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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter02-4 弔い巫女の守人

「わしはガラシモス。この蔓食みの森で弔い巫女様の守人(もりびと)をしておる」


 重々しい声で、その何者かは言った。


 背を丸めた大きな体躯に顔は黒く面長で、鋭い眼は飴色。しかし、高い鼻梁の先にある黒く濡れた鼻も、ヒトのそれとは似つかない口吻も、のび放題の灰白の髪も髭も――『人間』のカタチではない。


『半獣だ、コイツ』


 ウィルが念話で言った。


 半獣とは、人間と魔獣の混血。人並みはずれた身体能力を持つが、異形ゆえに社会から爪弾きにされ、人間と敵対する者も少なくないとか。


「そう警戒しなさんな」


 ちょいちょいと手招きする手は骨張ってか細く、髪と同じ灰白の毛に覆われている。


「若者よ、魔石を持っていないか? 巫女様の声が細ってきておってな」


 ガラシモスが指したのは、焚き火の奥にある小さな天幕。目を凝らせば、ボロ布の下に子供くらいの大きさの石像がある。


「弔いの巫女様よ。魔石を糧に死者を慰める歌を歌いなさる」


 確かに、歌声はその石像から聞こえてくる。


「魔石を糧に……ゴーレムか」


「弔いの巫女様じゃ。ここは蔓食みの森。カストラムを避けんと多くの人の子が入っては斃れ、アンデッドとなり、あてどもなく彷徨い続ける森じゃ。巫女様は彷徨える死者を慰め、神の御許に導きなさる」


 ガラシモスはしかつめらしく言ったが。


「とか言うけど、アンタは推定アンデッド()に容赦なく石胡桃をブン投げてくれたわけだ」


 ウィルが冷めた口調で言い返した。どうやら、エンカウント時に彼が叩き落としたのは石胡桃だったらしい。見れば、ガラシモスの後ろに攻撃用と思しき拳大の石胡桃がこんもりと山になっている。投げつける気満々だ。


(さっきの火は威嚇だったんだ)


 だから、彼は魔法で大きな炎を出した。牽制するために。


「糧が尽きれば、巫女様のお力が弱くなり、アンデッドを浄化しきれんのじゃ。よってやむなく、この石胡桃でわしが討伐しておる」


 ガラシモスは「やむなく」を強調して弁解した。


『嘘クサッ! アンデッドが石胡桃で殺れるかっつーの!』


 そんなんでダメージ喰らうのは人間くらいだし、と、ウィルがぼやく。


「なに、タダでとは言わん。金は払うとも」


 ガラシモスはのっそりと腰をあげて、尻の下から取り出した袋を開けた。驚くことに、銀貨や銅貨がぎっしりと詰まっている。


(な、なんでこんなにお金が?!)


 目を丸くする二人を前に、ガラシモスは素早く袋を尻の下に隠した。


「魔石はお持ちかね?」


「…………」


 胡散臭い守人だが、魔石を買い取ってくれる――リディアは迷った。


(どうしよう。お金は欲しいわ)


 フュゼで、リディアのわがままのために蓄えたお金を使ってしまったから。今の手持ちは少ない。次に行く街の入門料を払えるか微妙な額だ。


『ウィル君、ジーンさん。私は換金したいわ。この先、きっと現金がないと困るもの』


 入門料もだが、食料や物資を買うには現金が必要なのだ。物々交換は成り立たないから。


『あー。そう……だね。運よく行商に会えるかどうかもわかんないしね』


『いいんじゃないかな』


 少し考えてから、ウィルとジーンも換金に賛成した。


「守人さん、この魔石ならいくらで買ってくれる?」


 リディアがポケットから取り出したのは、ワーム(成体)の魔石。フュゼのギルドでは5ソルド……銀貨五枚で換金できたが。


「おお、これは良い大きさじゃ。銀貨七枚じゃ」


 早くよこせとばかりに、毛むくじゃらの手を差し出すガラシモス。リディアが魔石を渡すと、尻の下の袋に手を突っ込んで、言葉通り銀貨七枚を数えてリディアの手に握らせた。そして、いそいそと石像へ向き直り――




 泥濘ノ眠リニ囚ハレ

 蔦食ミノ贄トナルコト勿レ




 石像が朗々と歌い始めた。歌声が大きくなり、石像から先ほどまでは見えなかったきらめく魔力の波紋が広がり、森の奥へと拡散していく。





 そこへ。



 カサ、カサ……

    

    サク、サク……


 微かな物音――木々の間で何かが動いている。


「人……?」


 その人らしき影は、ゆらり、ゆらりとふらつきながらリディアたちへ近づいてくる。 


 カサ、カサ……


   カシャン、カシャン……


 俯き、曲がった背。風になびくボロボロの外套。それがはらりとめくれた。


「ヒッッ!」


 黄ばみ、斑に汚れたそれは剥き出しの肋骨。

 骨に皮が張りついた異様に細い手足。

 つるりとした頭蓋骨に、黒い闇を溜めた眼窩。


 身の毛もよだつ屍が、背を丸め、覚束ない足取りで、フラフラと誘われるようにやってきた!


「リディアちゃん!」


 ウィルがバッと前に出てリディアを背に庇う、が。


「こっちからも来るわ!」


 後ろからも、呻き声をあげながら獣のように手足を動かし、カサカサに乾いた数体が這いずってくる。見れば、森のあちらからも、こちらからも……


「俺から離れないでよ」


 次々にわくアンデッドに、ウィルがリディアを背に庇いながら、間合いを取る。不思議な温もり――ジーンの魔力が身体を駆けめぐり、彼が万が一に備えたことを感じ取れた。身体が彼の意思で動き、近くに転がっていた木の枝を拾う。


(来るわっ!)


 両腕をダラリと垂らしたスケルトンとの距離が詰まる。背中合わせに立ったウィルが鎖鞭を構え、リディアも枝を振りかぶるが。



「……え?」



 スケルトンはふらりとリディアたちを避け、ガラシモス、いや、石像の方へ進む方向を変えた。



 ガシャン



 そして突然、地に崩れ落ち、骨がバラバラと散らばる。


「…………」


「…………」


 集まってきた他のアンデッドたちもまた、リディアたちには目もくれず、吸い寄せられるように石像に近づいては、斃れていく。不思議なことに、倒れた途端、アンデッド特有の背筋が粟立つ気配まで霧散するのだ。


『浄化されてる……?!』


「巫女様のお力よ」


 呆然と呟くウィルに、ガラシモスがしたり顔で言った。浄化されるアンデッドたちを前に、ガラシモスは両腕を掲げ、


「憐れみたまえェ~、お救いたまえェ~。蔓食みの贄より解き放ちたまえェ~」


 大げさな仕草で石像に額づいた。




 やがて、石像は集まってきたアンデッドをすべて浄化した。まわりには夥しい量の屍肉と骨。その段になってガラシモスはのっそりと立ち上がると、近くに転がっていた屍をなんと漁り始めた。


「うわぁ……これが目的かよ」


 ウィルが呆れの一言をこぼす。


 ガラシモスは屍の懐や腰の辺りに手を突っ込み、財布や貴重品入れを次々と見つけ出す。さらに剣や鎧の類まで剥ぎ取るのだから……何ちゅう守人だ。盗人のまちがいじゃなかろうか。


『ウィ、ウィル君……もしかして、このお金って』


 ガラシモスが持っていた銅貨や銀貨は、もしや。


『ああ。屍から盗ったんだろーな』


『やだぁ……』


 換金を急いだことを、リディは泣きたいくらい後悔した。いくら浄化済みのアンデッドの私物でも、気持ち悪いものは気持ち悪い。


『ま、お金は土に埋めて忘れ去られるより、誰かが使って役立てた方がいいって』


 使っちゃえ、とウィル。


 ――と。


「おお! コイツはおまえさん方にピッタリだ!」


 屍を漁っていたガラシモスが、不意に声をあげてこちらを向いた。獣の顔がニタリと笑っている。


「カストラムの割符じゃ。領主が冒険者どもに渡す通行証じゃよ」


 曰く、関所破りをせんと森に潜む罪人と区別するために、カストラム領主が森に討伐や採集に出かける冒険者に渡しているものだという。


「行き倒れた冒険者のモノじゃろうて」


 ヒッヒッ、と喉を鳴らしてガラシモスはそれを投げて寄越した。くれるのか……?


「わしには用のないものじゃ」


 だ、そうだ。

 通行証だという割符は、正六角形を半分に割った形で、ぱっと見はただの石板である。


『あー。これ、オヤジの覚え書きにあったかも。後で調べてみる』


 とりあえず貰っておくことにした。


(胡散臭いし気持ち悪いけど、選択肢が多いに越したことはないわ)


 そう思うことにした。


 その後、ジーンの勧めでリディアの護身用に剣一振りを魔石と交換して、一旦館に引き返すことに決めた。


(こ、これもアンデッドの私物なのよね……)


 街に行けたら、真っ先に手放して新しいものを買おうとリディアが決意したところで。


「おお、若者よ」


 ガラシモスがまたも呼び止めた。今度はなに?


「森を彷徨うおまえさん方に忠告じゃ。業病には近づかぬ方が良いぞ。あれは悍ましい」


(業病……?)


 ウィルとジーンに念話で訊いてみたが、


『さあ。覚え書きにはなかったかなぁ』


『俺も聞いたことないよ』


 だそうだ。


「森に蔓延る忌まわしき病よ。罹ればまずは目から、次第に皮膚のそこここから流血し、やがて死に至る。薬の効かぬ恐ろしい業病よ」


 ヒッヒッと喉を鳴らし、守人は獣の顔を歪めた。




◇◇◇




 久しぶりの生きた客の背が木々の向こうに消えるまで見送って。ガラシモスは重そうに体の向きを変えて、地に散らばる物言わぬ屍たちに目をやった。


 灰白の毛に覆われた長い腕を屍に翳し、黒い口吻を震わせた。


「……腐れ」


 魔法をかけたのではない。ガラシモスの手からは何も出ない。


 けれど。


 草原に散らばる屍に変化がおきた。


 カリカリ……

  サワサワ…… 


 骨を、屍肉を、白い糸のようなモノが不気味に蠢きながら浸食していく。そしてその上から白や茶色の小さな三角傘――キノコがいっせいに生えたかと思うと、クチャクチャと音を立てて溶け落ちて……


 一通りの変化を経たあとには、黒く濡れた土があるばかり。屍はひとかけらも残っていなかった。

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