Chapter04-6 薬作り
前半リディア視点、後半メリル視点となります。
歩くことしばし――。
リディアとヨルクは、ようやく足許に草の生えたエリアまでたどり着いた。
「ポーションの材料はどの薬草なんだ?」
しゃがみこんだヨルクが問うが、
『教えるのはポーションじゃないよ』
ヘリオスはあっさり彼の希望を打ち砕いた。
『需要があるから、ポーション作りに走る人はたくさんいるよ。でも、誤って毒草を煎じる事故は後を絶たないし、よく考えもせずに大量に売る人もいる。ポーションはね、大量摂取すると人を殺すこともあるんだよ』
毒と薬は紙一重。生業にするには、命を預かる覚悟と責任が伴うのだ。
『だから今日は別のモノを作る。それでもついてくる?』
リディアができるだけ柔らかな言葉を選んでヨルクにそれを伝えると。
「そう……か。でも、やる」
逡巡はしたものの、それでいいと伝えてきた。
◆◆◆
目的の薬草を採り、やってきたのはヨルクの家……ではなく、農機具を置いておく納屋。お願いして、中の機具を外に出し、火を使ってもいいようにしてもらった。
「ヨルク君、私はここで器具を準備するから。その間にボアを捌いてくれる?」
「わかった」
森で出くわしたボア他魔物の解体を口実に、ヨルクを納屋の外に追い出し、
「【放て】」
〈空間〉から道具類を抱えたウィルを〈出し〉て、またすぐに〈隠す〉。収納魔法が使えないのは不便だ。
『彼が戻ってきたら、彼のマフラー没収して、リディア』
『? わかったわ』
ややあって戻ってきたヨルクの首回りに巻いていた布を回収し、薬作りが始まった。
『なぁ、これポーションとどう違うの?』
〈空間〉からウィルが問う。
『まず、この薬に使う薬草は見分けが簡単なんだ。よく似た毒草もない』
と、ヘリオス。
すり潰した薬草類と、オレウムの実のねっとりとした果肉を掻き出して鍋に投入、ヨルクの火魔法でゆっくり加熱していくのだが。
「うぐぁ?! ゴホッゴホッ!」
「ゴホッ! ゴホゴホッ!」
ポーション作成時とは比べものにならないレベルの悪臭が、二人の鼻を襲った。
「ぐああっ! クハッ……!」
冒険者ギルドに漂う〈厄災〉臭など、かわいいものだと思えてくる。脳天を突き抜けるクサさ。こみ上げる吐き気と、涙でにじむ視界。悪臭の次元がちがう。
鍋からはいかにもヤバそうな緑色の蒸気が立ちのぼり、もうもうと納屋に充満した。
『ゴルアァー!! 逃げるな! 息を止めるな!』
〈空間〉からヘリオスが怒鳴り散らすが、ヨルクはすでに戸口から頭を外に出して、ヒイヒイ言っている。リディアは放心状態。恐るべき悪臭である。
『情けないなぁ! リディア! もういい、僕が出る!』
なんとヘリオス自ら出ると言いだした。
『コラッ! リディア起きろ! ったく世話が焼ける。【水泡】!』
「ニャッ?!」
ヘリオス、リディアに魔法を当てた。手荒ッ! ……性格変わってない?
『リディア、僕を出して。あの青二才に直接指導するから!』
……やっぱり、性格変わってない?
『でも……それは、』
『四の五の言わずに出す! 火が消えてる!このままじゃ台無しだ。彼の力になりたいんだろ!』
戸惑うリディアにブチ切れる……うん。性格変わってる(確定)。
「は……【放て】」
〈空間〉から飛びだしたヘリオスは、戸口に逃げていたヨルクの襟首を引っつかむと、怒鳴り散らしながら鍋の前まで引きずってきた。念のため言っておくが、ヨルクは身長190シェンチの成人男子で、ブロンズランクの冒険者。重さも体力もヘリオスより上。
『すげぇ……』
〈空間〉のウィルが、その様子を見て顎を落とした。あのへなちょこ聖者が……。
「コラッ! 息止めるな臭いを覚えろ! 刺激臭がしなくなったら火を弱めて……」
「混ぜるのやめると焦げる!」
「逃げるなッ! 観察しろ!」
納屋の中は、夕暮れが近くなるまでもうもうと噴出する蒸気とヘリオスの怒号が飛び交った……。
◆◆◆
「傷薬?」
煮詰めた薬が完成し、ヘリオスが〈空間〉に引っ込んだ後。
鍋の底にこびりついた乳白色の膏薬を見たヨルクは、目をぱちくりさせた。
「そう。薬師になるには、まずこの傷薬が作れなきゃいけないんだ。すごい臭いだったでしょ?」
すでに納屋は十分に換気してある。ヘリオスの言葉を復唱しながら、リディアは炙ったボアの肉を口に運んだ。
薬作りの前にヨルクが解体したボアは、牙や毛皮、魔核など売れる部位以外はヨルクの家族に処分を任せた。納屋をクサくしたお詫びみたいなものだ。
「採集に行ける日は毎回作るよ。コレさえ覚えれば、他の薬も作れるようになるから」
「お……うん、わかった」
蒸気で視界が悪かったことが幸いし、ヨルクはヘリオスの存在には気づいていない。自分を怒鳴りつけ熱血指導したのは、ディオだと思い込んでいる。そのせいか、彼はリディアに若干怯えのこもった眼差しを向けていた。
♡♡♡
家を出てから、そろそろ一週間が経とうとしていた。
安全な家の外に放り出されてから、姉を通じて見る世界は目まぐるしく色を変えた。
黄金色の麦穂がどこまでも続く景色
木の柵に囲まれた鄙びた村
鬱蒼として薄暗い森
石壁の素朴な家々が身を寄せる小都市
青空とパッチワークのような畑、濃い緑の森の稜線――。
心浮きたつ光の世界はメリルを惹きつける一方、残酷な現実を突きつけてきた。メリルは決してあそこには行けないのだと。
街へ出かけるようになって、昼間の〈空間〉内はヘリオスやウィルがいるおかげで賑やかになった。ジーンも、話しかければ答えはする。ひとりぼっちではない……はずなのに。
メリルとちがって、ヘリオスとウィルは昼間も外に出られる――メリルが持ち得ない光の時間を抱えているのだ。それが時折、身を切られるほどに羨ましい、妬ましい。
一人じゃ何にもできない。
以前姉にぶつけた言葉は、そのまま己への罵倒でもあって――。
昨日街で見かけた服は、そんなメリルに一条の希望に見えた。目もと以外、頭から爪先まで覆う服――あれさえ手に入れば、自分も光の世界に……。
(金貨五枚……あんなモノが)
メリルは幼子ではない。むしろ、下町育ちがゆえに物の価値は姉よりよくわかっているつもりだ。金貨五枚がいかに手の届かない存在か、誰よりもわかってしまった。
(みんなズルい……)
〈空間〉内でひとり、ふて腐れたメリルはブランケットを被って膝を抱えた。




