。何かあっても森の中ですから、すぐに薬は手に入らないのですよ」
メリルに釘を刺してハサンは部屋を出た。
◇◇◇
「貴女は私。私は貴女」
ついに夢を叶えた。『私』の、そして『貴女』の夢――。
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いつか勇者様と会えたら、確かめたい。
私の考えは正しいの?
正しいなら、お兄様に教えてさしあげたいの。
お兄様は王様になられる方ですから。
それにね……(滲んで判読不能)……
勇者様が旅をするには道がいるわ。でも、道はいつも通れるわけじゃない。だから……(数行、文字が擦り切れていて読めない)……魔女の欠片って怖い武器に頼らなくたっていいんだって、お兄様に……
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アディサは肖像画を見上げた。
…………。
…………。
どうして、素直に喜べないのだろう。夢――『貴女』が突き止めた「〈勇者様〉が存在する理由」を、〈勇者様〉に会って確かめる夢――が叶ったのに。不安で不安でしょうがない。
「夢が叶って嬉しい」のが、正しい『私』の感情なのに。
不安で不安で、迷って迷って…………何日も経ってから、ようやく言えた。怖い怖い問いを。
〈勇者様〉の役割は、世界が養いきれない命で溢れて滅びてしまわないように、〈厄災〉を滅すること。
でも、『私』にとって〈厄災〉たちはかけがえのない『おともだち』。『離宮』でたった一人の『私』は、〈厄災〉たちのいない暮らしなんて耐えられない。
……それは正しいよね?
ああ……。どうしてこんなに怖いんだろう。『私』は〈厄災〉たちを滅することが世界のためだと言ってしまったんだ。〈勇者様〉が〈厄災〉たちを滅したら、困るくせに。
また、肖像画を見上げる。
「私は貴女。貴女は私。私は……」
繰り言の先を呟く前に、部屋に灰色髪のダーリアが入ってきた。彼女は飴色の瞳を喜びに輝かせ、アディサをギュウッと抱きしめた。
「カーミラ様、夢が叶いましたねぇ」
心底嬉しそうに、ダーリアは言った。目尻に涙さえ浮かべて。
「嬉しい! 嬉しい! ついにカーミラ様の夢が叶った!」
泣き笑いでギュウギュウとアディサに抱きつきながらも、ダーリアは労るようにアディサの背をさすった。
「カーミラ様は何も心配なさらなくていいのですわ。笑ってくださいまし……」
ダーリアの声は、本当の母親のように、優しく慈愛に溢れていた。
(ダーリアが言うなら、きっと大丈夫)
ダーリアは、アディサがここへ来た時から、先代同様、本当の家族のように面倒を見てくれた。そして、一緒に『楽園』を守ってきた。ダーリアなら、信じられる。彼女はずっと変わらない。『カーミラ』への愛も慈しみも、見た目も。私にとっては、彼女もまた『神』と同等――。
「……ええ。とっても嬉しいわ。夢みたい!」
『私』はにっこりと笑ってダーリアを抱きかえした。
『私』は『貴女』――ほんの子供だもの。〈勇者様〉のお役目がなんのためか気づくほど聡明でも、〈厄災〉たちを彼がどうにかする可能性には気づかない。子供は純粋だから。アディサは、膝にのせた『教典』をそっと閉じた。




