Chapter03-3 新たな仲間? 怪物王子
遅くなりましたm(_ _)m
「ギガント・ニャンパァーーーーンチ!!!」
ギュオン、と空を切り、拳を突き上げて真上に跳躍した化け猫を、リディアを抱えたジーンは素早く後方に飛んで避けた。
幼女が驚愕に目を見開いたものの、すぐに小さな身体を空中でひねり、天井に足を向ける。
「目を閉じて!」
ジーンがリディアの顔を庇うように抱き寄せ、翼が強く風を打つ。視界が黒一色になる寸前、天井を蹴る化け猫が垣間見え。
バーーン! と、大きな衝撃と破砕音。
ヒュゥと唸る風の音に恐る恐る目を開くと、砕けた色ガラスの破片がキラキラと月光を反射して、舞い落ちていくのが見えた。
眼下の王宮が、ぐんぐん遠ざかる。飛び出してきた化け猫ももう豆粒のよう。
――飛んでいるのだ、空を。
♤♤♤
逃げ惑う人々、倒れて動かないドレスの塊、床に飛び散った料理、柄が折れた楽器、倒れた燭台から燃え移り、チロチロとクロスを舐める焔。
惨憺たる大広間に、ポツンと佇む人影があった。あまり整えられた様子のない癖のある金髪、青年というには些か小柄な体躯を王族を示す豪奢な夜会服に包む――第二王子ウィリアム・ベリル・オクトヴィア。
『怪物王子』と渾名される少年王子は、砕け散った大窓の向こうへ遠ざかる人影に、端整な口許を歪ませた。
「ついに見つけたぞ! 〈勇者〉!!」
♧♧♧
王宮の建物が見えないところまで飛んだジーンは、人気のない通りにそっと着地した。
「怪我はない?」
抱えていた令嬢――リディアに尋ねると、彼女は不安げに茜色の瞳を揺らしながらも、コクリと無言で頷いた。
「君にお願いがあるんだ。〈聖女〉を、抱えているね?」
アクベンス神国の〈聖女ヘレネ〉――この国の王が私利私欲のために捕らえた彼女を解放するために、ジーンは魔女派の力を借りて王宮に入りこんだ。けれど、〈力〉を使って探せど、彼女の姿は見当たらず。途方に暮れかけていたところに、懐かしい魔法を見つけた。
『堅牢なるカルキノスよ
我らを守り給え!
【鎧】!』
あの気配は間違いなく〈聖女〉のもの。同時に思い出したのだ。ついひと月前に冒険者崩れから助けた〈黒魔法使い〉の娘を。
(〈生き物を隠す魔法〉……道理で見つからないはずだ)
ジーンが〈力〉で視認できるのは、己のいる建物の中のみ。そこから外れた存在は感知できないのだから。
「彼女を出してほしい。俺は元々彼女を逃がすためにあそこにいたんだ」
目の前では、状況を飲み込みきれていない様子の娘が何か言おうとしてはやめ、唇を震わせている。
(貴族の娘は社会を知らない。だからきっと不安でしかたがないんだろうな)
ジーンは、彼女を怖がらせないよう蝙蝠の翼を消して膝をついた。さっきまで翼だったモノは、漆黒のマントに姿を変えた。
「大丈夫。〈聖女〉を出してくれたら、すぐに家まで送ってあげる」
元より無関係の彼女を巻き込むつもりはない。彼女は今の境遇で幸せなのだ。自分のように『日陰』で生きる必要など、ないのだから。
しかし、事態はジーンの思いもしない方へ転ぶ。
「っシャーー!!!」
怒号と、凄まじいスピードで迫ってくる気配を感じ取ったからだ。
(もう追っ手が?! 早すぎる!)
リディアを抱きかかえ、翼を顕現させる。
ぐんぐん迫ってくる気配に、ジーンの脳に警鐘が鳴る。それにまだ〈聖女〉が……。リディアを連れていかないわけにいかなかった。
ジーンが地を蹴り翼を動かすのと、矢のように飛んできた何かが「ジャリッ」と音をたてたのはほぼ同時。
「きゃあっ?!」
リディアが悲鳴をあげ、空へ飛びあがった身体が、ガクン、と空中に縫い留められる。
「?!」
――足だ!
宙に投げ出されたリディアの白い足首に、先端に錘のついた細い鎖が絡みついている。ピンと張ったその先には。
「ハハハハッ! ついに捕まえたぞ! 〈勇者〉!!」
豪奢な夜会服という場違いな服装に癖っ毛の金髪を風に遊ばせ。もし笑えば「かわいい」と揶揄われそうな、スラリと小柄な少年が、歳にそぐわぬ残忍な笑みを浮かべ、鎖鞭を手繰る――まるで悪魔の化身だ。
「降りてこい、オレの〈勇者〉!!」
少年が喚いた。
鎖の巻きついた足首から血が滲み、ジーンの腕の中でリディアが苦しげにうめく。
「やめろ! 彼女は……」
「さもないと娘の足がもげるぞ」
ジーンの制止にも少年はまるで聞く耳持たず。小柄な体躯が信じられないほどの力で、容赦なく鎖を手繰り寄せようとする。
「ッ、わかった」
苦渋の決断でジーンが地に降りたつと、少年はニヤリと満足げに口許を歪め、
「【Curse of Blaze】!」
リディア目がけて魔法を放った。禍禍しい赤黒い靄がリディアの足を取りまき、絡みつく鎖のような痣が白い足首に浮き上がる。
「俺は貴様を逃がさないからな!」
「逃げたら呪いが発動してこの女が燃えるからな!」
と、少年はフフンと鼻を鳴らした。
「俺は魔族モルドレッド。貴様は今から俺の下僕だ」




