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翼の勇者  作者: た~にゃん
第一部 鳥籠の外へ
20/105

Chapter04-3 ゴブリンの襲撃(前編)

※流血&グロ描写があります。苦手な方は飛ばしてください。

ギャギャギャギャ……


   ゴギャギャギャ……


 さざめくような声。途端に色濃く感じる、たくさんの気配。



(人の声じゃない!)



ゴギャギャギャ……


  カツッ……カツッ……


 ざわめきに混じって、何かを打ち鳴らすような硬質な音が混じる。

 スッと、ウィルが立ちあがった。食事中の愛嬌が一転、鋭い眼差しで外を睨んでいる。


「リディアちゃん、他の三人を隠してイチニのサンで飛び出すよ。〈聖女〉はあの……【(よろい)】でリディアちゃんを守る!」


 ウィルの手には、以前リディアの足に(あざ)を作った鎖鞭(くさりむち)。これで戦うつもりらしいが。


「待って。相当な数がいる。一人じゃ手に負えないだろう。【パスカル】!」


 ジーンが何者かを喚ぶ――せまい荷馬車の床に紅い魔法陣が浮かびあがった。


「呼んだか相棒!」


 その中心に現れた人物に、リディアは目を見開いた。


「あなたは!」


 おとぎ話で〈勇者〉の隣に描かれる〈戦斧使い〉を彷彿とさせる、ガッシリした体格のジーンの従者。今は戦斧ではなく、一風変わった武器――槍のような長い柄の先端に、大きな(とげ)付きのハンマーをつけた武器――戦槌を軽々と肩に担いで。


「どうも。昨夜ぶりですね、リディアお嬢様」


 喚び出された彼は、不敵な笑みを浮かべた。




◇◇◇




 夕暮れ前の麦畑。収穫前の今、黄金色の麦穂は実った実の重みに(こうべ)を垂れている。麦畑の中をはしる街道に停まった馬車の周りで。一面に広がる金の海が、あちこちでガサゴソと(うごめ)く。



 人間の馬車には、食べ物がたんまり積んである。それが証拠に匂う匂う。薬草の匂いに隠れて肉とチーズの匂いも。



 ゴブリンは人間の食べ物が美味いことをよく知っている。だからこそ、旅人を見つけると、食べ物を奪うために集団で襲うのだ。



 少しずつ、少しずつ、麦畑に小柄な身体を隠し。人間に見つからないように。彼らは獲物を狙う肉食獣のように、包囲を狭めて。


 ――刹那、


 バァーン!! と音を立てて馬車から何かが飛び出した。勇み足の仲間が数匹、麦畑から突撃……!


「ギャギャァーー?!」


 直後、断末魔をあげて仲間の身体が宙を舞う。一斉に警戒の声をあげる仲間たち。そこに、


「出てこいゴブリンども!」


 人間の吠え声とびゅわんと近くで風を切る『何か』。


「【エンチャント フレイム】!」


 オレンジ色の光が弾けかと思うと、断続的な爆発音、気づくと目の前は火の海になろうとしている。


「ギャギャギャ!」


「ゴギャギャ!!」


 堪らず麦畑から飛び出した。そこにすかさず襲いかかる焔を(まと)った鎖! 麦畑から街道へ、多くの仲間が飛び出してくる。


「ゴギャッ!」


「ギギッ!」


 しかし、集団戦に慣れたゴブリンたちが動揺したのはわずかな間。しかも、敵対する人間の数がたったの三人とわかるや、粗末な弓矢や槍を掲げて四方から一斉に襲いかかってきた。




◆◆◆




 静かな麦畑は、一瞬にして戦場と化した。


(ヒィッ!)


 魔物とはいえ人に近い見た目のゴブリンが、すぐ目の前で、魔法で燃やされる絵面(えづら)は箱入り娘のリディアにはキツ過ぎた。


 思わずギュッと目をつむる。


『バカッッ!! 貴女が目をつむったら僕も前が見えない! 死にたいの?!』


 〈隠れた空間〉から〈聖女〉に怒鳴られて、反射で目を開け、


「クッ! 堅牢(けんろう)なるカルキノスよ!

 我らを守り給え!

(よろい)】!」


 間一髪、ゴブリンの放った数十本の矢が青銀の壁に阻まれ、バラバラと地に落ちる。


『僕の魔法は永続しないんだ。キツいかもしれないけど、目は開けといて!!』


(そんな!!)


 まさかのカミングアウトに愕然(がくぜん)とするリディアの前で、青銀の壁が揺らめいて消える。消えるのが早い。ものの数秒……!


「ゴギャギャーー!!」


 そこへ棍棒を振り上げ突っ込んでくるゴブリン!


「取りこぼしかっ!」


 ドムッ、と肉を打つ鈍い音と血飛沫(ちしぶき)。鼻をつく生臭さ。


「いやぁあ!!」


 凄惨(せいさん)な瞬間に思わず顔を背け、


『目を開けて!! 前見ろ!!』


 〈聖女〉にどやされて目を開けると、顔の前すれすれに凄まじい形相のゴブリンが――!


『いっぎゃあああーーー!!!』


 同じ光景を見たメリルの絶叫、


 シャギャァ……と耳まで裂けそうな大口が、


「危ねぇ!」


 横合いからの拳にぐしゃりと歪み、血をまき散らしながら吹き飛ぶ――ウィルだ。いつ装着したのか、その手には拳鍔(なっくる)。シャツに返り血を纏わせて、ウィルが険しい顔で言った。


「リディアちゃん、マジで目ぇ開けて。死ぬから。顔背けるんじゃなくて逃げて」


(む、無理よぉ~~~!!)


 繰り返すが、リディアは箱入りのお嬢様だ。戦うことはおろか、俊敏に動くことだってできやしないのだ。


「ゴギャーーー!!」


 喋っている間にも、新手が隙をついて襲いかかる。


「キャアアアッ!!!」


 醜い顔がニタァと残忍な笑みを浮かべ、リディアは思わず目を瞑ろうと……


「ぶゴギャァ?!」


 パスカルの戦槌が風を切り、飛びかかったゴブリンを吹き飛ばした。潰れた顔から血が飛び散る。


(うわぁぁ?!)


 目を背けたくなる光景――なのに。


(う、嘘?! 動かせない?! なんで?!)


 まるで見えない何かに固められてしまったかのように、身体が動かないのだ。目も(つむ)れない。いったいどうして?!


『リディア、少しの間、俺が君の身体を〈動かす〉。君を守るためだから……すまない』


 〈空間〉から告げてきたのは、ジーン。


(ええっ?!)


 〈動かす〉ってどういうこと!?


 混乱するリディアの心臓は、肋骨(あばらぼね)を壊して飛び出しそうなくらい暴れていて胸が痛い。足の震えは止まらないし、涙腺はとうの昔に決壊している。


『勇敢なるカルキノスよ

 (おか)の我らに息吹を与え給え!

 【水泡(みなわ)】!』


 青銀の光は白い泡となって、迫るゴブリンたちの目を覆う。


「〈聖女〉ナイス! 【エンチャント サンダー】」


 足が止まった数匹を、今度は雷を纏った鎖が薙ぎ払う。が、それを躱した数匹がリディアを狙う。


「ック!」


 景色が急速に流れたかと思うと、視界がぐるんと反転。ビュッと薙ぎ払う動きをしたのは、他ならぬリディアの腕。


「ギャギャア?!」


 目に映るのは、顔を掻きむしるゴブリン。どうやらリディアは、攻撃を転がって躱し、起き上がりざまに砂をつかんで投げつけたらしい。


(ジーン様が私を操っているの?!)


 それが証拠に、リディアには身体を動かしている感覚が全くない。


 ――直後、ウィルの放った魔法の炎がそのゴブリンを焼き払った。


「ギャアァーー!!」


「ひぃッ」


 心から気絶したい。でも、クラクラすると、内側から〈聖女〉が怒鳴りつけてくるものだから、それも叶わない。

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