Chapter03-2 フランケン猫メイド
お待たせいたしました( ˇωˇ )
悪役ニャンコ登場です。
「メリル?!」
「ギャオゥ!! ゴロニャーーン!!」
ガシャーーン!!!
皿やグラスが床に叩きつけられ、砕け散る。何事かとふり返った人々を、鋭い爪の生えた手を振りまわして追い散らしたのは。
(小さい、女の子??)
床で気を失った妹に駆けよったリディアのほんの数メトル前で、その乱入者はゆらりと身を起こした。
見た目は十歳くらいだろうか。バサバサの黄土色の髪からは大きな三角耳が二つ飛び出しており、水色のワンピースの上にはフリルをたくさん縫いつけたエプロン――メイド服だ。首には赤いリボンのチョーカー。首輪のつもりなのか、大きな鈴が一つ、ついている。
「ニャーーー!! ……ハムハムハム」
猫幼女の金色の瞳孔は縦。口許もどことなくネコっぽい。両の手の鉤爪を見せびらかしてドヤ顔を決めたあと、幼女はリディアの方を向き、おもむろに床に落ちていた物――赤ワインのソースがかかった骨付き肉を拾いあげた。
「もぐもぐもぐ……ゴックン、ンニャ! シェーニョを寄越フのニャ!」
ソースまみれの口をもごもごしながら幼女が言った。
口許からチラリと見えた犬歯は、小さいながらまるで肉食獣のように尖っている。やはりこの幼女、人間ではないらしい。
「ガウゥゥ(化け猫め、お嬢様に指一本触れてみなさい、噛み殺してやるわ!)」
「グルルル……(私もよ!)」
遠巻きにする人々の間を縫って数匹のミークたちがリディアの前に飛び出し、牙を剥き出しにして幼女を威嚇する。
「シェーニョ? シェー……ニャ! 〈聖女〉ニャ、フンフンクンクン……臭うのニャ!」
(〈聖女〉……?)
リディアが目を瞬かせた直後、幼女が床を蹴る!
「ニャニャーー!!」
鉤爪を振り回し、リディアを庇おうと集まり始めていたミークたちを追い散らす。その動きの素早さたるや、人間の範疇を超えている。まるでネコのよう。
その幼女は、チラとリディアの後ろ――床に伏したままのメリルを見てピクリと眉をはね上げた。
「臭いがそっくりで紛らわしいニャ。まずそっちをアトカスも残らず食べてやるのニャ」
口の端をつりあげ、凶悪な笑みを浮かべる幼女――金色の眼はギョロリと大きくなり、口からのぞく牙も存在を主張するその顔は、もう、『人間』と呼べる状態ではない。化け猫、だ。
(メリルを……?!)
食べる、と?!
リディアの脳裏を過った映像はあまりに悍ましく。
「いやよ! あっちへ行って! 【隠せ】【放て】!」
叫び声をあげたリディアの手から伸びた、オレンジ色の帯が瞬く間に幼女を取り巻き。
「ギニャン?!」
そのひと声を最後に幼女の姿が消えた。目視できる限り遠く、大広間の端の方へ。
「【隠せ】」
次に、気を失ったままのメリルを魔法で〈隠す〉。早くこんな恐ろしいところから帰ろう。
「……ンパァーーーンチ!!!」
「?!」
バッと顔をあげた先――さっき幼女を転送した近くで人が……!
まるで海が割れるように、人垣に亀裂が入り、その上で何人もの身体が宙を舞う。
かん高い悲鳴を皮切りに、大広間はパニックに陥った。
◆◆◆
化け猫から逃れようと、大勢の招待客は我先にと近くの扉へ殺到する。テーブルは薙ぎ倒され、あちこちで悲鳴があがる。
リディアはそんな人々から後ろへ後ろへと押しのけられ、
「ニャァンパァーーーンチ!!!」
真後ろに走った烈風にドレスのスカートが煽られる!
「泥棒猫、引っ掻くニャーーー!!!」
振り返ったリディアの目に、まっすぐリディアめがけて降ってくる化け猫がまるでスローモーションのように……
『きゃあぁぁぁーーー!!!』
目を覚ましたのか、〈黒魔法〉で視界を共有したメリルが叫び声をあげる。
『堅牢なるカルキノスよ
我らを守り給え!
【鎧】!』
リディアの耳に、凛とした誰かの声が響く。
ガキン!!
「ギニャアッ?!」
ハッと気がつくと、目の前には青銀に輝く半透明の壁。その向こうに化け猫がひっくり返っていた。お魚柄のドロワーズが丸見えである。
(い、今の……)
攻撃を弾く壁――見たことのない魔法だ。属性魔法とはまるでちがう。しかも、
(『カルキノス』って、確かアクベンス神国の主神だわ)
アクベンス神国――〈癒しの聖女〉を頂点に据える医療国家。少し前に〈厄災〉が彼の国を襲い、辛くも〈聖女〉だけが助け出されたと……。
目を瞠るリディアの前で、青銀の壁は空気に溶けるように消えていく。
――と。
「ニャ~……よ、よくも、シャルロッテを虐めたニャ!」
モゾモゾと身を起こす化け猫。それこそ猫のようにブルブルブル! と身体を震わせてホコリをふり飛ばした。爪が折れたのか、指先がかすかに赤い。
「も、もう許さないニャ。泥棒猫、滅殺! おまえもニャンパンチで吹っ飛ばしてやる、ニャ!」
グーにした右手を引き、上体を低くして『溜め』のポーズをとる化け猫のまわりで、ビリビリと魔力による小さな稲妻が光る。
化け猫は必殺技を放つつもりだった。フランケン猫メイド渾身の。
「つかまれ!」
その時。
鋭い声と同時に、身体がグッと上へ引っぱられた。ふり仰げば、ずいぶん久しぶりに見る気がする顔が。
「ジーンさ……」
纏う夜会服は同じ。けれど、紅茶色の瞳は今はルビーのように紅く、その背には……。
さっきまではなかった、漆黒の大きな翼。マントは外してしまったのか、見当たらなかった。
(あのときと、同じ……)
羽毛ではない、骨と皮膜でできた翼をはためかせ。
彼は宙に浮いていた。




