Chapter04-4 モルドレッドの悪ふざけ
このお話と次話はメリル視点のお話となります。
薄暗い部屋に一人残されたメリルはため息を吐いた。凝り固まった肩をまわす。
(あー、疲れた)
怪しげな商人、ハサンの相手は本当に疲れた。なぜかメリルに目をつけ、機嫌を取ろうとしてくるが、彼の意図がさっぱりわからないのだ。とりあえず、質問にはハサンが喜びそうな答えを返しておいた。
(トラブルはゴメンなんだから)
……別に、ラームス村でやらかしたことを今さら後悔してなんか、ない。
ただ、トラブルになりたくないだけ。迷惑をかけたくないだけ。それに、貰えるモノは貰うべきだ。これからのためにも。
心中であれこれ言い訳をして、ふと鏡に映った自身に目を向ける。少し流行遅れだが、新しいドレスだ。最新のパニエがふんわりとスカートを膨らませる。
(……ちゃんとしたドレス、あるんじゃない)
現にハサンは言っていた。欲しい物があれば取り寄せる、と。なら、わざわざカビの生えたような大昔のドレスなんか着なくても、火事の危険がある燭台を使わなくても……。
ため息をまた、ついた。メリルの部屋の前には、スケールメイルの兵士が立っている。見張りの。あれではウィルが来ても追い返されるだろう。メリルがいいと言っても、たぶん。
(べ……別に、寂しくなんか、ないんだから!)
そんなこんなで、いつの間にか三日経った。
(イライラするっ!!)
メリルの感想である。
なにせ、三日間食べて寝るだけだ。何をするでもなく。メリルは退屈が最もキライなのである。館に漂う化粧品特有の甘ったるい匂いも、実家を思い出されて不快だし。
よって、さっきウィルに念話で出発を尋ねた。が、返ってきた答えは。
『んー。なんかモルドレッドの兄貴が、調べ物してるんだ。だから、もうちょい待って』
「あの野郎……」と怨念を飛ばしながら、翌日ヘリオスにも訊いた。しかし、
『もうちょっと慎重になった方がいいと思うよ』
と、真面目くさって説教された。余計なストレスを抱えた次の日、姉に訊けば、
『ごめんね、メリル。私にもわからないわ』
いっそすがすがしいほど、意志を感じない答えが返ってきたわけだ。もう五日目。イライラしないわけがない。
鼻息も荒く見た鏡には、少し前の自分と変わらず飾りたてた娘が映っている。
(そう言えば……)
かなり前――それこそ両親が国内にいる時だったか。縁談めいたことを仄めかされたのを今になって思いだした。何もせずにいると、こうして余計なことを考えてしまうから嫌なのだ。
(確か……今度の夜会のパートナーだって)
話を持ちだした父の顔は、そのパートナーとやらにメリルを娶せようという思惑が透けて見えるものだった。結婚しないでいいとか言ったくせに、だ。
(人をモノみたいに……)
まあ、その夜会でいろいろあってここにいるのだが。今となっては、そのパートナーが誰なのかもわからない。今さら知りたいとも思わない。
(絶対、ろくな相手じゃないわ)
くさくさした気分になったところで。突然、部屋の外でドスンバタンギエエッと物騒な物音がした。
「フッ。口ほどにもない」
ややあって埃を払うような仕草をしながら入ってきたのは、ウィル……ではなく、モルドレッド。まさか。
「名ばかりの見張りを黙らせただけだ」
ここへは力ずくで入ったらしい。野蛮な男である。モルドレッドは、ドレスで着飾ったメリルを見るなり「ゴミをくっつけたような服だな」と辛辣な感想を吐いた。
「あら。こっちが本来の私よ」
だから、お返しにとびっきりの――かつて夜会で皆を魅了した華やかな笑みを返してやった。メリルは自分の美しさをよくわかっているし、使いこなしているのだ。
なのに。
「フッ。ヘラヘラ笑えるくらい力が有り余っているのか。ならつきあえ」
まったく効いていないどころか、逆に揚げ足を取られた。猛烈に腹が立ったメリルは「フン」とそっぽを向く。
「イヤよ。行きたいところがあるなら一人でどーぞ!」
モルドレッドに背を向け、メリルは豪奢な寝台にボフンと腰かけ、ついでに天蓋の紗を引いてやった。籠城である。
…………。
…………。
「一つ、わかったことがある」
紗の向こうから、モルドレッドの声が言った。
(なによ、わかったって)
もったいぶって言われると気になる。
「館から……わずかだが臭う。死臭がな」
(死臭?!)
ドキリとしたが、メリルは無言で寝台に突っ伏した。ヤツは自分を揶揄って遊んでいるのだ。反応したら負けだ。
「おまえも気づいているだろう。かび臭さとはちがう臭いだ。鼻をつく」
部屋を照らすのは、輝石窓の灯りのみ。部屋の中はもとより、さらに天蓋の内側は闇が蟠っている。そんな中、背後から声が近づいてくる。
――と。
足音が止まった。
「では、俺は外に出るが。おまえはここで、亡霊に怯えながら待っているといい」
急速に気配が遠ざかっていく。間もなくしてカチャリと扉が開き、パタンと閉じる音――
……暗い。そして静かだ。
ヒュウゥゥゥ……
(……え?)
今、何か聞こえた。
(いやいやいや! 気のせい! 気のせいなんだから!)
ヒュウゥゥゥ……
ヒュオォォォ……
ここは、室内だ。
メリルの背がゾゾゾッと粟立った。
パタン!
何か、物理以外では説明できない物音がした!
(な、何なのよぉ、もぉ~……)
さすがに怖くなってきたメリルである。
(し、死臭……)
確かに、ほんのりと妙な臭いはしていた。が、メリルは古い家の臭いだと受け流していたのだ。
(図書……そうだ、図書室に行くわ!)
ハサンから勧められたが、結局行っていない。場所を教えてもらいがてら、ハサンに同行してもらえばいい。そうしよう。
メリルはそろりと寝台の紗から忍び出て……
「にぎゃあぁぁ!!」
背後から絡みついてきた腕に盛大に悲鳴をあげた。
「フッ……ハハハハ!」
背後で爆笑する声にハッと我に返る。
「……まさか、二度も同じ手に引っかかるとは」
振り返ると、モルドレッドが笑いを堪えている。
(嵌められた?!)
「たかだか風魔法ごときに」
腰を抜かしたメリルを助け起こすモルドレッドはドヤ顔。間違いない。メリルを脅かそうとしてやったのだ。わざわざ魔法まで使って。ドアの開閉音も、フリだ。
「アンタもそういうことするわけ」
あまりにも馬鹿馬鹿しい悪戯に、メリルは白けた目をモルドレッドに向けた。モルドレッドは一瞬、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、
「フッ。ウィリアムにせがまれたからやっただけだ」
などと嘯いた。
(嘘だわね)
絶対モルドレッドの独断だ、とメリルはため息を吐く。
「そもそも……。その死臭が残る青二才の亡霊よりも」
……青二才の亡霊ってなんだよ。
「恐ろしい亡霊なら目の前にいるだろう」
メリルの横の壁に手をつき、モルドレッドはニチャァと笑った。
「俺の方が古い」
……子供か!




