Chapter04-7 見つけた事実と迫る危機
(木材、ですって!?)
リディアの心臓が早鐘を打ち始める。
オクトヴィア王国は、国土の大半を森林地帯が占めている。森は雨水を蓄え、農業に適した腐葉土を生み出す。また、豊かな森からの狩猟採集の成果も国を大いに支えている。この国に冒険者が多いのもそういった事情からだ。
だからこそ、王国は恵みをもたらす森林の保全を重視し、むやみに伐採して木材を得ることを禁じている。木材の売買には、領主と国から派遣された役人の双方が目を光らせ、取引量や流通を厳しく規制しているのだ。
間違っても木材が、外国に流出しないように。
(でも、これは明らかに外国――砂漠の国との取引だわ)
リディアは令嬢としてはポンコツの世間知らずだが、商家の娘でもある。語学や算術はみっちりと教わっており、難解な古典や学術書でなければある程度内容を理解できるのだ。
手にした書類は、砂漠の国の言葉で書かれており、木材の量や種類の他、走り書きで伐採地の場所や様子まで記載があった。
(ウィリディスの森……そんな遠くから)
ウィリディスの森とは、王都トリクローヌの西に広がる森を指す。森は、街道や集落で虫食いのような切れ目はあるものの、王都の西から南部、さらにこの東側まで繋がっている。
(いったいどうやって……?)
ウィリディス――王都の西側にも関所はある。また、王都もこれだけの木材を黙って受け流すなど、まず考えられない。しかし、どうやったら大量の木材を覚られずに運ぶことができるのだろうか。
「(リディア! 誰か来た!)」
思案に沈みかけていたリディアは、ヘリオスの囁きに急いで机の影に身を隠した。
「ママー?(カニ、いたか?)」
ヒョコッと顔をのぞかせたのは、〈厄災〉だ。
「マーマーマ、ママー(ここ、入っちゃダメな部屋だぞ)」
「マーマ!(でもカニ! 食べたい!)」
やってきたのは二匹。まずはハサンではなくて、リディアはホッとしたが。
「(アイツら、僕のことエサだと思ってるんだぁ)」
「…………」
服のポケットの中で、ヘリオスが縮こまっている。二匹のやりとりを聞いていると、どうやらカニは〈厄災〉たちの大好物のようだ。
(これは、カニ化するのも危ないかしら)
リディアの頭に浮かんだのは、暗闇の中、ツリーハウスでバリバリと魚を噛み砕く、生々しい咀嚼音。……うん。ゾッとする。
早くもカニ化して荷物に紛れる作戦に暗雲がたちこめてきた。一つ間違えば、〈厄災〉 たちと命がけの追いかけっこをするハメになるかもしれない。
(カニ化するのはいい考えだと思ったんだけどなぁ)
人間の目を欺くのに、これほどいい方法はないと思ったのに。
(それにしても、森もダメ、空もダメ、小さくなるのもダメ……どんどん選択肢がなくなっていくわ)
他の移動方法……そういえば、ここに来た方法――超絶シンプルな筏で恐怖のずぶ濡れラフティングなら、どうなのだろう。すごいスピードだったし、あの時は怪鳥の姿さえ見なかった。いや、余裕が無さすぎてリディアが見つけられなかっただけかもしれないが。
(でも、川の終点はまだ先だし、うまくすれば)
と、そこまで考えて、リディアはハッとした。
「……そうだ、筏だわ」
長さを揃えることさえせず、粗末な麻紐で縛っただけの超絶シンプルな造りの筏。荒っぽいにもほどがある操船だったけれど、なんだかんだいって筏は途中で壊れたわけでも分解したわけでもない。ちゃんと運べているではないか。
「リディア、木材の扱いは本当に気をつけないといけないんだ」
忙しい父が、何かの折に言っていたことを、リディアはやけにはっきりと思い出した。
「特に森のない地域と取引するときは十分に注意するんだ。なぜなら」
木材は投石機や梯子――攻城兵器を作る材料になるからね。
心臓がうるさい。どくどくと音をたてて血液が体中を駆け巡っている。
(大変だわ……)
木材は攻城兵器の材料になる。つまり、木材の流出は戦争のきっかけになるのだ。そして、もうすでに大量の木材が、この国から砂漠の国に運ばれてしまった。
(お父様に知らせないと……)
急がなければ、家族の住む王都もお世話になったフュゼやラームス村の人々も、戦禍に巻き込まれる。
(ゆっくりしている場合じゃないわ。とにかく、お父様に知らせて、王国にも知らせた方がいいわ)
王国は追っ手だ。捕まりたくはない。けれど、故郷が戦場になるのは絶対に嫌だ。戦争を防ぐためには――。
(補足)
蔓食みの森は遭難者を多数出す危険な森です。当然ながら、地理をはっきりと把握されていません。リディアたちがラフティングした川はウィリディスの森に繋がっていますが、全部が全部、地図に載っているわけではなく、オクトヴィア王国は川が関所抜けのルートになっていることを把握していません。




