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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Interlude 彼女を救いに

 黒檀の腰壁が重厚な雰囲気を醸し出す書斎に、マックスはいた。魔物の皮を使ったコートを着たまま、彼は絹張りの椅子に腰をおろした。


 ここは、カストラム領主の屋敷。マックスは王都での急ぎの仕事だけを片付けて、この要塞の街へとやってきたのだ。




 リディアが拐かされたことで、マックスの計画は見事に狂ってしまった。本当ならあの夜会で彼女を自分のモノにし、エミリアーヌ――フィリオリ侯爵家と縁続きになる、はずだった。リディア(富と愛)エミリアーヌ(誉れ高き血筋)、両方を手に入れられるはずだった……。


 一伯爵家の嫡男なら、後者だけでも得られれば十分すぎる幸運だ。しかし、マックスはそれだけでは満足できなかった。


(リディア……どこにいるんだ)


 マックスにとって、リディアは家に莫大な富をもたらす『金の卵を生む鳥』であることはもちろん、バルテルミ伯爵子息ではなく一人の男としてマックスを見てくれる唯一の女性――『真実の愛』の相手なのだ。


(彼女がいなくて、どうしてエミリアーヌとの結婚に耐えられる? 王太子殿下の側近として力を尽くせる?)


 エミリアーヌは爵位も気位が高く、気を使うばかりで心休まる相手とは到底言えなかった。王太子の側近と肩書きは華やかなものの、政の中心は蛇の巣。心はすり減る一方だ。


 その点、リディアは――。


 男爵令嬢らしく控えめで出しゃばらず、肩肘を張らずにすむ女性。家が裕福だからか、マックスがあれこれ買い与えなくとも、彼女は文句一つ言わない。強請られたこともない。いつも上等で品のいいドレスを着ていて、派手ではないのに隣に立つと誇らしかった。まるで、自身が一張羅を着ているかのようで。 


 〈黒魔法使い〉で病弱なのが欠点といえば欠点だが、だからこそマックスが囲い守ってやらねばと思える。そして、その立ち位置は男としてとても心地の良いものだった。



 リディアという『癒やし』なしに、『真実の愛』なしに、どうやって貴族の嫡男としての重い責務を背負っていける?




 政略に愛などない。貴族は結婚に愛を望んではならない。けれど、人は愛がなくては生きていけないのだ。




 だから、マックスは行動に移した。


 リディアを、彼の唯一を取り戻すために。



(リディアさえいれば、俺は幸せになれるんだ!)



 パタパタと足音がして、半開きの扉から慌てた様子の執事が姿を現した。


「あの、客室の方へは……」


「ああ。荷を運んでおいてくれ」


 暗に休まないのか、と尋ねた執事にマックスは素っ気なく返す。ならばと「お上着を」と言いかけた執事だが、すでに部屋にいたマックスの従者にあっさりと仕事を奪われた。


「すぐにお茶をお持ちします」


 やや気まずげに出ていった執事には目もくれず、マックスはまっさらな羊皮紙にガリガリと羽ペンを走らせた。


(まずは冒険者を雇う。それから……)


 いくら『怪物王子』が逃亡に関わっているとはいえ、リディアと〈聖女〉、メリルも――足の遅い女三人を連れてスムーズに移動できるとは思えない。特に性格に難のあるメリルは、不本意な逃亡に協力など絶対にしないだろう。


(国境へ先行した隠密と猫が足取りをつかめていない……だとしたら、まだ王都から遠くへは行けていないんだ!)


 メリルは陽の下を歩けない体質だ。リディアだって病弱で、無理やり長距離を移動させればきっと体調を崩す。彼女たちを拐かした『怪物王子』一味は距離を稼げず、王都近郊を転々としているにちがいない。


 さらに数日前に起きたフュゼ近郊での異常現象。あれはおそらく『怪物王子』の魔法によるものだ。


 広げた地図には、街道を挟むように広大な森――蔓食みの森が描かれている。緑一色のエリアには道はおろか川すら描かれていない。


 蔓食みの森は、魔獣の他に多くのアンデッドが徘徊する危険な森だ。だが、それはすなわち、森にほとんど光が届かず、危険性ゆえに人もほぼ立ち入らない場所といえる。陽射しに当たれない者を抱え、かつ高い戦闘力を誇り魔物にもアンデッドにも対処できる『怪物王子』なら……。


 相手の立場にあれば、どう動こうとするだろう?


 マックスの指がカストラムの周りをグルリとなぞった。


 追っ手を警戒して街道を避け、道なき道を進むにしろ、どこかで食糧の調達はせねばならない。カストラムには関所はあるものの、一度城壁内に入れば、人ごみに紛れられる。また、交通の要衝で王都への玄関口とあり、店も品も豊富でたいていのものは揃う。


(リディアの〈黒魔法〉なら目立つ〈聖女〉とメリルは隠してしまえるな)


 だとしたら、関所を欺こうと考えるか?


(いや、リディアが素直に従わなければそれは無理だ)


 リディアもメリルも馬鹿ではない。チャンスさえあれば助けを求めるだろうし、手がかりくらい残そうとするだろう。それに、リディアの〈生き物を隠す魔法〉は厄介だ。人間でも動物でも、目視できる範囲なら一瞬で遠くへ飛ばしてしまえる。


(やはり、森の中か)


 リディアとメリル(人質)に逃げられないように、敢えて危険の多い森の中を強行する……その可能性が高い。カストラムの関所の厳しさを逆手に取り、城壁内に逃げこむ選択肢を封じてしまえば……。


 思い至った推測に、マックスはガタリと音をたてて立ち上がった。彼の動きが停まったのは一瞬、すぐに着たままの上着を脱ぐと、従者を促して部屋を出た。


(すぐに助けるからな、リディア)

「愛がなくては生きていけない」てマックスが言うとなーんでこんなに薄ら寒く感じるのでしょうねぇ(笑)

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