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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter04-9 〈勇者〉の役目

(このまま人間に尽くすか、それとも、人間を滅ぼす存在になるか)


 自分用にと宛がわれた客室にて。はるか昔、〈魔女〉に言われた言葉をジーンは反芻していた。



『セカイノヘイワノタメ』



 〈勇者パーティー〉として役割に赴いた時から『あのとき』まで、それは輝かしい志だった。〈勇者〉であることが、誇らしかった。ジーンも『人間』だったから。


 でも――。


 『今』はどうだろう。



 セカイノヘイワノタメ――人間のため。



 自分は他ならぬ人間の手で命を喪い、異形となった。それでも、人間のためにたった一人で〈勇者〉を続けるのか。


(もし、〈勇者〉の役割を全うしたとして。俺はそのあとどうなる?)


 誰かが喜んでくれるだろうか。

 誰かが讃えてくれるだろうか。

 誰かが労ってくれるだろうか。


 〈勇者〉となれば、〈厄災〉の落ちた地を目指して、苦労しながら長い道のりを進み、途方もない時間をかけて役目を果たすのだ。すべての〈厄災〉に対処するまで、その繰り返し。見返り――何らかの慰めや喜びを期待するのは、別に浅ましくもない。


(…………)


 けれど。


 想像した未来に佇んでいたのは、おのれ独り。黙々と歩き続け、道が消えた地点で呆然と立ちつくす自分。



 荒野には、もはや誰もいない。



 なんと虚しく、寂しい……。


(どちらにしろ、結果は同じなのか……?)


 自問した、そのとき。客室のドアが控えめにノックされ、カーミラが顔を出した。


 彼女はほぼ毎日やってきては、ジーンに旅の話をせがんだり、逆に〈勇者〉の伝説――ジーン以前の〈勇者〉のおとぎ話を諳んじてみせたりした。よほど『創世神話』が好きなのだろう。


「入ってもいい?」


 無邪気な笑みはどうにも拒みづらい。ジーンが緩慢に頷くと、彼女は嬉しさいっぱいな様子でジーンの前までやってくると、ペタリと正面に座りこんだ。まるで、大人に呼ばれた幼い女の子がそうするように。


「? どうなさったの? 顔色が悪いわ」


 不遠慮に頬に触れた手は温かく、かすかに甘い匂いがした。悩みに沈んでいるせいか、温室で抱きつかれた時ほどの衝撃は感じない。


「お部屋を温める?」


「……いや、大丈夫。俺は変わらないから」


「…………」


 カーミラは黙って、ジーンの頬にあてた手を首筋に滑らせ。ややあって、手を放した。


「……動いてない」


「え」


 一瞬、ほんの一瞬だが、大人びた横顔を見たような気がした。


「私たち、おんなじね!」


 気のせいだった……? 目の前に座るカーミラは、ニコッと無邪気な笑みでジーンに言った。


(同じ?)


 でも、カーミラは温かいし――。


 ジーンが口を開く前に。


「ついてきて!」


 カーミラはやや強引にジーンの手を引っ張って、部屋から連れだした。

 階段を降りて、廊下をずんずん進む。


「えっと、」


 まず訪れたのは厨房。カーミラが顔を覗かせると、シェフらしき男性が真っ黒い顔でニコニコしながらクッキーをくれた。


「今度は、こっち!」


 パタパタ走る彼女を追いかけてたどり着いたのは図書室。絵本を何冊も出してきて、カーミラは「読め」と催促してきた。


 その後は遊戯室、侍女部屋……ほぼお宅探検である。


(え……っと、彼女なりに俺を構ってるのかな?)


 なんとなく、気遣いめいたものを感じる。

 

 そんな彼女を追って、次にたどり着いたのは。


(温室……?)


 薄暗い廊下のそこだけ、温室のガラスを透過した光がゆらゆらと、まるで水魔のように揺らめいている。カーミラは「待ってて!」と元気よく言うと、パタパタと温室の中へ入り、ひと抱えほどもある鉢をウンウン言いながら引きずってきた。


「植木鉢をね、たくさん、たくさんお花でいっぱいにしたくて」


 彼女が持ってきた植木鉢には、華やかな花弁も瑞々しい葉もない。カラカラに渇いて縮んだ残骸(ミイラ)が土の上に黒々と身を横たえているだけだ。


「たくさん、植えたの……。でも」 


 カーミラは寂しそうに小さな残骸(ミイラ)を撫でた。


「みんな枯れちゃった」


「そ、そうか……」


 なんと受けていいのかわからず、ジーンは中途半端な相槌を打つ。


「種を買ってくれた商人が言ったの。小さな鉢に目いっぱい種をまくからですよって。少ししかない栄養をたくさんの種が取り合って、みんな栄養が足りなくて」


 植木鉢の直径は、三十シェンチほど。曰く、カーミラはそこに「ドバーッ」と種を雨のように降らせたらしい。


(そりゃ、枯れるよな)


 しかも植えたのは、大きな花を咲かせる植物ばかり。大きな花を咲かせるには、それなりの栄養が要る。


「こうして」


 ジーンは指で、土の上に四、五ヶ所の窪みを作った。

  

「君の言う植物なら、この穴に種をそれぞれ二、三粒まくんだよ」


 二、三粒まくのは、いわゆる保険。発芽しない種もあるからだ。そのため、もし三粒まいて三つ芽が出たら、育ちの良いものを残して残り二つの芽を抜いてしまう――間引きだ。せっかく芽吹いた命を刈り取るのはかわいそうな気もするが、そうしないと、やはり養分の取り合いでみんな枯れてしまう。


「まあ。ジーン様は詳しいのね」


「もともと農夫の息子だったからね」


「そうなの?」


「ああ。〈勇者〉になる前は、畑の世話が仕事だった」


 他愛もない話題で笑いあう――はるかはるか昔、ほんの少年だった頃。筋状に芽を出した野菜の若芽を間引くのを「もったいない」と訴えたことがあった。その時、文句をつけた息子に父は笑ってこう言った。




「ジーンよ。限られた大地はな、限られた命しか養えんのだ」




 父の言葉は、失敗で理解した。枯れた野菜を前に膝をつく、かつての自分を思い出した。


「限られた大地は、限られた命しか」


 言いかけて、気づいた。『同じ』なのだ、と。


 この世界は限られた大地。その大地が養える命は限られているから。数十年おきに落ちてくる〈厄災〉(異世界種)をそのままにしておけば、すぐに命の数が大地の養える限界を超えてしまう。


(だから、〈勇者〉が……)


「〈勇者様〉のお役目は、世界が種でいっぱいにならないようにすることだと思うの」


 カーミラがニコッと笑って言った。


 欲ばっては、いけない。みんな枯れてしまうから。

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