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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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エピローグ

 アディサに別れを告げ、部屋の前に立つとまたするすると茨が開いた。それをリディアは不思議そうに見つめた。


(魔法なのかしら?)


 まるで『カーミラ』を守るかのように、建物を食い破り部屋を覆うように絡まる、行く手を阻む茨――。


「不思議でしょう?」


 リディアの疑問を察したのか、部屋の中からアディサがフフフ、と微笑んだ。茨が影を落とすせいか、彼女の姿は闇に溶け、ガラス玉のような灰色の双眸だけが闇に浮かび上がって見える。


「私は『偽物』だけど……。『カーミラ様』は本当にいるのよ?」


 この茨は、商人は決して通さないのだと言う。通すのは当代『カーミラ』が許した者だけ。


「不思議でしょう? この館だって。アンデッドは決してここにはたどり着けない」


 見えないナニカに守られているのよ……。


 鈴を転がすような声にほんの少しの恍惚と狂気を滲ませて、美しき『亡霊』は微笑んだ。




◆◆◆




 与えられた自室に戻ると、待っていたのかベレニケがドアの前に佇んでいた。なぜか横にヘリオスの姿もある。はて?


「リディア、彼は大丈夫だよ。僕の国の隠密――変態倶楽部の長だから」


 ヘリオスが言った。


「…………は?」


 ちょっと待て。


 今なんと……? 世界の全女子を敵に回しそうな単語が聞こえたような気がするが、空耳だろうか。


「……そういう趣味なワケ」


 メリルが心底軽蔑した声で呟いた。リディアも同感である。見目がいいなら変態でもいいかと問われれば、全力で否と答えたい。


「あ! ヤダ、違うわよ? 変態はこっちの変態よ? 崇高なるカルキノスよ、我に御姿を降ろし給え! 【変態】!」


 ベレニケが言い終わるや、彼の姿が青銀の光に消える。光の粒子が消えた床には、小さなカニが一匹。真珠のような白い身体の片方のハサミが極度に大きい。


「勇猛なるシオマネーキ神の御姿です」


 そのカニを拾い上げ、ヘリオスがドヤ顔を決めた。



 …………。


 …………。



「で? 何なのよ?」


 立ち話もなんだから、と客室のソファに腰掛けたベレニケ――もう人間に戻っている――にメリルが訝しげに問うた。


 ヘリオス曰わく、ベレニケは決してこちらを欺いたり裏切ったりはしないとのこと。元々ベレニケたちは、砂漠の国の商人の護衛にかこつけてオクトヴィアに連れ去られたヘリオスの居所を探りに王都トリクローヌを目指していたという。


「ハサンを、放してやって欲しい」


 どうやら、二人でハサンを捕まえたところを見られていたらしい。いずれはバレることだったが、こうして諭されると妙な罪悪感がわく。


「貴女たちに危害を加えないよう、私たちが監視するわ。だから、お願い」


 ベレニケから真剣な顔で頼まれたものの、


「でも……」


「……ねぇ?」


 二人で顔を見合わせる。


『信用できないもの』


『まとわりつかれて気持ち悪いもの』


 ハサンはタダで解放するには印象が悪すぎた。ウィルを閉じ込め、リディアに至っては背中を蹴飛ばし、階段に突き落とした。メリルにしたって、体質を盾に高圧的に命令してくる人間は大嫌いだ。

 それに、ベレニケたちはともかく、砂漠の国の商人が味方である確証はない。むしろベレニケたちの雇い主なら、彼らの方が立場は上なのでは?


「ああ、雇い主たちも〈聖女〉の件については利害が一致しているのよ。それに、貴女たちの〈黒魔法〉を高く評価していたわ」


 だから丁重に扱うし、なんならハサンを縄で縛ったままでも構わない。


「それに、この国を出て砂漠の国に入れば、追っ手もおいそれと手は出せないはずよ」


 そこまで言われて、ようやくリディアとメリルは頷いた。


「【放て】」


 短い詠唱で、〈牢獄〉から放り出されたハサンが部屋の床に転がる。ほんの数時間だが音も光もない真っ暗闇に捕らわれたことは、それなりに堪えたらしい。虚ろな瞳で解放されたのを理解すると、今までの不遜さが嘘のようにハサンは神に祈る仕草をしていた。




◆◆◆




 一夜明けて、翌日の夕方。


 リディアたちは新たな管理者になったナージーや、召使いたちに見送られて館を出発した。


 わざわざ夕方に出発するのは、森を彷徨う生きた人間――冒険者や件の植魔の調査に派遣されているであろうカストラムの兵士たちに見つからないようにするためだ。


 なお、この先は……


「ママ!(ヒャッハー!)」


「マンマー!(ヒャッハー!)」


 〈厄災〉の力を借りる。彼らの力とは、すなわち筏である。


 館から外部へのルートは、新たに作り直すことになり、標石を埋めるメンバーとして、ベレニケの仲間――盾持ちと剣士、さらに魔法使いの三人が残った。なんと、リディアたちと迷いまくっていた間に、彼らは仮の目印をつけてきたらしい。


「あとはナージー殿とカーミラ嬢の護衛ですな」


 別れ際に、魔法使いが言っていた。


 あの植魔の力が、どのくらいの範囲に及ぶのかはまったく予想できない。万が一に備え、ナージーとカーミラを守り避難できるようにしておくのだそうだ。


 桟橋から筏に乗り込む前、リディアは館の方角を振り返った。


(悪い人たちじゃ、なかったわ)


 いろいろと不気味なことはあったが、食事と屋根のある寝床をもらえた。今思えば、貴重な彼らの蓄えをもらっていたのだ。感謝すべきだと思う。それに短い時間だったが、共に蔓食みの森を歩いた仲間たちがまだあそこにいる。


 ――だから。


(どうか彼らが、穏やかな日々を送れますように)


 オレンジ色に染まる木々の向こうへ、そっと祈った。

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