Chapter01-2 ブロンテスの森で薬草摘みを
それから――。
『森を見にいこう』
ジーンの提案で、三人は揃って村を出て、森――ブロンテスの森へとやってきた。
森の入口に多く生えている細くて背高のっぽの木々は、ピピタ。成長が早く、加工もしやすいため、人里近くの森には人口のピピタ林が見られるのだ。足元も下草が刈られており、森に慣れないリディアでも歩きやすい。よく手入れされた森だ。
「なんで僕まで歩きで……ブツブツ……」
薬草摘み用の籠を持たされ、不服そうに口を尖らすヘリオスの横で。
「ジーンさん、ちゃんと休んだ?」
『俺は休まなくても大丈夫』
「夜通し飛んでたんでしょ。寝てなよ」
『ハハハ。ありがとう』
それを無視してウィルとジーンが会話をしている。
ピーィルルル……
チチチチッ チチチチッ……
灰色の梢の奥から小鳥の囀りが聞こえる。時折カサカサッと聞こえる葉末の音は、リスだろうか。
「疲れた。やっぱ僕も運んでリディア」
「歩け、へなちょこ聖者」
隙あらば怠惰なお願いをするヘリオスに、ウィルが辛辣な返しをする。ジーンは無言だが、森の景色を眺めているようだ。
(ジーン様は眠らなくて平気なの?)
食べもせず、眠ることもせず。けれど、ジーンは辛そうでも、我慢している様子でもない。
(どうして……?)
森は静かで、心の声がやけにはっきりと響く。答えを求めるように上を見あげたリディアの目に映ったのは、物言わぬ灰色の木々と、樹間から差す幾筋もの淡く細い光の筋だけだった。
◆◆◆
やがて、ピピタ林が途切れ、三人の前に原生の森の景色が広がった。黒々と太い木々には名も知らぬ蔓植物が絡まり、足元も灌木や雑草が生い茂っている。感じられる生き物の気配も濃厚だ。
「リディア、そこの丸い葉っぱの草採って」
「これですか?」
リディアが足元に生えていた草を指さすと、
「そうそれ。コルダータっていうの。ポーションの材料にするから」
「同じヤツ集めて?」と、ヘリオスが笑顔で抱えていた空っぽの籠を差し出した。やっぱりこの聖者、自分で働く気はないらしい。
「……自分で採れよ」
呆れたウィルがぼやく――もはや様式美だ。しかし、
「僕は森を観察する重要な仕事があるからね! 手が空いている君たちは薬草摘みを頑張りたまえ。ポーションないと困るだろ? ほら、君はそこの紫色の叫び蔓の新芽、集めて?」
『手の空いている』を強調し、ヘリオスはフフンと胸を反らした。海色の瞳を眇めて、なんとも悪い顔だ。
「ここから先に進むにも、先立つモノは必要だよ。路銀は馭者さんごと回収されちゃったし、僕たち無一文だから」
「あ……」
「そうだったぁ~~」
今更ながらに重要なことに気づいた二人である。ウィルが天を仰ぐ。
「この村の近くにフュゼって街があるんだ。冒険者ギルドもある。村長さんに言って、明日ギルドにワーム討伐依頼を出す用事を引き受けたから。ついでにポーションを売って、冒険者登録をしよう。身分証がないと、今後苦労するしね」
ヘリオスは聖者様の立場を利用して、しっかり情報収集をしていたようだ。
「よっし! 二人ともしっかり働いて~」
♡♡♡
チチチッ ピルル……ピピピッ
こんもりとした灌木の枝を揺らし、見たこともない小鳥たちがじゃれ合っている。
「…………」
姉の目を通じて見えた緑の森。未知の世界――。
がらんとした暗い〈空間〉にて。少し前から目覚めていたメリルは、薬草摘みの映像を無言で眺めていた。
「萎れていないヤツ採ってよ。こら、根こそぎ抜くんじゃないの。生えてこなくなるじゃん」
ヘリオスの指示で黙々と葉っぱを摘む姉の後ろで。
「キェエエーー!!」
「ウギャッ! なんだこの蔓?!」
金切り声をあげて、蛇のように暴れる細蔦にウィルがペシペシと叩かれている。
「ああ、叫び蔦っての。新芽じゃないと使えないから。たくさん集めて~」
「ええっ?! いだだだ! 顔はやめろぉ」
「フフフッ」
姉が楽しそうに笑っている。ウィルも、ヘリオスも……。
みすぼらしい格好をした姉を、安全なこの〈空間〉から嘲笑ってやろうと思っていた。なのに……。
ギリリ、と歯を食いしばる。
あの小鳥を近くで見たい。
ウィルが絡まれている蔦を触ってみたい。
あ! 見たこともない花が咲いている!
陽に当たれないメリルはあそこに行けない。楽しい輪の中に入れない。仲間はずれ。
(いつもいつも、お姉さまばっかり……)
メリルは姉の目に映る光景を己の魔法で〈視る〉ことができる――といっても、まったく同じように見えるわけではないのだ。まるで水面に映した顔のように、その奥の水底――黒く煤けた〈空間〉の壁が映像の向こうに透けて見える。あくまでも『ニセモノ』の映像でしかない。
牢獄に閉じ込められ、これ見よがしに外の景色を鼻先にぶら下げられているよう。
以前はこんな疎外感を感じなかった。姉を通じて見える景色は純粋に『気晴らし』で。たとえ昼間は一人でも、夜になれば夜会に出て友人たちと楽しく過ごせていたから。
仲間はずれじゃなかった。
ちゃんと居場所があった。
それが今はどうだろう。
田舎で夜会などあるはずもなく。煌びやかなドレスだって置いてきた。
(私、何にも持っていない。何にもできない……)
鼻の奥がツーンとして、メリルはまた歯を食いしばる。無意識に指先を口許へ持っていき、ギリと爪を噛んだ。
胸が焼けつくよう。なぜ、神様は平等じゃないんだろう。
(ズルい……!ズルい……!)
◇◇◇
ところ変わって、王宮――王の私室。
「ゴブリンの襲撃と謎の大規模炎上により、東の穀倉地帯の二割強が焼失。加えて該当区域の石畳の流出が報告されております」
毛皮を敷いた豪奢な寝台。腰かけた主に向かって、彼女は淡々と報告書を読みあげた。
「つきましては、警備の増員と石畳の補修を急がせます。ゴブリンは群れで押し寄せてきたとききましたが、討伐はいかがなさいますか?」
問うた彼女に、王は「今はいい」と短く答え、床に下ろしていた脚を寝台にのせて胡座をかいた。
齢は五十に近い王だが、鍛錬を欠かさぬ身体は引き締まり、だらしなさは欠片もない。たとえ居る場所が寝台でも、背の高い彼女に見下ろされていても、王の風格と威圧感は揺るぎなかった。
「なぜ石畳が壊れた? 流出……王都に地震はなかったが?」
片眉を上げ、睨みあげるような視線を彼女――アイスローズに寄越し、王は答を促した。
「現場を見た者によれば、洪水後の様子に似ていた――具体的には、広い範囲がぬかるんでいたようです。……妙ですね。小雨が少し降ったようですが、土がぬかるむほどではありません。近くの水源があふれて流れ出た形跡もありませんでした」
言葉を切り、アイスローズは眉を顰めた。
「よもや……〈厄災〉の仕業でしょうか」
異界から落ちてくる〈厄災〉は、時にこの世界の人間からは想像のつかない姿形、生態を持つ。がゆえに、脅威となる前に〈厄災討伐〉を行うのだが。
〈厄災の年〉から数十年が経過してなお、生きのびていた〈厄災〉がおり、不可解な現象をもたらしたのだろうか。
「出奔した『息子』は……北の国境へは向かわなかったようだ、アイスローズ」
『息子』――『怪物王子』ウィリアム。軍事力の『切り札』を失い、いまだ行方を掴めていない――王にとって由々しき事態にも関わらず、彼の顔には僅かな喜色が見られた。
「東へ行け、アイスローズ。『息子』はそちらへ向かった。銀髪の『聖者』もな」
追跡が、始まる――。
「ブロンテスの森」のネーミングは、ラテン語?ギリシャ語?(←うろ覚えw)から。ブロントサウルスのブロントと同じ。雷、地鳴り、轟きみたいな意味合いを込めて。
「ピピタ」はイタリア語で「ささくれた」という意味の形容詞です。
本作はネーミングにもいろいろこだわってみました(^^)




