Chapter04-2 ワンコ系少年王子
「ウィリアム殿下、なんですか?」
「うん! あ、殿下って堅苦しいのはナシだよナシ! ウィルって呼んでよ」
一気に年相応かつフレンドリーになった王子様当人の説明によると。
自分の体には王子様である『ウィリアム』と、古代魔族『モルドレッド』両方の人格が共生しているのだという。
「二重人格……」
「そんな感じ。俺の方もヨロシクー」
くりくりした目を糸目にして屈託なくニカッと笑う王子様。ちなみに今は『ウィリアム』が表に出ていて、『モルドレッド』は眠っているそうだ。
「リディアちゃん、メリルちゃんにジーンさんに、あと〈聖女〉! よし! 覚えた!」
何度も言うが、モルドレッドとのギャップが激しすぎる。
「ね、今ってどこどこぉ?!」
ワクワクハイテンションで外を気にする王子様――モルドレッドと区別するため以降ウィルと記す。キラキラと好奇心に煌めく目が、リディアの方を向いた。
「外は麦畑でした。東へ進むと言っていたから……」
恐らく、王都の東から南にかけて広がる穀倉地帯だ。数十年おきに訪れる〈厄災〉から畑を守るため、穀倉地帯のすぐそばに都市が作られているのだ。
「東……ちょっと待って! 【ポップ】」
気になったことでもあったのか、ウィルは、収納魔法で何やら分厚い本を取り出してパラパラとめくりはじめた。
ウィルはリディアたちと違って、当たり前に属性魔法を扱える。【ポップ】――収納魔法もそのひとつだ。
さらに、文字が見えづらいからと光魔法で光球を作り、風魔法で浮かせて荷馬車の幌に照明よろしく貼りつけてみせた。複数の魔法を同時に使うのは、なかなかできることではない。さすが王族。
「なに? それ」
分厚く、年季の入った本を〈聖女ヘレネ〉が興味深げにのぞきこむ。
「俺が親父から受け継いだ旅日記! モルドレッドの弟探しと〈勇者〉調査の記録なんだ。旅の難所とかもいろいろ……あった!」
目当てのページを流し読み、ウィルはわずかに眉をひそめた。
「うわぁ~。この先の森林地帯に、大きなゴブリンの集落があるんだってさ。夜通るのは危ないから……今、何時?」
リディアが外を見たときは、夕暮れまではもうしばらくありそうだったが……。なんとも物騒な情報だ。
ゴブリンは鼻がきく魔物だ。薬種を積んだ荷馬車の存在は、果たしていつまで気づかれずに済むのだろうか……?
♡♡♡
「そんなことよりさぁ。それ、食べない?」
荷馬車の中。
ウィルのお腹がギュルルル~、と音をたてた。そう。四人とも日付が変わってからは何も食べていないのだ。
「そ、そうね!」
メリルは馭者が用意してくれたバスケットを引き寄せ、埃よけの布を取り除ける。表れたのは、美味しそうな茶色の焼き目のついたパニーニ、それから空っぽのコップが四つ。
(パニーニ……)
最後に食べたのはいつだったか……?
姉の気まぐれで連れていかれる『おでかけ』は、こういうものとは無縁だった。行き先がいつもお上品な店だったからだ。
でも、メリルはこの香ばしい匂いが好きで、いつかの夜会、その場限りのパートナーに強請って夜の街で買ってもらったっけ。
「あ……」
パニーニをお上品に両手で持って、向かいの姉は固まっている。爪の先までお姫様な姉は、コレの食べ方がわからないのだろう。
そんな姉を尻目に、メリルは堂々とそれにガブリとかぶりついた。
(フンッ、『お姫様』なんて糞食らえ)
そうやってボケーッとしたまま食いっぱぐれて、空きっ腹を抱えればいい。
サクッとしたパンの中で、ハムの脂とチーズが溶け合う。このしょっぱさが美味しい。あのときみたいに熱々ではないけれど。
(…………)
たまの好物をメリルは無心で味わった。
チラと見た姉は、自分を真似てパニーニを口許へ持っていったものの、やはり大口を開けるには抵抗があったらしい。手でチマチマとちぎり始めた。
(フンッ、指がベットベトになるがいいわ!)
この姉は本当に愚かだ。脂塗れの手をどうする気なのだろう。ここにナフキンなんて気の利いたものはないのに。
「んじゃ、水は俺が。【アクア】!」
ウィルが並べたコップに魔法で均等に水を満たした。
属性魔法を使えるのが『普通』とされているので、旅人は水を汲んで持ち歩かない。河川は廃水が流れこんでいることが多く、安全ではないからだ。また、重い水を持ち歩くのは無駄に体力を消耗する。旅の際は、魔力を補うポーションを持ち歩くのが一般的なのだ。
ちぎちぎ……チマチマ……
ガブリ、モグモグ……
視界の片隅、姉の指から千切れなかったハムがベロリンとぶら下がっている。フリーズする姉。バカじゃなかろうか。
…………。
ガブリ、モグモグ……
…………。
「ああもうっ! バッカじゃないの!?」
我慢できなくなって、メリルは時間が停まった姉を怒鳴りつけた。
「口開けてかぶりつきなさいよ、きったないわね!」
睨みつけた姉は、相変わらずハムを指に纏わせて、涙目で「でも……」と零す。本当に苛つく。気に入らない。
……ここには、マナーにうるさいヤツもいないのに。
「アレ、見なさいよ」
顎で示してやったのは、一口でパニーニ半分を口に入れ、リスみたいに頬を膨らませたウィル。頬の膨れすぎで糸目になっている。
「アレがここのマナーよ」
第一、そのベトベトの手をどこで拭く気だナフキンなんかないんだぞ。
「う……わかった、わ……」
グズグズ泣きそうな顔で、オバケを喰えと言われたような悲壮感を漂わせ。姉はチマリとパニーニにかぶりついた。まだ苛つく出来だが、これ以上気にするのもアホらしい。メリルは中断していた食事を再開した。
◆◆◆
「ジーン様は食べないのですか?」
未知の食べ物をなんとか食べ終えて、リディアはふと気づいた。ジーンは見ているだけで、一口も食べていない。そればかりか水も口にしていない。
(水も飲まないなんて、いくらなんでも……)
〈勇者〉だって人間のはずだ。水なしでは……。
「ああ。俺は平気だから」
リディアの心配をよそに、当のジーンは穏やかな表情で首肯する。
「え? 食べないの? じゃあ俺にちょうだーい!」
もの欲しそうな顔のウィルに、ジーンはポンと自分の食べ物をあげてしまった。
「水、飲みませんか?」
あまりにもあっさりとあげてしまったので、リディアは思わず水の入ったコップをジーンに差し出した。
「喉が渇くといけませんから」
「あ……、うん。ありがとう」
なんだか必死に訴えてしまったリディアに対し、ジーンはやや当惑した様子。でも、苦笑しつつも一口だけ飲んでくれて、リディアはホッと胸をなでおろしたのだが。
「囲まれたね」
不意にジーンが鋭い眼差しで言い、皆が黙りこくった。




