Chapter01-3 夜の森とドキドキの宴
夜の森は、枝葉を繁らせた木々が頭上を覆い、月明かりさえほとんど届かない。風が葉末を渡る囁くような音と、湿った土とムワリと濃い青さ――腐敗と息吹の匂いだけが暗闇に揺蕩っている。
カサッ
カササッ
見透かせぬ闇のどこかで、微かな音をたてて何かが蠢く――虫? 獣?
「大丈夫。ついてきて」
そんな中、リディアの手を引いてくれるのは、夜目のきくジーン。
(大きな手)
彼の手に温もりはない。遥か昔、仲間の裏切りによって命を喪ったから――。
『人間』ではない、とジーンは言った。『その日』以来、老いもせず、食べ物も飲み物も必要としない。背には蝙蝠の翼を生やし、狼や蝙蝠に姿を変える。その一方、陽の光を浴びることができない。
『異形』ではある。でも――。
彼の手は、リディアを気づかうように力加減をしており、歩く速度もリディアに合わせてくれている。
(ジーンさんは、人間だわ)
穏やかで、優しくて。物静かで、あまり自分のことを話しはしないけれど。そばにいてくれると、不思議と安心する。
だから――。
『バケモノ』では、決してない。
あれから――。
美少女の登場ですっかり気分を良くした〈厄災〉たちは、リディアたちを自分たちの『ムラ』に招くと言いだした。歓迎の宴を開いてくれるらしい。
前も後ろも、少し前を歩くジーンの姿さえ闇に溶けて見えない。感じるのは微かな気配と、足音のみ。
「リディア、見てごらん」
不意にジーンが立ち止まる。「こっち」と彼の手で方向転換させられた方を見れば。
フワリ、フワリと、闇の中に小さな白い光がいくつも浮いているではないか。その内のいくつかが、彷徨うようにリディアたちの元へ飛んでくる。
光が、〈厄災〉とリディアたち一行をぼんやりと照らす。
「わぁ。たくさん」
青白い燐光を放つ綿毛が、気づけばいくつも、いくつも――。フワフワと漂い、夜の森を幻想的に照らし出していた。
「さわっても大丈夫だよ。ついていったらいけないけどね」
ジーンによると、この光る綿毛のようなモノは、魔物が放っているものだという。
「ママーマ(ついていくなよ)」
「マーマママ、マッマ(グルグルのガジガジだな)」
(グルグルのガジガジ?)
いったいどんな魔物なのだろうか。こんな美しい光景を見せてくれるなんて。怖いけれど、見たいような気もする。
――と。
「リディア、これ持ってて」
ジーンの気配が近づいたかと思うと、手に何かを渡された。
「森でこの光を見たら、捕まえて持ち運ぶんだ。他の魔物が寄ってこないから」
渡されたのは、小さな硝子瓶。中には、さっきの光る綿毛が入っている。ちょっと待って、と断って、ジーンはそれを細いチェーンに通してリディアの首にかけてくれた。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。さあ、行こう」
大きな手がリディアの手を掬い上げ、歩きだす。なぜだろう。前を行く背中が見えたら、と思った。
◆◆◆
森の奥――大樹の上に細い枝を組んで作られたツリーハウスが〈厄災〉たちの住処だった。
ツリーハウスの天井は低く、窓はない。床には、葉っぱが敷きつめられている。
(なんにも見えない!)
夜目がきく〈厄災〉たちは、灯りを必要としないらしい。よって、真っ暗な中での宴だ。
ウィルが光魔法を使おうとしたのだが。
「ママッ!(明るいのはダメだ!)」
ピアス耳の頭領曰く、大きな光を灯すと獣を呼び寄せてしまうらしい。小柄な彼らにとって、ワイルドボアやホーンラビット程度でも脅威だという。
……よって、真っ暗。月明かりさえ入ってこないため、完全なる暗闇である。厄災たちはすでに食事を始めているらしく、バリバリムシャムシャと何かを噛み砕く音が聞こえるが。
「ママーマ、マー(こちらをお召しあがりください)」
得意げに言われたところで、リディアには何が出されたのかも、それがどこに置いてあるかさえさっぱりわからない。
(えっと……香ばしい匂いはするけど?)
お腹は減っている。でも、見えないことには食事はできない。出されたものが人間が食べてOKなものかもわからない。困った……。
「リディア、口開けて」
不意に後ろから声が。そのあとに、何かボソボソしたものが唇に触れた。微かな塩の匂いが鼻腔をくすぐる。
「川魚の塩焼きみたいだね。生臭くはなかったよ」
(ジーンさん?!)
後ろの気配はジーン。ひょっとして……?
(「あーん」されてる?!)
真っ暗なので、ジーンの姿は見えない。だが、そのせいか彼の気配だけはいやがおうにも濃く感じる。
夜しか出てこないし、狼や蝙蝠に姿を変えることもあるジーンだが、今はまちがいなく人型。紅の双眸を持つ、美貌の青年――。
「リディア?」
「ひゃいっ?!」
低い声が耳朶を打ち、吐息が耳にかかる――空腹は一瞬で吹っ飛んだ。代わりに心臓がタランテラもかくやと早鐘を打ちはじめる。
「冷めないうちに、ほら」
一方のジーンに邪な意思は欠片もない。ついでに羞恥心もない。純粋な思いやりで食べさせようとしている。……ある意味残酷。
(ど、どうしたらいいの?! どうするのが正解?!)
リディアはオタオタするばかりだ。
「もしかして具合悪い?」
おまけにいっこうに食べないリディアを心配したらしい。大きな手に肩を抱かれ、彼の気配が間近に
(ぎゃ~~~?!)
結局、その夜食べた魚の味はまったくわからなかった。




