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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter04-6 リディアとカニによる館探索

 その頃、リディアは。


 一人で館の中を彷徨っていた。





 ウィルが森の探索を危険と判断したからといって、ここに留まり続けるわけにはいかない。だからと言って、カストラムに近い森を闇雲に進むのはやはり危険だ。アンデッドだけではなくカストラム兵や冒険者たちとかち合う可能性が高く、また、怪鳥も出るということなので、安易にジーンの翼にも頼れない。


 カストラムを通らず、そこそこ安全なルートを知りたい――王女が住まう館なら、この周辺には整備された道があってもいいはず。


 そんなわけで、リディアはまずこの館で最も年長の召使い、灰色髪に飴色の瞳のダーリアに道を聞いた。彼女はただの旅人であるリディアたちにとても良くしてくれる。年長者だし、土地勘もあるかもしれない。彼女なら何か手がかりをくれると期待したのだが。


「道、ですか? カストラムへ出るのはダメなのですか?」


 不思議そうにカストラムを避ける理由を問われて、言葉に詰まった。思えば、ここから最も近い街がカストラムなのだ。何かあればそちらに出向くのは、当然といえば当然である。


「でも、ここからカストラムへの道が見あたらないのです。他に道があるのかと思ったのですが」


 そうだ。もし、カストラムと行き来があるなら、道がないのはおかしい。けれども、


「さあ……。私は外に出ませんので」


 ダーリアはそれきり口を噤んでしまい、その後もリディアが何かにつけて探っても「存じません」の一点張りだった。


(失敗したわ……)


 相手からさりげなく欲しい情報を聞き出す術を、貴族令嬢だったリディアも学んではいた。ただ、社交を避けていたために、実践経験が悲しいほどになく、ダーリアを警戒させただけで終わってしまった。


(召使いたちに話しかけても逃げられちゃうし)


 館で働く召使いたちは、リディアが声をかけた途端に怯えて逃げてしまう。自分の何がいけないのかさっぱりである。


(しかたないわ)


 メリルからは近づくなと釘をさされているが、ハサンを探ってみるほかないようだ。 



 ハサンは「運び屋」だ。


 この館――カーミラ嬢と召使いたちを養うのに、物資を定期的に運んでいるに違いなかった。もし自給自足しているなら、食事にパンは出てこないはず。


 館に家庭菜園は見あたらない。よって、自給自足はありえない。ここから導き出されるのは。


(外から買った小麦袋を荷馬車で運んでいる――馬車が通れる道があるのよ)


 ハサンは商人だという。荷馬車を持っていても不思議ではない。もし、カストラムと行き来しているのなら、この辺りの地理にも詳しいはず。


 ただ、簡単に教えてくれるとは思えない。彼はリディアには嫌悪とまでいかずとも、憮然とした眼差しを向けてくるからだ。気に入られていないのだろう。


(でも、メリルには贈り物をしたり、世話を焼いているのよね)


 たとえドレスを着ていなくとも、メリルは十分に魅力的だ。生来の華やかさと人を惹きつける仕草や好かれる会話術……リディアの持っていないモノをたくさん持っている。

 ひき比べてリディアはというと、髪を短く切ってズボンをはいていると平民の少年のよう。元来の性格は変わっておらず、無口で弱気で大人しくて……


(……不甲斐ないわね)


 一人で動こうと決めて初めて、リディアは己の無力さを思い知った。


 ――と。


「ママー!(カニ!)」


「マーマーママー(どこ行った? カニ!)」


 目の前に飛び出してきた二匹の〈厄災〉(テディー)たちに、リディアはびっくりして足をとめた。


(カニ?)


 〈厄災〉(テディー)たちはフンフンヒクヒクと鼻を動かしている。何かを探している?


「(リディア)」


「え?」


 呼ばれたような気がして、リディアは振り返った。けれども廊下には誰もいない。


 気のせいだろうか。


「(リディア)」


 また聞こえた……気がする。見回しても鼻をヒクヒクさせる〈厄災〉(テディー)二匹がいるだけだ。


「(足元だよ。早く僕を隠して)」


 微かに足に触れた感触に、リディアは視線を落とし……目をまん丸にした。小さな青色のカニが細いハサミでリディアの靴の踵をつついている。リディアは急いでカニを拾い上げた。


「(助かったよ~。部屋に閉じ込められたから【変態】で小さくなって脱出したんだけど、今度は〈厄災〉たちに追いかけられてさ~)」


 リディアの手の中で五体投地……野生生物とは思えないだらけっぷりを晒しているのは。


「(ヘリオスさん、ですよね?)」


 カニ化したヘリオスに違いなかった。 


  


◆◆◆




「刃こぼれ、ですか?」


 リディアは向かいに座るハサンににこやかに笑いかけた。手にしているのは、例の短剣である。


「ええ。そろそろ買いかえ時かと」


 メリルからハサン殿は商人と聞きました、と言い添えておく。


 ヘリオスと相談した末、ストレートに道をきくのはやめ、代わりに剣を買い替えたいと申し出ることにした。


「お代はこれで」


 そう言ってリディアは銀貨の入った袋を取り出した。実はこっそり、中にカニ化したヘリオスが隠れている。


 ハサンは商人。なら、商品や馬車を館かその近くに隠している――彼に知られずに、そこまで案内してもらおうというわけである。


(それさえわかれば、みんなでカニ化して荷物に隠れればいいもの)


 安全だし、たとえ行き先がカストラムだとしても、カニ数匹を怪しむ人間などいないだろう。


「ナイフ程度しか買えませんよ」 


「ええ。それでも構いません」


 リディア的には、アンデッドの遺品よりそちらの方がよほどいい。笑顔になったリディアに、ハサンは怪訝そうな顔で「賢い買物とは思えませんけどね」とこぼしたものの、「わかりました」と銀貨の袋を受け取った。




◆◆◆




 数分後――。

  

『リディア、荷物置き場っぽい所に来たよ』


 ヘリオスの念話道案内で、リディアは周りを気にしながら、その場所へ忍び込んだ。ハサンの姿はすでになく、半地下の薄暗い部屋には大きな麻袋が丈夫そうな棚にいくつも積んである。部屋の空気はカビ臭く、ジメジメしていた。見上げた天井はカビで真っ黒だ。


(本当に倉庫かしら?)


 実家が商家だったリディアは、幼い頃からよく父に連れられて支店や倉庫を見にいくことが多かった。


 だからこそ、思った。


 こんな劣悪な部屋に、大切な商品を置くなんて信じられない、と。商品の質が悪ければ、それを商う商人の信用は地に堕ちる。だから、商人は倉庫を常に清潔にし、厳重に管理するのだ。



「(リディア!)」


 考えこむリディアのもとに隠れていた青カニ(ヘリオス)が出てきて、リディアは彼を拾い上げた。


「(馬車は出払ってるみたいだね)」


 倉庫の奥に書斎があり、その脇の階段から外に出られるらしい。ただし、鎧を着た兵士が五人も倉庫の周りに立っている……と、ヘリオスが小さなハサミを一生懸命動かして説明する。これは、


(かわいい、かも……)


 貴族令嬢だったリディアは、食材(調理済み)以外のカニを見る機会は皆無といってよかったが。愛玩動物といえば、犬や猫というイメージだが。小さな生き物が一生懸命訴えかけてくる様子は、キュンとするというか……


 いやいや! 今は和んでいる場合ではない。リディアはプルプルと頭を振った。


(警備が厳重……やっぱりここが倉庫なのかしら?)


 品質管理は最悪だが、重要でなければ兵士をたくさん立たせたりはしないと思う。考えあぐねるリディアの目に映ったのは、開けっ放しの書斎。


(不用心ね)


 誰も入らないと思っているのだろうか。きっとお金に関する書類や読まれたら困る証文もあるだろうに。


 リディアは人気のない書斎に足を踏み入れた。


 机の上には数枚の紙が広げたままになっている。外部とやりとりした証文なら、とリディアはそれを拾い上げ、


「これ……!」


 書かれた内容に目を見開いた。


 拾い上げた書類は、商品の納品に関するもの。品名はたった一つ――





(木材、ですって!?)

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