Chapter04-2 へなちょこ聖女♂を鍛えよう
前半リディア視点、後半ウィル視点となります。
顎を突きだし今にも倒れそうな残念美少女を励ましながら、館の周りを走る。はじめは柔軟から、とウィルがヘリオスを補助したのだが。
「ぎゃぼあぁぁ……!! 無理無理無理折れる折れる折れるって!」
「痛いイタイいたい!! ア゛ーッア゛ーッア゛ーッ!」
「ぐべぼぉぉ……出る(※内臓が)」
なんてことない柔軟で嵐のような文句と奇声――スケールメイルの衛兵さんに睨まれ、止むなく走り込みに切り替えたのだ。
「ハッ、はひぃっ……キツいぃ~、辛いぃ~、おカニざまぁ~」
「……肺活量だけはありそうだよなぁ」
死んだ魚の目ながらも文句は絶やさないヘリオスに、ウィルがジト目で呟いた。
館を一周してわかったことだが、館は母屋を中心に、廊下で複数の離れをつなぐ離宮によくある様式を採用していた。
母屋に二棟、それぞれの離れに一棟ずつ塔がついている。塔の屋根は尖った円錐形で、一面に針のような突起がつきだしている。母屋の屋根にも同様に、たくさんの棘のような突起――これらは魔物除けだ。また、すべての塔に矢狭間が空けられており、空からの襲来に備えているとわかる。
(離宮というより、砦ね)
森の中に孤立する拠点――館の外観を見ると、ここがいかに危険の多い場所かわかる。魔物の襲来を意識した輝石窓や、鉄格子で二重にした扉もそうだが、この館には優美な離宮というより、堅牢な城砦といった言葉が似合う。
「あ! そこ気をつけて。石が散らばってる」
ガラス張りの温室の前で、ウィルが注意する。温室の周りには、草に埋もれるように大人の頭大の石がゴロゴロと転がっているのだ。
「ん……?!」
なぜか温室を見た途端、リディアは頭の芯がくらりと揺らぐような感覚を覚えた。
――スゴイ、発見ダッタンダ……。
――ボクノ……エタ……最……ノ……
耳鳴りに混じって、知らない声が何か言っている。
――コレデ……ツカマエラレル……。
――モウ……ニガサナイ……。
ハッと我に返る。
「ヘリオスさん、こっちに」
天を仰ぎヘロヘロと走るヘリオスの手をひいて、石の転がっている場所を避ける。ガラス張りの温室から上に目を逸らすと、トゲトゲした館の屋根と、その下に漆喰壁が見えた。
「リ……リディア、も……もう、やめよ。死ぬ」
ゼイゼイと喘ぎながら、ヘリオスがへなへなと座りこむ。
「ヘリオスさん、あと少しです、からッ」
ウィルと一緒に、へばったヘリオスを引っぱりあげる。魔法で華奢で小柄な美少女と化しているヘリオスだが、体重は魔法では変わらない。重い。
「せぇーのぉ!」
「あと一周ー!」
大きくもない館の周り十周を、負けに負けて七周するだけ――恐ろしく低い目標である。
「運動はキライだぁ!」
「このへなちょこ聖者!」
ワーワー騒ぐ若者たちの頭上を、小鳥たちが囀りながら飛んでいった。
◆◆◆
「ねぇ、ウィル君。今日は探索をしないの?」
二度目の休憩時。腰を下ろしたウィルに、リディアはふと思い出して訊いてみた。
(鍛錬は建て前で、地図上の現在位置の確認がまだだったはず、よね?)
「そういや君ら、森に入ったんだっけ」
草地の上に伸びていたヘリオスが、顔だけ向けて話に入ってきた。長い銀髪を日の光に煌めかせ、透明感のある海色の瞳でじっとこちらを見つめる美少女――絵面だけは実に好い。
「あー。そこはさっぱりなんだよ。オヤジも爺ちゃんもそのまた爺ちゃんもこの辺は探索してないっぽいんだ」
毎度とっとと国境を越えてて王都付近は素通りでさ、とウィルは困ったように笑った。
「見て。カストラムがここで、この前言った橋がここ。森についてはほとんど情報がないけど……」
アイテムボックスから出した古びた地図――書き込みが多い街に比べて、森はほぼ空白だが。たった一つ、
『深入りしない』
この走り書きが警告に思えるのは気のせいだろうか。
「たぶん……『デカいの』がいる」
「『デカいの』って……魔物?」
「もしくは大掛かりな魔術とか呪術とかー?」
投げやりに言って、ウィルはゴロンと草地に寝転がった。
「王都のまわりってさ。防衛とか何とかいって、いろーんな曰く付きのモノを封じてるんだ」
…………。
…………。
風が彼の金の癖っ毛を撫でていった。
空を見上げる彼の顔は、もう笑っていない。碧玉の瞳は、空の彼方――どこか遠くを見つめている。
(ウィル君……?)
「てなわけで探索は一旦中止で!」
勢いをつけて起きあがったウィルは、ニッと歯を見せて笑い、
「その代わり、俺が二人を鍛えてあげようじゃないの!」
ビシィ! と親指を立てた。
♤♤♤
晴れた空の下、シュッ、シュッ、と剣を振るうかすかな音が聞こえる。
「リディアちゃん、ちゃんと脇締めて」
「ズモォォォー! このッ、鬼畜王子ィ~」
顔を真っ赤にして文句を垂れ流すのはヘリオス。現在、彼はウィルに足を押さえられて腹筋中。少し離れたところでは、リディアがガラシモスから買った剣――ショートソードを振っていた。
別に、リディアを剣士にしようとかではない。これからのことを考えての鍛錬だ。
ここ――森の館周辺は、とても危険なエリアだ。長年人の踏破を阻む森は鬱蒼と木々が生い茂り、方向感覚を狂わせるし、光が届かず昼間でもアンデッドが多く彷徨っている。森の外の開けた場所は、怪鳥が狩り場にしている。さらに、追われる身である自分たちは、カストラムに迂闊に近づくのも危険……。
目に見える脅威だけでもこれだけあるのだ。ウィルがいかに腕がたつといえど、非戦闘員を一人で守りながら進むには限界がある。
だから、魔物や盗賊、さらには兵士や冒険者への備え――最低限の護身はできるだけ早く身につけて欲しい。
(何かあったときに使えるように。重さに馴れとかないと)
せっかくの武器も、満足に扱えなくては枷にしかならない。女性にも扱える軽い剣――刃渡り60シェンチほどのものを選んだが、金属なのでそれなりに重さはある。
ウィルが知る限り、貴族令嬢はフォークより重いモノは持てない恐ろしく非力な生き物、らしい。あくまでも「自称」なので、本当のところはわからないが、リディアも非力は非力である。懸命に素振りをする彼女を見ていても……
「…………」
まっすぐ振り下ろせないだけならともかく、剣を振るたび、クネッ、クネッ、と身体が変な方向に揺れる。明らかに剣の重さに振り回されており、とても危なっかしい。騎士団で一番センスがない新人よりさらにひどい。
(令嬢レベル、恐るべし!)
――と。
剣を振り上げた彼女の身体がフラッとよろめき、片足がグキッと
「あ」
よろけた先には、ヘロヘロと腹筋をするヘリオ
「ふぁあ~~?!」
グサッ!!
「ギャアアアアア!!!」
間一髪! 顔の横スレスレにリディアの体重をのせた不意の一撃が突き刺さり、ヘリオスは美少女が台無しの身も世もない悲鳴をあげた。
「今みたいなのが意図的にできたらなぁ」
百パー危ない事故だが、なかなかいい攻撃だった。
「できなくていいよっ! ぬふぉおおっ! 足を放せェっ!」
そのまま力尽きたリディアとギャンギャン喚く美少女。……道は遠い。




