Chapter05-1 心配と風呂と
♡♡♡以降メリル視点、♧♧♧以降ジーン視点となります。
ヨルクとの薬草採集時に討伐した魔物や獣の素材は、二人で半分に分けた取り分が20ソルド弱。個々の素材は安い。が、途中からウィルがリディア越しに魔法を使い、どうしてかジーンがワクワクとリディアを操って立ち回ったため、討伐数を稼げたのだ。
なお、ヨルクが初めて作った膏薬は売らなかった。ヘリオス曰く、効能はあるものの少し煮詰めすぎてしまったので不合格、膏薬はヨルクが使う分とした。
『ヨルク君のお母さんが、ボアの肉を分けてくれたわ。村に戻ったら、みんなでいただきましょう?』
オレンジ色の空の下、村へ戻るリディアの足取りは軽い。長い距離を歩くのも、だいぶ慣れてきた。心なしか、体調もいい気がする。以前はよく悩まされた眩暈を、ここ数日はまったく起こしていない。ジーンに魔法で身体を操られても、ほとんど反動も来ない。
(狩ったばかりのお肉って美味しいもの。メリルやジーンさんにも食べてほしいな)
何不自由ない貴族令嬢だったときに食べていたものも、確かに美味しいものだった。けれど、新鮮な食材はまた別格だと、食べてみて気づいたリディアである。
(それに……。メリル、最近元気ないもの)
リディアの知る限り、メリルは特別小食というわけでもない。むしろ、『お嬢様』だった頃は、夜会に繰り出してダンス三昧なメリルの方が運動量が多く、その分食べてもいたので、リディアよりもはるかに健康的だったのだ。
他人に当たり散らすのは、思い出してみれば風邪をひいたり、悪天候で外に出られない日の不機嫌なメリルそのもの。
仲睦まじい姉妹ではないものの、リディアはメリルを頼りにしており、妹の様子はなんだかんだ言って気にかけていたから。
(心配、ね……)
見上げた夕暮れの空は、雲がかかって灰色に淀んで見えた。
◆◆◆
村の門をくぐると、待ち構えていたのか、ニーナが駆けよってきた。彼女は今日も砂漠の国の衣装を纏っている。
本日の衣装は、目の覚めるような深紅の布地に金糸を惜しげもなく使った品だ。さらに今回はヴェールも身につけており、いっそう華やかな雰囲気を纏っていた。
「旦那様がくださったのよ? 他にもたくさん……フフッ、お姫様みたいでしょ!」
嬉しそうに、ニーナはリディアの前でくるくると踊ってみせた後、
「私、お貴族様でもない田舎娘なんだけど。似合う……かな?」
恥ずかしそうに頬を赤らめ、そう問うてきた。リディアを見上げる瞳には、嬉しさの中に不安げな色が混じる。
オクトヴィア国の衣装と砂漠の国の衣装は、形からして大きく異なる。異国の服を纏い、異文化に染まることは、今までの価値観をかなぐり捨てる――実はかなり勇気のいることなのだ。
「私はとっても幸せ。旦那様はお優しい人だし、たくさん褒めてもくれるわ。私がお嫁に行ったら、この村を魔物から守ってくれるって、言ってくれた」
「うん……」
見た目は煌びやかな衣装のお姫様。けれど、ラームス村の村娘の目で、ニーナは縋るようにリディアを見上げた。
「だけど、私はこの村を出て、旦那様の国へ行かなきゃいけないの。私……旦那様の隣に相応しいかな? 作法とか、いろいろ……」
大丈夫かな……? と問う声は、蚊の鳴くように小さかった。
♡♡♡
夜――。
半壊した教会の裏手からほわほわと湯気が立ちのぼっている。訝しく思った外つ国の傭兵が近づくと、金髪の少年に通せんぼをされた。
「入ってます!!」
異国の言葉を話す彼の後には、ピピタを使ったと思しき竿と、それに紐で吊られた天幕――よく見たらブランケットっぽい――があり、湯気はその奥からのようだ。
(なるほど。風呂か)
事情を察した傭兵は、少年の頭をわしゃわしゃ撫でまわした。
「偉いぞ。風呂の番と犬の世話とは。君は働き者だな」
去っていく傭兵に少年――ウィルは「子供扱い~~!」と抗議の声をあげ、彼の足許に香箱を作っていたジーン(※犬と間違われたが狼)が、宥めるようにフサフサの尻尾をハタリと振った。
風呂は、ウィルが昨日までの留守番中に、暇に飽かせて作った代物である。
ワームが破壊した教会の瓦礫と廃材をかき集めて歪な円筒を拵え、そこに魔法で水を投入。焼け石を放り込んでお湯にした――暇と体力と魔力を無駄に注ぎこんだ風呂。ちなみに、作り方は彼が父親から受け継いだ覚書に従ったらしい。
そんなわけで。
久しぶりのお風呂は、思いのほか気持ち良かった。
ウィルに「メリルちゃんのために作ったんだ!」と誘われてのぞきこんだ湯は、ヘリオスがいろんな薬草を投入したためにドドメ色で、入るのを躊躇ったが。
物陰で服を着て、ふと風呂の方を振り返ると、自分と同じローズブラウンの髪――姉の姿がチラ見えた。
「旦那様がくださったのよ? 他にもたくさん……」
村へ戻ったときのニーナの言葉が頭を過った。
「他にもたくさん……」
あの外つ国の客人がいるのは、村長の家だ。メリルはそっと物陰に引き返し、服を脱ぐと、代わりにそこに置いてあった姉の服を着た。
姉とは半分しか血が繋がっていないのに、鏡あわせのようにそっくり――服を変えてしまえば、もうメリルはメリルではない。姉だ。
そして……。
メリルは村長の家に向かって駆けだした。
♧♧♧
女の子たちから先に入ってもらい、次いでヘリオス、ウィルの順に湯浴みを終えた。狼の姿で風呂の見張り役に徹していたジーンは、辺りに人がいないことを確認すると、人型に戻った。
外つ国の客人が連れてきた傭兵が、柵の外も見回りに出るため、普段は閉まってしまう外門も今なら開いている。
(街の〈厄災〉たちはどうしているだろう)
姿を変じれば、気取られずに行くことはできる。しかし、薬が充満している中に飛びこむのはさすがのジーンにも不可能だった。
(毒が効かない身体だったら……)
……いいのに、と願う前に。
「ああっ! ジーンさん、みっけ!!」
大きな声に振り返ると、
「ウィル?」
やってきたのはウィル。怪訝な顔を向けると、ウィルは手作り風呂の方をビシッと指さした。
「ジーンさんもお風呂!」
どうやら、入浴順にジーンもカウントされていたらしい。
「俺は大丈夫だよ。ありがとう」
時が停まったジーンの身体は、老いもしなければ垢で汚れることもない――入浴の必要はない。いつものように笑顔で断ったジーンだが。
「ダーメッ! 父さんが言ってた! 七日! 同じパンツ穿いてたら病気になるって! ジーンさん、着替えてないだろ!」
ズバビシィ! と指さし指摘されて、狼狽えた。いや、本当に汚れてないんだってば。
「洗濯もしてなーい!」
瞬間、ウィルが跳躍し、
「うわぁ?!」
ジーンの腰に腕を回してガッチリ『捕獲』した。そして物陰に向かって、
「ヘリオス! やっちゃって!」
「よっしゃあ!!」
「え、ちょ?!」
焦りまくるジーンだが、ウィルの拘束はビクともしない。自分より小さな身体なのに、なんて力だ!
「そーら、脱いだ脱いだ!」
ヘリオスにマントごとシャツを引っ剝がされ、手袋が宙を舞い、ズボンが(以下自主規制)
……ちなみに、マントはジーンから離れた途端に数匹の蝙蝠に姿を変え、ピピタの竿に逆さにぶら下がった。不思議。
「ジーン、身体が冷たい! 冷え性だ!」
何やら勘違いしたヘリオスが、謎の粉末を湯船に放り込み、お湯はドドメ色から不気味なアオミドロ色に変化した。
「待った、このお湯はちょっと」
「俺の作ったお風呂に入れないっての?!」
「四の五の言わず入れー!」
教会の裏手はしばらくの間、野郎どものわちゃわちゃした声で賑やかだった……。




