Chapter03-3 相談と衝撃と
『割符ゥ? へーえ』
一方。リディアはガラシモスから貰ったカストラムの割符をメリルに見せていた。といっても、直接会うのではなく、感覚共有でだ。
『使うと思う?』
尋ねたリディアに、メリルは「ないわね」とバッサリ切り捨てた。
『お姉さま、よく考えてください。割符ってことはァ、もう片方あるってことですゥ』
割符は何種類もある。万一、他人の手に渡っても悪用されないように、カストラムは割符によって帰る城門を分けているのだという。もちろん、割符の見た目だけでは指定された門がわからないようになっている。
『そうなの……』
素直にリディアは物知りな妹を尊敬した。実のところ、ウィルの覚え書きから知った情報をメリルが話しただけなのだが。
確かに、割符は正六角形を半分に割った形以外に特徴らしき特徴はない。
『でも、カストラム側は何らかの方法で見分けているのよね』
何の彫り込みもないツルリとした石板を撫でて、リディアはむぅと眉を寄せた。
割符が使えれば、カストラム内のギルドで魔石を換金できる。ガラシモスのところでは結局魔石一つ分しか換金しなかったのだ。
『簡単に流用できないからァ、森に元・行き倒れのアンデッドがいっぱいなんじゃないですかァ』
『う……そう、ね』
メリルの言うとおりである。だから、ガラシモスがタダで寄越したのだろう。いかにも「いいもの」っぽく匂わせて……食えない守人だ。
(あと、気になることはいくつかあるのよね)
ガラシモスの言っていた『業病』と、それから――
(蔓食みの贄……? 何なのかしら)
弔い巫女のゴーレムが歌っていた。蔓食みの贄となることなかれ、と。あれはいったいどういう意味なのだろう。なんとなくだが、警告めいた印象を覚えたのだ。
(ジーンさんなら、何か知っているかしら)
◆◆◆
外光の入らない館の廊下を、リディアはトコトコと歩いて、ジーンの姿を探した。ジーンはカーミラと話をすると言っていたが……。
闇のわだかまる狭い螺旋階段を降りると、リディアの前を数匹の〈厄災〉が転がるように駆けていった。彼らが来た方向を何気なく見て、
「え」
思わず、足を止めた。
輝石が淡い光を放つ廊下の向こう、温室に通じる地点に月の光が溜まっている。その下に、ジーンのとカーミラが共にいるのを見つけた。ジーンはカーミラの肩に手をおき、とても親密そうに見つめ合っていて。カーミラが甘えるようにジーンの胸に顔をすり寄せた。
何を聞きにきたのかは、あっという間にリディアの頭から吹き飛んでしまった。ただ、時が凍りついたように、仲むつまじそうな二人から目が離せない。
「リディア?」
視線に気づいたジーンに声をかけられて、リディアはあっ! と手で口を押さえた。
「な、なんでもないッ、です」
反射的に言って、リディアは来た道を引き返す。凍っていた時間は、動き出したとたん、コチコチと音を立ててリディアを急きたてる。
(私ったらもう! 耳も目もふさいでしまいたいわ)
目に焼き付いた映像を振り払うのに必死だったリディアは、階段の前を行き過ぎてしまったことに気づかなかった。
「リディア、そっちは」
廊下の先は行き止まりだ。追いかけてきたジーンが声をかけたものの、リディアの足は止まらない。
廊下の行き止まりには、フクロウの置物がある。そのフクロウの目が怪しくキラリと光った。
ふわり、と浮遊感。
次の瞬間、リディアは見知らぬ部屋にいた。




