Chapter04-9 〈勇者〉の役目
(このまま人間に尽くすか、それとも、人間を滅ぼす存在になるか)
自分用にと宛がわれた客室にて。はるか昔、〈魔女〉に言われた言葉をジーンは反芻していた。
『セカイノヘイワノタメ』
〈勇者パーティー〉として役割に赴いた時から『あのとき』まで、それは輝かしい志だった。〈勇者〉であることが、誇らしかった。ジーンも『人間』だったから。
でも――。
『今』はどうだろう。
セカイノヘイワノタメ――人間のため。
自分は他ならぬ人間の手で命を喪い、異形となった。それでも、人間のためにたった一人で〈勇者〉を続けるのか。
(もし、〈勇者〉の役割を全うしたとして。俺はそのあとどうなる?)
誰かが喜んでくれるだろうか。
誰かが讃えてくれるだろうか。
誰かが労ってくれるだろうか。
〈勇者〉となれば、〈厄災〉の落ちた地を目指して、苦労しながら長い道のりを進み、途方もない時間をかけて役目を果たすのだ。すべての〈厄災〉に対処するまで、その繰り返し。見返り――何らかの慰めや喜びを期待するのは、別に浅ましくもない。
(…………)
けれど。
想像した未来に佇んでいたのは、おのれ独り。黙々と歩き続け、道が消えた地点で呆然と立ちつくす自分。
荒野には、もはや誰もいない。
なんと虚しく、寂しい……。
(どちらにしろ、結果は同じなのか……?)
自問した、そのとき。客室のドアが控えめにノックされ、カーミラが顔を出した。
彼女はほぼ毎日やってきては、ジーンに旅の話をせがんだり、逆に〈勇者〉の伝説――ジーン以前の〈勇者〉のおとぎ話を諳んじてみせたりした。よほど『創世神話』が好きなのだろう。
「入ってもいい?」
無邪気な笑みはどうにも拒みづらい。ジーンが緩慢に頷くと、彼女は嬉しさいっぱいな様子でジーンの前までやってくると、ペタリと正面に座りこんだ。まるで、大人に呼ばれた幼い女の子がそうするように。
「? どうなさったの? 顔色が悪いわ」
不遠慮に頬に触れた手は温かく、かすかに甘い匂いがした。悩みに沈んでいるせいか、温室で抱きつかれた時ほどの衝撃は感じない。
「お部屋を温める?」
「……いや、大丈夫。俺は変わらないから」
「…………」
カーミラは黙って、ジーンの頬にあてた手を首筋に滑らせ。ややあって、手を放した。
「……動いてない」
「え」
一瞬、ほんの一瞬だが、大人びた横顔を見たような気がした。
「私たち、おんなじね!」
気のせいだった……? 目の前に座るカーミラは、ニコッと無邪気な笑みでジーンに言った。
(同じ?)
でも、カーミラは温かいし――。
ジーンが口を開く前に。
「ついてきて!」
カーミラはやや強引にジーンの手を引っ張って、部屋から連れだした。
階段を降りて、廊下をずんずん進む。
「えっと、」
まず訪れたのは厨房。カーミラが顔を覗かせると、シェフらしき男性が真っ黒い顔でニコニコしながらクッキーをくれた。
「今度は、こっち!」
パタパタ走る彼女を追いかけてたどり着いたのは図書室。絵本を何冊も出してきて、カーミラは「読め」と催促してきた。
その後は遊戯室、侍女部屋……ほぼお宅探検である。
(え……っと、彼女なりに俺を構ってるのかな?)
なんとなく、気遣いめいたものを感じる。
そんな彼女を追って、次にたどり着いたのは。
(温室……?)
薄暗い廊下のそこだけ、温室のガラスを透過した光がゆらゆらと、まるで水魔のように揺らめいている。カーミラは「待ってて!」と元気よく言うと、パタパタと温室の中へ入り、ひと抱えほどもある鉢をウンウン言いながら引きずってきた。
「植木鉢をね、たくさん、たくさんお花でいっぱいにしたくて」
彼女が持ってきた植木鉢には、華やかな花弁も瑞々しい葉もない。カラカラに渇いて縮んだ残骸が土の上に黒々と身を横たえているだけだ。
「たくさん、植えたの……。でも」
カーミラは寂しそうに小さな残骸を撫でた。
「みんな枯れちゃった」
「そ、そうか……」
なんと受けていいのかわからず、ジーンは中途半端な相槌を打つ。
「種を買ってくれた商人が言ったの。小さな鉢に目いっぱい種をまくからですよって。少ししかない栄養をたくさんの種が取り合って、みんな栄養が足りなくて」
植木鉢の直径は、三十シェンチほど。曰く、カーミラはそこに「ドバーッ」と種を雨のように降らせたらしい。
(そりゃ、枯れるよな)
しかも植えたのは、大きな花を咲かせる植物ばかり。大きな花を咲かせるには、それなりの栄養が要る。
「こうして」
ジーンは指で、土の上に四、五ヶ所の窪みを作った。
「君の言う植物なら、この穴に種をそれぞれ二、三粒まくんだよ」
二、三粒まくのは、いわゆる保険。発芽しない種もあるからだ。そのため、もし三粒まいて三つ芽が出たら、育ちの良いものを残して残り二つの芽を抜いてしまう――間引きだ。せっかく芽吹いた命を刈り取るのはかわいそうな気もするが、そうしないと、やはり養分の取り合いでみんな枯れてしまう。
「まあ。ジーン様は詳しいのね」
「もともと農夫の息子だったからね」
「そうなの?」
「ああ。〈勇者〉になる前は、畑の世話が仕事だった」
他愛もない話題で笑いあう――はるかはるか昔、ほんの少年だった頃。筋状に芽を出した野菜の若芽を間引くのを「もったいない」と訴えたことがあった。その時、文句をつけた息子に父は笑ってこう言った。
「ジーンよ。限られた大地はな、限られた命しか養えんのだ」
父の言葉は、失敗で理解した。枯れた野菜を前に膝をつく、かつての自分を思い出した。
「限られた大地は、限られた命しか」
言いかけて、気づいた。『同じ』なのだ、と。
この世界は限られた大地。その大地が養える命は限られているから。数十年おきに落ちてくる〈厄災〉をそのままにしておけば、すぐに命の数が大地の養える限界を超えてしまう。
(だから、〈勇者〉が……)
「〈勇者様〉のお役目は、世界が種でいっぱいにならないようにすることだと思うの」
カーミラがニコッと笑って言った。
欲ばっては、いけない。みんな枯れてしまうから。




