Interlude 王宮の奥深く
時を少し、巻き戻す。
王宮の最奥、限られた者しか立ち入れない一室。
「〈聖女〉はどこへ消えたのだ!」
ひどく嗄れ掠れた声が、語気も荒く対面に座る者を怒鳴りつけた。
その顔は血の気が引いて青白く、彼女がこの国の王の隣を射止めた頃と比べれば見る影もない。しかし、声に籠もる覇気は、長年そばに仕える女たちすら縮み上がらせるほど。
「早く……早く……時間がない……」
しかし一転、吐息に紛れて消え入りそうな声で、彼女は呟いた。落ちくぼんだ目は、ギラギラした執着を滾らせ、ぎょろりぎょろりと見えない何かを探すようにあちらへこちらへと彷徨う。
彼女の名はゾフィー・サンドラ・アグラヴェイン。死病を患う彼女こそ、〈癒しの力〉を持つ〈聖女〉を求めていたと言えよう。
「母上、お身体に障ります。こちらを」
「うるさぁあい!!」
最愛の息子の差し出した玻璃のゴブレットが弾け飛び、床に叩きつけられて粉々に砕けた。
「どこへ……どこへ連れていったぁ!! 妾の〈聖女〉を……! 〈聖女〉をッ、」
何を隠そう、彼女こそが策を巡らせ〈聖女〉の故国――アクベンス神国を滅ぼし、亡命と称して〈聖女〉を手許へと……この王宮へとたぐり寄せたのだ。
「母上、どうかもうしばらくお待ちください。有能な猫を放ってあります。すぐに」
「遅いのだ遅い遅い遅いィー!!」
必死に宥める息子に、妃は狂ったように掴みかかり、喉を枯らして叫んだ。
「苦しいのだ、わかるか! 病が妾を殺そうとしているのだッ!」
その顔は怒りに歪み、鬼女のよう。しかし、ひび割れた唇はカタカタと震え、血走った目はひどく怯えていた。
〈聖女〉を欲する者はあまりに多い。病床の妃の要求は後回しに、後回しにされ、〈聖女〉は未だ妃の元へは訪れない。こちらは命の灯火が確実に消えゆくのに……。
「早く! 早く、ここへ……」
喘ぐように命じた直後、枝のように痩せ衰えた体躯がぐらりと傾ぐ。
「ッ! 母上?!」
咄嗟に息子がその身体を抱きとめ、豪奢な絹の敷布に横たえた。急いで医者を呼びに行こうとする息子の腕を、熱に浮かされているのが信じられないほどの力で彼女は引き寄せた。
「いいか……レグルス、早く、早く〈聖女〉 を連れて参れ。わかったな……」
ちろちろと燭台の炎が夜風に揺らめき、妃の青白い顔を照らし出していた。




