Chapter02-5 不届き者と異国の商人
メリル視点です。
(悪い部屋じゃないわ)
金細工の花蔦に蝶が遊ぶ――豪奢な鏡で髪を整えながら、メリルは満足げに口元を緩めた。
メリルに宛がわれた部屋――絹のクッションを並べたベッドに猫脚のソファ、彫刻の見事なクローゼットなど、重厚で豪華な家具調度が並ぶ。
(ま、なんだって使えりゃいいのよ)
と、メリルは軽く受け流した。気が利くことに、中には着替えの下着と服が用意されていた。
(いただくわ)
服を替えてさっぱりした。輝石は外の光を通さないらしく、肌を晒しても問題ない。久々の身軽な格好(※メイド服)は嬉しい。
髪を丁寧に結い直し、顔の汚れを念入りに拭き取って。ひと心地ついてから自身の〈黒魔法〉――〈分けっこの魔法〉で仲間たちの視界を覗き、メリルは特に変わった様子がないことに安堵……
(はぃい?!)
約一名、おかしな視界を見ているヤツがいる。庭園から館の壁に猛ダッシュ、その後あろうことか石の壁をよじ登り……
(ちょちょちょ! 何やってんのよ?!)
チラと視界に映ったのは、なんと鉤爪。それを石積みの隙間に引っ掛けて――おい!!
ガタガタガタッ
輝石を嵌めた細長い窓の上の鉄格子が、ガタガタ揺さぶられている。そして――。
「よっしゃあ! 外れた! メ~リルちゃ~ん♪ 来ちゃった!」
♡♡♡
「アンタ何やってんのよ! バカなの?!」
換気口から侵入した不届き者――ウィルを床に正座させ、メリルは眉をつり上げた。対する不届き者はというと、
「だって。メリルちゃんを守るのは俺しかいないっしょ」
悪びれた様子もなく、フフンと胸を張りやがった。ムカつく。
「守る」と言われてドキッとなんて、してない。
「い、いらないわよ。そんなの」
プイッとそっぽを向く。そして、チラと横目でウィルを盗み見ると、
(あれ?)
彼の姿が消えている。
「相手から目を離しちゃダメだよ」
「ひっ!」
背後からニュッと伸びてきた腕に搦め捕られ、メリルは悲鳴をあげそうになった。何すんのよ! と怒る前に。
「捕まったらおしまい。失敗は取り返しがつかない」
ひどく冷えた――本来のおちゃらけた彼らしくない声が、耳元で囁く。ドクリ、と心臓が跳ねた。
「もーぉ。メリルちゃんみたいな可愛い子は一人になっちゃダメだって。ね? 俺必要でしょ?」
コロッ。
一転、メリルの前に戻って、ウィルはニコニコと得意げに親指を立てて見せた。いつもの彼だ。さっきのそら恐ろしさは欠片もない。
(アンタ、やっぱりどんな生活してたのよ?!)
さっきの雰囲気――子供の頃に感じたヒリつくような『何か』を、彼のうしろにも見た気がした。
(王族でしょうに)
……というか。
「まさか、アンタここに居座る気?!」
「うん!」
元気よく答えるウィル。だが、曲がりなりにもここは女子の寝室である。そこにウィルが護衛とはいえ滞在(潜伏?)。つまり、夜も一緒。
「ダメでしょ!」
叫んだメリルに、ウィルはキョトンとする。
「今までだって同じ部屋で寝起きしてたじゃん!」
「そ」
そういえばそうだった、と思いかけて、メリルはブンブンと首を横にふる。
「み、みんな一緒くたと二人きりとはぜんぜん違うのよーー!!」
「二人きり?!」
さすがにウィルも察したらしい。みるみる顔が赤くなる。
「あ、あ、あ、アンタなに想像してんのよ! こ、このドスケベ! 変態!」
「エエエッ?! わぁ?!」
ギャアギャア喚きながらメリルはウィルを足蹴にし、ウィルは腕でガードしながら必死に弁解を試みようと……
「ご、誤解だよっ! そりゃメイド服のメリルちゃんもちょっといいなって思」
「イヤァーー! 痴漢!」
火に油を注いでしまった。
…………。
…………。
「ハッ、ハァ、ハァ……」
肩で息をするメリル。手には椅子――化粧台の前にあったヤツだ。それを構えて、ウィルを押しこんだベッド下を睨む。
「…………」
反応はない。ヤツは沈黙した。だが、もしメリルが椅子を下ろしたら出てくるだろう。膠着状態……
トントントン
そのとき。部屋のドアがノックされた。
♡♡♡
「突然失礼いたしました。私はカーミラ殿下にお仕えしております、ハサンと申します」
ドアの向こうから聞こえたのは、耳障りのいい男の声だった。
(?)
『とりあえず出てみてよ。メリルちゃんになんかするようなら俺が出る』
沈黙していた痴漢王子が何か言ってきた。
(…………)
「え、えっとぉ……私、陽射しに当たれないのですぅ。奥におりますのでぇ、どうぞ」
とりあえず体質を口実に、訪問者側にドアを開けてもらうことにし、メリルはサササッと化粧台の後ろの影に下がった。
「失礼します」
ひと言断って部屋に踏み込んできたのは、ゆったりした袖口が特徴的な異国風の服装の男。薄暗い中ではわかりにくいが、初老にさしかかったくらいの年齢。ふわりと乳香の香りが鼻腔をくすぐる。
(とりあえず武器はもってなさそう?)
「実は、殿下が晩餐会をなさりたいと。そのお誘いに伺ったのです」
ハサンと名乗った男はにこやかな口調で言った。
一瞬、「晩餐会」という単語に心躍ったメリルだが。
(もしかして「引っかけ」ようとしてるの?)
よろこんで、と言ったら最後。貴族の娘だとバレて捕まるパターン?
それは良くない。
「私たちはただの冒険者パーティーですのでぇ、その……お気づかいなく」
ハサンはメリルの回答に目を丸くした。
(うぐ……もしかして選択をまちがった?)
気まずい沈黙――。
と、そこへ。
「マ、マ、マ~♪」
やってきたのは二匹の〈厄災〉。フツーに館に入ってきている。出入り自由なのか?
「マー!」
一匹がピョーンと飛んで、メリルの膝の上に乗っかった。短い尻尾をちぎれんばかりに振っている。
「あら」
メリルは反射でよしよしと〈厄災〉の頭を撫でた。やっぱかわいい。モフモフは癒やし!
「ママ、マーママ!」
膝の上の〈厄災〉が何やら言ってきた。しかし残念ながら、メリルに彼らの言葉はわからない。
(笑ってごまかす……ちょっと待って)
チラとハサンを見て。
(この子たちと話せるってことにしといた方がよくない?)
あくまでもメリルの感覚でしかないけれど。この館にいる人間はそんなに多くない。メイドだって護衛だって、『フツーの貴族宅』に比べたらとても少ない。それに対し、〈厄災〉たちは数が多く、しかもフュゼの冒険者を悩ませるほどの矢の使い手だ。
(……使える)
メリルは早速、念話で姉に話しかけた。問答無用で聴覚を共有させ、
「…………蜂蜜クッキー? カーミラさんとあなたで作ったの?」
〈厄災〉の言葉を通訳させた。わかりやすくハサンが目を丸くする。よし!
「マーマーマ、ママ!」
「…………うん! キラービーを育てて蜂蜜採るってすごいよ!」
これ見よがしに、言葉がわかる&仲良しアピールをする。
(ただの冒険者ならどうとでもできるでしょうけど、森にいっぱいいるこの子たちの「お友達」なら、簡単に手出しできないでしょ! 私って賢い!)
うわべだけの「歓迎」を信じこんじゃダメよね。人間なんて汚いんだから。
メリルは心の中でフフンと鼻を鳴らした。




