Chapter05-3 カニパーティーの企み
一日空けて、駆除作戦の二日前の夜。
リディアは、フュゼの街中をロバを引いて歩いていた。日が落ちて間もない時間帯とあり、通りにはまだ人の往来が絶えない。道行く人々は、リディアとすれ違うと、思わず振り返り二度見する。
『リディア、だいぶ目立ってないかな?』
『そ……そうです、ね』
傍らを歩くジーンが、心配そうな(?)顔でリディアを見上げた。
「聖職者様、アンタ行商にでもなるんかね」
道行く酔っぱらいの男性が、赤ら顔でリディアを揶揄う。
「フュゼに海鮮料理出す店ァ、なかったと思うけどなぁ」
「…………」
現在のリディアは、法衣を着た聖職者ディオの見た目ながら、買い物の麻袋を二つもロバに背負わせ、傍らには黒い狼を従えている。
それだけでも珍しいのに、さらに狼の背中とロバの上に、姿の異なるカニが合わせて三匹も乗っかっているのだ。珍妙としか言いようがない。
『メリル、落ちないようにしっかりつかまってね』
『しつこいわね。ジロジロ見なくても大丈夫よ!』
ロバの上には、いつぞやの小さな毛むくじゃらのカニ――ヘリオスの【変態】魔法でカニ化したメリルと、その隣に少し大きな青みがかったカニ――ヘリオスその人が乗っかっている。ちなみに、黒い狼――ジーンの背中の上で鋏をチャキチャキ動かしている赤いカニは、同じくヘリオスの魔法でカニ化したウィル。
今、リディアは誰も〈隠し〉ていない。全員、姿を変えて外に出ているのだ。狼もカニたちも『使い魔』という設定である。
『リディアこそ疲れてない? 大丈夫?』
ロバの背から青カニ――ワタリクラーブ神の御姿らしい――の姿をしたヘリオスが尋ねた。
『疲れたわ。でも、あとはギルドへ行くだけだもの。大丈夫』
昨日はまる一日、採集とポーション作り。今朝からはヨルクと薬草採集と例のクサい傷薬の調合。それから街へ戻ってポーション容器他、買い物を済ませ、日が落ちた後にひと目につかない住宅街で〈空間〉にいた面々を出し、今に至る。
貴族令嬢だった時と比べれば、のんびりと過ごす時間は減った。活動量が増えた分、一日の終わりにはクタクタになってしまうけれども。
怖い目にもたくさん遭った。でも、それ以上に楽しくて、毎日新しい発見があって。ヨルクをはじめ、『お嬢様』のままだったら決して縁がなかった人と知り合って、話して、笑って。
リディアの中で、『未来』への意識は確実に変わりつつあった。
『そろそろ着くよ、リディアちゃん』
赤カニの念話に前を向くと、ギルドの建物が見えてきたところだった。リディアはポケットの中の魔核を確認する。納品し忘れを装い、捕らえられた〈厄災〉に会いにいくのだ。
◆◆◆
計画では、リディアが納品し忘れの魔核をカウンターに持っていったタイミングで、使い魔の犬がいかにも怪しい臭いを嗅ぎつけた体を装い、訓練場へ駆けていく。そして、カニ化したウィルが、〈厄災〉の周囲に焚かれた薬を風魔法で吹き飛ばし、リディアが臭いに噎せて時間を稼いでいる間に、ジーンが〈厄災〉と話す……ざっとこんな段取りを考えていた。
……のだが。
「え? ヨルク君?」
「あれ? ディオさん?」
ギルドのロビーで、ばったりとヨルクに出くわしてしまった。なぜ、彼がここに?
「稽古をつけてもらいに来たんだ。採集の時、ディオさんに頼りきりで……俺」
俯いて拳をきつく握りしめる彼に、リディアは内心で慌てた。
(わ、私の力じゃないのよ、それ。あれはウィル君が……)
採集の時、飛びだしてきたボアはヨルクが倒したものの、その後で出たワイルドベアはリディアが単独で――その実、〈空間〉にいるジーンたちが魔法で――倒したのだ。
ワイルドベアは獰猛で、時に狩人さえ殺す魔獣だ。それを前にジーンがはりきってしまい、リディアは久々に身体を〈操られ〉、猛獣相手に大立ち回りをした。それはヨルクの目には、ひ弱そうな僧侶様がワイルドベアを圧倒したように見えたわけで。
「俺……ワイルドベアの時は何もできなかったのに、ディオさんに取り分はいつものように半分でいいって言われて……。このままじゃダメだって、思ったんだ」
ワイルドベアの毛皮は、森で得られる素材の中では高い方で、一頭分が金貨一枚と少々で取引される。ボアの毛(銀貨七枚前後)の七倍以上もするのだ。討伐にリスクが大きいのと、貴族や裕福な商人が買い求めるが故である。
取り分を半分に分けても、ワイルドベアの素材だけで大銀貨が三枚も。ボアやホーンラビット一頭の討伐が精一杯だったヨルクが、身の丈に合わない報酬に戸惑うのもしかたない。
「ところでディオさんは? あと、その……」
ヨルクが恐々と目をやったのは、リディアの傍らにいるジーン。
「そいつ、狼……だよな?」
今まで散々犬と間違われてきたジーンは、狼と認めてもらえたのが嬉しかったらしい。ハタリ、ハタリと黒いフサフサの尻尾を揺らした。
「尻尾振ってる……ごめん。犬か」
ガクッと項垂れるジーン。かわいそう。
「納品し忘れたものがあったんだ」
リディアは、話題を変えるべくポケットから赤い魔核を取り出してみせた。
昨日の採集時にも、迷子の〈厄災〉はリディアの周りでワームを捕まえては食べ、けっこうな数の魔核を労せず手に入れることができた。これはその一つである。
「そ、そうなんだ」
よかった。怪しむことなく、納得してくれた。
「けど、なんでカニを肩にのせてるんだ?」
やはり、カニを連れた聖職者は珍妙さ満点だったらしい。すごく不思議そうな顔をされた。
「ああ、使い魔なんだよ」
ケブカクラーブとワタリクラーブは、ギルド内へ入るとき、ロバからリディアの肩に乗せ替えた。通行人から「食べ物か?」と聞かれまくったので、念のためである。
「食べ物を使い魔にしたのか?」
「ハハハ……」
引き攣った笑みを浮かべつつ、トテトテと訓練場へ駆けていくジーンと、背中に乗った赤カニを見送る。あとは彼らが戻ってくるまで時間を稼ぐだけだ。
「ヨルク君は誰に稽古を……」
……そう。時間稼ぎのつもりで、リディアはすっかり油断していた。
「おや? 聖職者殿ではありませんか」




