Chapter02-3 探索と見つめる何者か
そして――。
年嵩メイドが「聖女様御一行をおもてなししては?」と提案し、カーミラが「素敵な考えね!」と手を打ったことから話が進み、リディアたちは館に滞在することになった。
『別に……泊まらなくても』
〈空間〉からジーンが気が進まない様子で言った。
ジーンはすでに〈厄災〉の意志を確認している。彼らがゴールデンロッドとキラービーを飼うのは『姫様』のためと言ったから。だから、ここに『姫様』に会いに来た。説得し、人間と衝突させるのを防ぐために。
話し合うだけ――泊まる必要はない。
けれど、ヘリオスとメリルが……
『休息も必要だよ。屋根のある場所って貴重だし!』
『そうよ。ベッドとちゃんとした食事付きなんて貴重よ』
二人にこう言われると、リディアもジーンも反対できなかった。
◆◆◆
「オレ、昼間っから部屋でのんびりとか無理なんだよね。リディアちゃんもでしょ?」
出てきたのは、飾り気がなくやや殺風景な庭園。ウィルから「現在位置は知っときたいでしょ」と誘われたのだ。
(明るい……)
日の光がありがたい。館の中――輝石の灯りで不自由することはないものの、自然の明るさは心の強張りを解いてくれる。
それに――。
正体のわからない違和感のせいか、なんとなく、あの館は落ち着かない。
「とりあえずウォーミングアップってことで」
館の前に立つチェーンメイルの兵士に聞こえるように言って、ウィルは適当に身体を動かしはじめた。冒険者なので、鍛錬のフリである。
『で、現在位置ね。カストラムのすぐ近くだとは思うんだけど。川下りの時、橋の下をくぐったでしょ』
フリを続けながら、ウィルが念話で話し始めた。
『けど、親父の地図にはカストラム近郊には離宮どころか、村だってないんだよ』
『カストラムは重要な関所だから抜け道はないし、教会もないはずだ』
〈空間〉からジーンも言い添える。
カストラムは谷合の城塞で、王都への玄関口。物流の監視や王都守備の要となるため、人の行き来は厳重に取り締まられている。付近は、たとえ森の中であっても、居住が禁じられているのだ。
「っし! 走り込みしよ」
体操をやめてウィルがこちらを見た。
『ちょっとまわりを探索しよっか』
◆◆◆
見張り兵の死角に入ったところで、リディアたちはこっそり森に入った。木々の間から細く光の筋がさし、原生林の中にいるわりには明るい。
(薬草もたくさん生えているわ)
光が届くせいだろう。足元にはフュゼで採集したお馴染みの薬草のほか、こんもりと葉を茂らせた灌木や、木々の根本には色鮮やかなキノコも見られた。
歩くこと、しばし。
『なにか聞こえるね。……歌、かな?』
〈空間〉からジーンが言った。
◇◇◇
客人の二人が、庭から森へ入っていくのを、無表情に眺めている者がいた。
太い茨が絡みつき、押し潰されかけた塔の最上階――王女の私室から。
その顔は、まるで死者のように蒼白で、唇の赤さが不自然なほど鮮やかで。灰色の瞳は凍えるような冷たい光を湛えていた。
「…………」
この森は昼間でもアンデッドが彷徨っていて危険だ。そうでなくても――
血色のない白く華奢な手が、ゴツゴツした太い茨の蔓を撫でた。
はるか昔にエルフの楽園だった森は、今は『蔓食みの森』と呼ばれている。
カーミラがここに来てから数百年経った今でも、森は人の踏破を許さず、館は陸の孤島と化している。
(迷いこめば生きては出られない。『私』は本当に運が良かった)
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森で迷って泣いていたら、可愛いクマさんが助けてくれました。
ありがとうって言ったけど、すぐにいなくなっちゃった。また会えたらいいな。
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(愚かな旅人。わざわざ危険な森に入るなんて。蔓食みにやられてしまえばいいんだ)
心の中で独り言ちて、彼女――アディサは踵を返した。
この閉ざされた『楽園』に、『人間』は必要ない。
「貴女は私。私は貴女……」
低く呟く彼女の背が茨の奥へ消えたあと。茨の隙間から差し込む光に、ほんの一瞬、ヒトの顔らしきモノが見えた気がした。
◆◆◆
『なにか聞こえるね。……歌、かな?』
その蔓食みの森にて。
リディアとウィルは立ち止まって、不思議な声の聞こえる方向を探していた。
「聞こえる。こっちかな」
ウィルが立ち止まり、木々の奥を指さした。今一度耳をすますと、やはり聞こえる。近くに人がいる??
「行ってみよう。リディアちゃんは俺から離れないで」
進んでいくうちに、声が歌う内容が聞き取れるようになってきた。
花ハ悲シ…… 頭ヲ垂……
……ハ啜リ泣ク
故郷遠クナリテ ……人知ラズ
高く、低く、時折掠れた声が、か細く古風な旋律をなぞる。かなり古い歌だ、とジーンが呟いた。
泥濘ノ眠……
蔦食ミ……贄ト……
森で誰かが歌っている。が、ところどころよくわからない音が混じり、なんと歌っているのかは聞き取れない。
『古い言葉で、「泥濘の眠りに囚われ 蔓食みの贄となることなかれ」って言っているんだよ』
ジーンが解説してくれた。
先へ進んでいくと、木々の間から焚き火のようなオレンジ色が見えて
「リディアちゃん!」
ウィルが叫んだのと、バキリと何かが砕けたのは同時。直後、空中に炎の筋が大きな弧を描き、ボッと爆ぜた。
(ウィル君?!)
いつの間に取り出したのか、鎖鞭をかまえて前を睨むウィルに、リディアは目を瞬いた。まだ熱と煙の余韻。何があった??
「おっと、生きた人間だったかい。すまんすまん、ここらじゃ人型はアンデッドが多いゆえなぁ」
ややあって、前――焚き火の方から身じろぎの音としわがれ声、次いで、大きな影がのっそりと立ち上がった。




