Chapter01-5 ドレス選びとミークたち
カフェの限定パルフェを食べた数日後、リディアは夜会用ドレスを誂えるべく、カタログとにらめっこをしていた。
「ドレスの色は決めたの?」
声をかけてきたのは、リディアの母方の叔母のノートン子爵夫人。
リディアの両親たるコンコーネ男爵夫妻は、現在そろって隣国の支店に出向いていて不在だ。そのため、めったに夜会に出ないリディアは知恵を借りるべく、叔母を訪ねることにしたのだ。
「カナリア色にしたいのですけど、デザインで迷ってしまって」
リディアがカタログを広げて見せたタイミングで、パタパタとかけこんできたのは、お揃いのエプロンをつけた犬族メイドたち。
ピンと立った三角の耳にシャープな顔立ち、愛嬌のあるウルウルした大きな目で、二足歩行。もちろんモフモフ、フサフサの尻尾つき。
彼らは、一般にミークと呼ばれる犬族で、見た目の愛らしさと従順さ、そして察しの良さから、お抱えメイドとして貴族や裕福な庶民に仕えている。
今も、目をキラキラさせて彼らが持ってきたのは、メジャー、髪を結うときの肩掛け、それから着替え用の衝立、湯気をたてるミルクティーとクッキーに、年季の入ったステッキ。
「まあ! 気が利くこと!」
夫人はニコニコとミルクティーを受け取りひとくち。それからクッキーを手に取ろうとして……ステッキに気づいてハッとした。
「大変! あの人ったら忘れていったのね。バルド! バルド!」
執事を呼びつけ、子爵の忘れ物を届けるよう命じた夫人は、ステッキを持ってきたミークに頬ずりした。
「偉いわ! あの人、ステッキがないと馬車のステップを降りられないのよ。そのくせ持っていくのを忘れるんだから。気づいて本当によかった」
嬉しそうに目をウルウルさせ、フサフサ尻尾をブンブン振るミークたちは、元々異世界からやってきた種族だ。言葉は通じないが、数少ない人間と友好的な種族のひとつである。
この世界には、数十年おきに、異世界から〈厄災〉が降ってくる。
〈厄災〉とは異世界に住む生き物で、ヒトに似た姿の者もいれば、ミークのような小型の獣のようなモノも、巨大な虫のようなモノ、不定形の姿を持つモノなど姿も知能もさまざまだ。
彼らが〈厄災〉と呼ばれる理由。
一つは、彼らの数。種族によっても異なるが、繁殖可能な数で彼らは訪れる。場合によっては爆発的に数を増やし、森や畑を荒らすことから。
一つは、皆共通して、この世界の言葉を解さないこと。習得もできない。どんなに知能のある種族も、だ。ゆえに、人間と諍いになることも少なくないから。
ミークのように人間と共存できるモノもいるにはいるが、その数は限られてくる。
「そうそう、ドレスの話だったわね」
笑顔の夫人はリディアに向き直り、姪が選んだ布地見本にわずかに眉を下げた。
「リディ、あなたの気持ちは痛いほどわかるの。でも、この色はおやめなさい。あの方の色はあの方が贈ってきたときしか使えないのよ?」
(やっぱり、ダメなのね……)
やはり、リディアがマックスの色を自ら纏うのはタブーだった。利害の絡む結婚――家と家同士の結びつきに、リディアの意見できる余地はない。決定権もない。だからせめて、気持ちをドレスに託そうとしたのに。
しょんぼりと肩を落とす姪に、夫人はわずかに思案して、
「でも、これくらいなら大丈夫。春六花の髪飾り……あなたの髪色にもぴったりだわ」
カタログの端に描かれた髪飾りを指さした。青と紫の中間のような花色は、マックスの瞳の色そのもの。
夏の夜会に春の花をモチーフにした髪飾りはちょっぴりおかしい。でも、だからこそあの方へのメッセージになるんじゃないかしら?
そんな知恵をくれたのだった。
※ミーク、大きさは中型犬くらいのつもりです。犬種は読者様のお好きなもので妄想を広げていただけましたら( ´艸`)
※イフェイオンはハナニラのことです。花言葉は……?