Chapter06-1 行き場を失って
――困った。
思わぬトラブルから、寝る場所を失ったリディアたち。けれど、人里でないところで野宿するのは危険である。森の縁――ワームはもちろん、夜行性の肉食獣だっているのだ。
「ジーン、何度も悪いけど。東の門へ運んでくれないかな?」
隣を歩くヘリオスの声は、思ったより穏やかだった。彼はもっと怒ってもいいはずなのに……。
メリルはあれからひと言も喋らない。〈空間〉が見えないリディアには、妹の様子を知る術はないが、心はひどくささくれ立ったまま。胸には、身勝手なことをしたメリルへの腹立たしさが渦を巻いている。
「リディア、さっきはごめん」
せかせかと歩くリディアに、何を感じたのか、ヘリオスが真剣な声で謝ってきた。
立ち止まり、足を止めた彼を振り返る。夜のヴェールの下では、彼の深い海色の瞳もモノクローム――灰色……よく、わからない色。
(だから……なんで、貴方が)
昼間より読み取りづらい視界の中で、奇妙な罪悪感が、悪戯にささくれた心を撫でてはまとわりつく。口に出してはいけない言葉が、己の喉をくすぐる。
ため息――。
これはリディアの八つ当たりでしかないのに。自分はなんて感じの悪いヤツなのかと、自覚して唇を噛む。
「いえ……。仕方ない、ですから」
平静な声が出せただろうか。
「ゴメン……」
二度目の謝罪への返事は、しなかった。
村が見えなくなるまで歩いたところで、ヘリオスとウィルを〈隠し〉、リディアはヘリオスによって再び小さな砂色のカニに姿を変えた。蝙蝠の群れとなったジーンが、小さなカニを足に引っかけて空に舞いあがった。
◇◇◇
「ディオと名乗る聖職者は、魔女派の異端だ。見つけ次第捕らえるように」
リディアを取り逃がした紳士は、城門に来ていた。
「魔女派の……? 犯罪者ではなく、魔女派でございますか?」
威丈高に門の兵士に命じた紳士だが、呼び出された警備隊長は首を傾げた。
「魔女派は異端。犯罪者と同じではないかね?」
当然と言わんばかりに目を眇める紳士に、警備隊長は内心で「ねぇよ」と突っ込んだ。
異端――そんなモノをどうこう言うのは、大都市だけである。小都市で宗派がどうのと差別すれば、領兵も冒険者も集まらない。論じる価値もない。
……本来なら。
しかし、目の前で威張りくさるお貴族様は、確かカストラムから来たはず。カストラムの領主は伯爵様だ。一方のフュゼは男爵様。身分的にはカストラム伯爵の方が上。そこからの要求となると……。
「警備隊の一存では動きかねまする。一度領主様に」
「異端は重罪人である! 見つけ次第即刻捕らえよと命じているのだが? 私は何か妙なことを言っているのだろうか」
穏便にやり過ごそうとした警備隊長だが、紳士は遮って早口に捲したてた。
「い、いいえ! めっそうもございません」
大慌てで否定する警備隊長。
「ならば今すぐ命令を徹底させたまえ」
「ははっ!」
奇妙なことを言うお貴族様だが、身分は上。下手に逆らうと厄介なことになると思えた。警備隊長は、言われた通りに部下を集め、件の聖職者を見つけ次第捕らえるよう命令を出した。
◆◆◆
夜空を飛ぶことしばし。眼下に篝火と、それに照らされる城壁が見えてきた。壁が崩れ、足場が設けられたあたりには、兵士が何人も辺りを警戒していた。
「城壁の内側に降りる?」
カニの姿をしたリディアに、蝙蝠の群れが問うた。
「そうですね」
いくら姿を変じているとはいえ、蝙蝠の群れがカニを運んでくるのは珍事でしかない。壁の内側なら人が少ないだろうか?
「こっちもたくさんいるな」
夜空を旋回しながら、ジーンが城門前の広場を見下ろし言った。
壁の内側に篝火はなく、ランタンがぼんやりとした白い光をポツポツと広げているばかり。壁の外側と比べて暗いため、広場を行き来するのが兵士なのか冒険者なのかは判断がつかない。彼らが慌ただしく行き交う理由も。
「ジーンさん、どこか物陰に降ろしてくれませんか?」
行き交う彼らがリディアたちを捕まえようとしているのか否か――それは、上空からではわからない。会話を聞ける距離まで近づいてみようと、リディアは提案した。
「わかった」
闇の蟠る路地に降ろしてもらったリディアは、小さなカニの姿でシャカシャカと広場を横切り、城門手前に積み上げられた荷車の影に身を潜めた。
「魔女派が気に食わないって?」
手始めに、門の脇で話している二人組に近づく。
「そうらしい。見つけ次第捕まえろとよ」
(もう手配されているの?!)
思わず二人組を見上げるリディア。服装から二人は兵士のようだ。彼らは足許に小さなカニがいることには気づかず、お喋りを続けている。
「で? 問題の僧侶様って女と見紛うスッゲェ美人ってホントか?」
(ドキッッ?!)
「おうよ。実物を見たけど、口を開かなきゃシスターで、いや、ご令嬢で通るぜ」
(はわわわわっ?!)
図らずも真実を言い当てた兵士に、動揺したリディアはシャカシャカと横歩きをし……。
何かにぶつかった。
(?)
真横に気配――まず目に入ったのは、忙しなく動く長い触角。次いで黒光りする
『きゃああぁっ!!! ご、ゴキブリ?!』
自分と同じデカさのゴキブリと対峙した恐怖たるや。身も世もない悲鳴……ではなくプクプクプクーッと泡を噴いてリディアは、広場を猛スピードで逃げ、
『びびび、びっくりしたぁ』
城門を駆け抜けたところで、ゼイゼイと息を切らした。ゴキは……よかった、ついてきていない。
……と。
「ディオさん、まだ見つからない?」
「のようだな」
頭上から落ちてきた聞き慣れた声に、リディアは思わず上を見上げた。
(ヨルク君?!)




