Chapter03-5 囚われた厄災
悪臭を我慢して見にいった訓練場には。
『なっ?! こんなにたくさん?!』
十や二十どころではない数の謎魔物……鱗モグラの〈厄災〉が太い鎖に繫がれているではないか! 〈空間〉からそれを目の当たりにしたジーンが驚愕の声をあげた。
繫がれた〈厄災〉たちは、暴れるでもなく、だが静かにしているでもない。
「(いったい何が起こっているのだ! 動けぬぅ~)」
「(二本足は我々を食べるのか?!)」
「(おお……ここは理想郷ではなかったのか?! 我々は滅びるのか?!)」
ギィギィグゥグゥという鳴き声が、リディアには不思議と言葉に変換されて聞こえる。
『どうして……言葉が?』
ミークの時もそうだったが。なぜ、鳴き声に言葉が重なって聞こえるのだろう。〈厄災〉とは、決して意思疎通はできないのだ。たとえ人間と共に暮らすミークのような種族であっても。
過去に、〈厄災〉に人間の言葉を覚えさせようとした試みもあったし、逆に知能のある〈厄災〉が人間と言葉を交わそうとしたこともあったらしいが、それらが実を結んだ例は聞かない。
〈厄災〉――異世界種との意思疎通は不可能である。
そのはずなのに。
『もしかして、言葉がわかる?』
〈空間〉から話しかけてきたのはヘリオスだ。
『〈厄災〉の言葉を理解できるのは、聖女の能力。僕の傍にいると、〈厄災〉の言葉がわかるし、話せるようになるんだよ。僕らはそうやって、人も〈厄災〉も癒してきたんだ』
アクベンス神国は、〈癒しの聖女〉を頂点に据える医療国家――言葉が通じなければ、そもそも患者の愁訴を聞いてやれないし、患者に指導もできないでしょう?
『……だから、はるか昔に〈聖女〉が〈魔女〉から能力をもらい受けたんだってさ』
『不思議……』
今まで揺るぎないと信じていた事実に、思わぬ例外があって。それが不思議な縁で自分にも及んでいて。
〈魔女〉、〈女神〉――相反する存在はそれぞれに虚構と真実を併せ持つ。
〈聖女〉、〈勇者〉――彼らはいったい何を目指して、世界に配置されたのだろう。
「おおい、兄ちゃん倒れてねぇか?」
佇むリディアを現実に引き戻したのは、野太い声とドンッと肩に置かれたごつい手。
「あんまり近寄るなよ? 大人しくさせるために麻痺作用のある薬を焚いているからな。人間も吸いこむと倒れるぞ?」
「ええっ?!」
思わず振り返って、目前に迫るはち切れそうな大胸筋にリディアは脊髄反射で仰け反った。デカい……他が見えない。
「ポーションと魔核の金、忘れずに貰ってけよ!」
「あ!」
……すっかり忘れていた。
◆◆◆
「総額51ソルド8ディナリオとなります」
戻ったギルドのカウンターで受け取ったのは、大銀貨五枚と銀貨一枚、それから銅貨が八枚。これで新たなポーション容器を買えば……。
「ディオ殿、次の納品は五日後の昼までにお願いします。駆除作戦は五日後の夜ですから、それまでにできるだけたくさん」
去り際にギルド職員から頼まれた。
『……時間がないな』
〈空間〉の中で、ジーンが低く独り言ちた。
◆◆◆
フュゼは王都から近いとはいえ、どちらかというと小都市であり、人口も多くない。森の縁は実り豊かであるが、危険も多い土地なのだ。冒険者稼業(ただしブロンズランク以上)をしている者は、都市に比べれば割合は多くとも人数は下回る。
が、ゆえに。
『あの〈厄災〉を盾代わりに』
ギルド職員から聞き出した話によると、あの鱗モグラは駆除作戦において冒険者たちの盾代わりに使われるとのことだった。
森の土を痩せさせるゴールデンロッドを、森に潜む襲撃者ごと葬るために、鋭利な石片を四散させる魔道具を使う――当然、魔道具を使う側にも多数の石片が飛んでくる可能性が高い。
氷魔法等で強靭な防護壁を作れる兵や冒険者の数は限られており、広範囲を守るにはいささか不安がある。木材で防護盾を作ることもできるが、森を切り崩すことになる上、手間も時間もかかる。
そんなところに、熊並みの図体で頑丈な鱗を持つ〈厄災〉が大量に見つかった。使わない手はない、というわけか。
『酷い……』
言葉がわかったからこそ。わけもわからず、人間に怯える〈厄災たち〉が憐れだった。
鋭利な石片の盾にされて、彼らが無事である保障などないだろうに。平気である確証もないだろうに。ただ、人間側に都合がいいから、利用される――。
『〈厄災〉の意思も確認しないといけない。この世界に残りたいか』
宥めるようにジーンが言った。
〈厄災〉たちは皆、程度の差はあれ、別世界に行きたいと願った。ゆえに〈魔女〉の手でこの世界にやってきたのだから、と。
『でも、このままじゃ!』
〈厄災たち〉があんまりにかわいそうだ。悪臭を放つからといって、彼らは人間を害しはしないのに。それどころか、人間にとって脅威だったワームを餌にして、ラームス村に安寧をもたらし、かの村は発展したのだから。
なんとかしてそのことを伝えることはできないのだろうか。彼らは役に立つ存在だと。
『人間の都合だけ聞いてもいけないんだよ、リディア』
〈勇者〉は調停者だから。
人間と〈厄災〉、それぞれに耳を傾け、最善へ導く。どちらを無視してもいけない――それが〈勇者の役目〉なのだ。ゆえに、言葉が通じるのだから。
(そのことを……かつての俺は考えもしなかった)
〈厄災〉はすべて滅するもの――その考えのもとに走って。結果、仲間の手で命を喪った。
斃れて後、人間と関わるのを最小限にするかわりに、ジーンは〈厄災〉と多くの言葉を交わすようになった。皮肉なことだ。それで気づいたのだから。
〈勇者の役目〉は、ただ〈滅する〉ことではなく、選択肢を与え、互いに生きる道を探すことだったのだと。
〈厄災〉の中には、かつていた世界が荒れに荒れ、生きる道を求めてこの世界に落ちてきた者もいた。代表的な種族がミークだ。彼らは、ジーンが訪れた時に『この世界に残る』意思を伝えてきた。生きるために――。
『とにかく、またポーション容器を買おう。森にひとりぼっちのあの〈厄災〉の様子も見にいきたいし』
『そう……ですね』
ジーンの言葉に、しこりの残るような思いながらリディアは頷いた。人間にも害になる薬が焚かれている中、囚われた〈厄災〉に近づいて意思を確認するのは難しいだろう。今すぐできることはないのだ。
リディアがギルドの外に出ると。
「アンタがディオさん?」
スラリと背の高く、目つきの鋭い青年が待ち受けていた。
「俺はヨルク。イーノックさんからアンタとパーティー組むように言われたから、待ってた」




