Chapter04-3 ゴブリンの襲撃(前編)
※流血&グロ描写があります。苦手な方は飛ばしてください。
ギャギャギャギャ……
ゴギャギャギャ……
さざめくような声。途端に色濃く感じる、たくさんの気配。
(人の声じゃない!)
ゴギャギャギャ……
カツッ……カツッ……
ざわめきに混じって、何かを打ち鳴らすような硬質な音が混じる。
スッと、ウィルが立ちあがった。食事中の愛嬌が一転、鋭い眼差しで外を睨んでいる。
「リディアちゃん、他の三人を隠してイチニのサンで飛び出すよ。〈聖女〉はあの……【鎧】でリディアちゃんを守る!」
ウィルの手には、以前リディアの足に痣を作った鎖鞭。これで戦うつもりらしいが。
「待って。相当な数がいる。一人じゃ手に負えないだろう。【パスカル】!」
ジーンが何者かを喚ぶ――せまい荷馬車の床に紅い魔法陣が浮かびあがった。
「呼んだか相棒!」
その中心に現れた人物に、リディアは目を見開いた。
「あなたは!」
おとぎ話で〈勇者〉の隣に描かれる〈戦斧使い〉を彷彿とさせる、ガッシリした体格のジーンの従者。今は戦斧ではなく、一風変わった武器――槍のような長い柄の先端に、大きな棘付きのハンマーをつけた武器――戦槌を軽々と肩に担いで。
「どうも。昨夜ぶりですね、リディアお嬢様」
喚び出された彼は、不敵な笑みを浮かべた。
◇◇◇
夕暮れ前の麦畑。収穫前の今、黄金色の麦穂は実った実の重みに頭を垂れている。麦畑の中をはしる街道に停まった馬車の周りで。一面に広がる金の海が、あちこちでガサゴソと蠢く。
人間の馬車には、食べ物がたんまり積んである。それが証拠に匂う匂う。薬草の匂いに隠れて肉とチーズの匂いも。
ゴブリンは人間の食べ物が美味いことをよく知っている。だからこそ、旅人を見つけると、食べ物を奪うために集団で襲うのだ。
少しずつ、少しずつ、麦畑に小柄な身体を隠し。人間に見つからないように。彼らは獲物を狙う肉食獣のように、包囲を狭めて。
――刹那、
バァーン!! と音を立てて馬車から何かが飛び出した。勇み足の仲間が数匹、麦畑から突撃……!
「ギャギャァーー?!」
直後、断末魔をあげて仲間の身体が宙を舞う。一斉に警戒の声をあげる仲間たち。そこに、
「出てこいゴブリンども!」
人間の吠え声とびゅわんと近くで風を切る『何か』。
「【エンチャント フレイム】!」
オレンジ色の光が弾けかと思うと、断続的な爆発音、気づくと目の前は火の海になろうとしている。
「ギャギャギャ!」
「ゴギャギャ!!」
堪らず麦畑から飛び出した。そこにすかさず襲いかかる焔を纏った鎖! 麦畑から街道へ、多くの仲間が飛び出してくる。
「ゴギャッ!」
「ギギッ!」
しかし、集団戦に慣れたゴブリンたちが動揺したのはわずかな間。しかも、敵対する人間の数がたったの三人とわかるや、粗末な弓矢や槍を掲げて四方から一斉に襲いかかってきた。
◆◆◆
静かな麦畑は、一瞬にして戦場と化した。
(ヒィッ!)
魔物とはいえ人に近い見た目のゴブリンが、すぐ目の前で、魔法で燃やされる絵面は箱入り娘のリディアにはキツ過ぎた。
思わずギュッと目をつむる。
『バカッッ!! 貴女が目をつむったら僕も前が見えない! 死にたいの?!』
〈隠れた空間〉から〈聖女〉に怒鳴られて、反射で目を開け、
「クッ! 堅牢なるカルキノスよ!
我らを守り給え!
【鎧】!」
間一髪、ゴブリンの放った数十本の矢が青銀の壁に阻まれ、バラバラと地に落ちる。
『僕の魔法は永続しないんだ。キツいかもしれないけど、目は開けといて!!』
(そんな!!)
まさかのカミングアウトに愕然とするリディアの前で、青銀の壁が揺らめいて消える。消えるのが早い。ものの数秒……!
「ゴギャギャーー!!」
そこへ棍棒を振り上げ突っ込んでくるゴブリン!
「取りこぼしかっ!」
ドムッ、と肉を打つ鈍い音と血飛沫。鼻をつく生臭さ。
「いやぁあ!!」
凄惨な瞬間に思わず顔を背け、
『目を開けて!! 前見ろ!!』
〈聖女〉にどやされて目を開けると、顔の前すれすれに凄まじい形相のゴブリンが――!
『いっぎゃあああーーー!!!』
同じ光景を見たメリルの絶叫、
シャギャァ……と耳まで裂けそうな大口が、
「危ねぇ!」
横合いからの拳にぐしゃりと歪み、血をまき散らしながら吹き飛ぶ――ウィルだ。いつ装着したのか、その手には拳鍔。シャツに返り血を纏わせて、ウィルが険しい顔で言った。
「リディアちゃん、マジで目ぇ開けて。死ぬから。顔背けるんじゃなくて逃げて」
(む、無理よぉ~~~!!)
繰り返すが、リディアは箱入りのお嬢様だ。戦うことはおろか、俊敏に動くことだってできやしないのだ。
「ゴギャーーー!!」
喋っている間にも、新手が隙をついて襲いかかる。
「キャアアアッ!!!」
醜い顔がニタァと残忍な笑みを浮かべ、リディアは思わず目を瞑ろうと……
「ぶゴギャァ?!」
パスカルの戦槌が風を切り、飛びかかったゴブリンを吹き飛ばした。潰れた顔から血が飛び散る。
(うわぁぁ?!)
目を背けたくなる光景――なのに。
(う、嘘?! 動かせない?! なんで?!)
まるで見えない何かに固められてしまったかのように、身体が動かないのだ。目も瞑れない。いったいどうして?!
『リディア、少しの間、俺が君の身体を〈動かす〉。君を守るためだから……すまない』
〈空間〉から告げてきたのは、ジーン。
(ええっ?!)
〈動かす〉ってどういうこと!?
混乱するリディアの心臓は、肋骨を壊して飛び出しそうなくらい暴れていて胸が痛い。足の震えは止まらないし、涙腺はとうの昔に決壊している。
『勇敢なるカルキノスよ
陸の我らに息吹を与え給え!
【水泡】!』
青銀の光は白い泡となって、迫るゴブリンたちの目を覆う。
「〈聖女〉ナイス! 【エンチャント サンダー】」
足が止まった数匹を、今度は雷を纏った鎖が薙ぎ払う。が、それを躱した数匹がリディアを狙う。
「ック!」
景色が急速に流れたかと思うと、視界がぐるんと反転。ビュッと薙ぎ払う動きをしたのは、他ならぬリディアの腕。
「ギャギャア?!」
目に映るのは、顔を掻きむしるゴブリン。どうやらリディアは、攻撃を転がって躱し、起き上がりざまに砂をつかんで投げつけたらしい。
(ジーン様が私を操っているの?!)
それが証拠に、リディアには身体を動かしている感覚が全くない。
――直後、ウィルの放った魔法の炎がそのゴブリンを焼き払った。
「ギャアァーー!!」
「ひぃッ」
心から気絶したい。でも、クラクラすると、内側から〈聖女〉が怒鳴りつけてくるものだから、それも叶わない。




