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翼の勇者  作者: た~にゃん
第二部 旅のはじまり
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Chapter04-2 迫る追っ手とフュゼの脅威

 一方、リディアと会話した紳士は、後ろを振り返ることなく冒険者ギルドへ急いでいた。

 紳士は、アイスローズからの手配状を領主の館に届けたあの紳士であった。


(怪しげな聖職者ですが、アレではなかったようです)


 追っているのは、銀髪の僧侶、金髪碧眼の少年、それから茶髪の令嬢、翼の生えた男だ。ディオと名乗る聖職者をひと目見たとき、茶髪の令嬢が法衣を着て変装しているのかと疑ったのだが。


(女顔でしたが、喉仏がありました。それにブロンズランクのギルドカード……件の令嬢は虚弱で〈黒魔法使い〉だそうですから。あり得ません)


 何か隠していそうではある。だが、変装で喉仏まで作るのは無理だし、そもそも冒険者登録試験に王都の軟弱な貴族令嬢が通るなどあり得ない。


 ふむ、と紳士はやや芝居がかった仕草で顎に手を当てる。


 〈聖女〉を攫われた失態を、大っぴらにはできない。罪状に〈聖女〉の二文字を入れてはならないのだ。


(面倒ですが、〈黒魔法使い〉を探す方向でいきましょうか)


 〈黒魔法使い〉は、女神に愛された人間とは言えない――すなわち『異端』。『異端』なら、いかようにでも糾弾できる。


 紳士の薄い唇がキュウと弧を描いた。


(もし、私の手で〈聖女様〉をお救いできれば)


 カストラムで、うだつの上がらない日々を過ごすのは終わりになるだろう。


 紳士はの身分は准男爵。いわゆる地方貴族で、中央の政治に議席を持たない、名ばかりの爵位持ち。いかに貴族と言えど、華やかな社交界からは弾かれ、王都に屋敷を持つことすら許されない。


 だが、功績により爵位を上げることができればそうではなくなる。それが、旅慣れない〈黒魔法使い〉の令嬢一人捕まえるだけで叶うなら――。


(情報を集めましょう。可能なら、令嬢の顔も)


 この機会を逃すは愚か者も同然。紳士は「ククッ」と喉を鳴らすと、ギルドへ続く道へと姿を消した。




◆◆◆




 時間を潰せと言われたリディアは、とりあえずヨルクの後を追う形で、トコトコと道を歩いていた。


(ギルドに行くのは危険だわ)


 ヨルクからおおよその地理は教えてもらったが、街の中心部に行くには来た道を戻ってギルド前を通らねばならない。よって、ギルドとは反対方向に進むことにしたのだ。



 先ほどの紳士は、恐らく自分たちを探している。もしかしたら、顔の特徴などを聞いて回っているのかもしれない。【擬態】はしているが、リディアの顔は女性のそれからほぼ変わっていないのだ。ひと目につく街中へ行くときは、ヨルクみたいに布か何かで顔を隠す方がいいのかもしれない。ヨルクのアレは明らかに悪臭対策で、顔を隠すのが目的ではないが。



 歩いてしばらくすると、民家の屋根の向こうに城壁の天辺が見えてきた。やはりフュゼの街はこじんまりしている。王都を歩くより、いろいろな場所の距離が短く感じられる。


 城壁が近づくにつれ、民家に混じってポツポツと素朴な看板を掲げた店舗が増え、人通りも増えてきた。小麦袋を積んだロバとも何度かすれ違い、その度リディアのひくロバが鼻をヒクヒクさせた。


『こっちの方が賑わっているね。麦畑が近いからかな』


 ヘリオスが言った。


 多くの都市は、城壁の外側に農地や牧草地を広げている。よって、それらを扱う市場も城壁の近くにあり、人や店舗が集まるのだ。フュゼも例に漏れず、カラフルな天幕が並ぶ市場があり、人がひしめいている。


 と、そこへ。


「はーい、道をあけてくれ。牛車が通るよ~」


 土で汚れた服の男たちが、道ゆく人々を追い払い、彼らの後ろから黒い牛に牽かれた荷台がゆっくりゆっくり進んでくる。荷台にはこんもりと焦げ茶色の盛り上がり――土だ。


「はーい、土~、土。五キロムあたり二ソルドだよ~」


 二ソルド――銀貨二枚だ。


『森の土がそんなに?!』


 ヘリオスがびっくりしている。五キロムといえば、小さな麻袋一杯分。それが銀貨二枚とはずいぶん高値だ。


 土を満載した牛車は後から後からやってきて、通りに列をなして停止した。そこに次々と人が群がり、高い土を買い求めていく。そしてあっという間に、


「はーい、本日の販売はここまで~」


 掛け声とともに、荷台の隊列が動き出した。


『あれ? 荷台の土、まだまだあるけど?』


 真ん前を横切る牛車の荷台にはまだ山盛りの土。これほど高値で売れるのに、もう売らないのだろうか?


「あの、まだ土が……」


 牛を牽く男性に声をかけると、彼は煩そうにジェスチャでリディアを追い払った。


「聖職者様も土が欲しかったの? 残念だけど、あれは城壁の反対側の麦畑に撒く分なの。また次の機会になさいな」


 通りすがりのご婦人が宥めるようにリディアの肩を叩いた。彼女の足許には土の入った麻袋が一つ。


「高いけど、ゴールデンロッドのせいで食材の値段が上がってるの。土を買ってウチで育てた方が安いのよ」


「そうなんですか……」


 「じゃあね」と、次の販売日まで教えてくれた婦人が手を振る。


『あのグロテスク外来種の被害、深刻なんだね』


『うん……』


 何せただの土が、銀貨二枚という高値で飛ぶように売れるのだから。




◆◆◆




 城壁はそこからすぐのところにあった。城門の前の広場には、空の荷車が雑多に積み重ねられ、脇には馬小屋もある。


「聖職者さん、外に出るかい? そこでロバに草喰わせるだけなら入門料は取らないよ」


 城門の兵士が声をかけてきた。聞いてみると、見える場所にいるならいいらしい。お言葉に甘えることにした。


 城門の外は、クローバー畑――休耕田になっていた。緑一面の中にポツポツと草を食む馬やロバの姿がある。


「そこの井戸は使えないよ。こないだデカいモグラどもがぶっ壊しちまったからな」


(デカいモグラ……? それって?!)


 まさか、あの〈厄災〉(異世界種)が?!


「そうそう、そのクッサイ奴らだよ。まったく……井戸どころか城壁まで壊してくれやがってさぁ」


 見てみな、と指さされた方を見れば。


『うわぁ……。これはひどい』


 なんと古びた城壁の一部が無惨にも崩れ落ちているではないか。さらに陥没したのか、地面に大穴が開いている。崩れた壁の傍には足場が組んであり、農夫だろうか、大勢の男たちが修復作業に勤しんでいた。その中に、


「ヨルク君!?」


 なんと、ついさっき別れたばかりのヨルクがいる。彼もまた、土に汚れながら一心不乱に作業をしていた。

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