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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter08-2 彼女の素顔と魔女の欠片

 館に戻った夜、リディアとメリルの二人は、商人たちの目の届かないカーミラの私室に招かれた。踏み入れたことのない母屋の奥――太い茨に閉ざされた私室の前に二人が立つと、スルスルと茨が蠢いて人一人がようやく通れる隙間を開けた。


 カーミラは、律儀にも化粧を落とした素顔で二人を迎えた。薄闇に溶けそうな黒髪は、カツラを被る都合だろう、少年のように短く、漆黒の素肌は目の周りを囲む赤いアイライン以外に化粧はしていない。


 無言で促され、薄暗い部屋の床――正確には床に敷かれた厚手の敷物の上に座った。


 改めて部屋を見回すと、壁にかかった大きな絵画を見つけた。割れた輝石窓から差し込む月光が照らすそれに描かれていたのは、七歳くらいの幼女だ。波打つプラチナブロンドの髪に、愛らしい容。纏う衣服は古めかしくも豪奢で、かなり高位の身分と推測できた。


「本物の『カーミラ様』です。私……今の私はアディサ」


 逡巡したあと、彼女は本名を名乗った。


「まずはこれを。あの人に渡して」


 手渡されたのは、一冊の絵本。数百年は前のものだろうに、とても状態が良かった。大切に読み継がれてきたとわかる。


「古代魔族の、昔話」


 街の名前はわからないけど、絵が手がかりになるかもしれないから、とカーミラ……否、アディサはそれを差し出した。


 律儀……いや、情に厚い。だからこそ、彼女が当代『カーミラ』として奴隷たちを束ね、館を取り仕切っていられるのだろう。たとえ「偽物」であっても眩しく思えた。身分も腕っぷしもなくても、彼女には知恵と背に多くを庇える強さがあるのだ。


「それから。貴女たちに伝えたいことがあるの」


 改まった様子で、アディサはリディアたちをまっすぐ見つめた。


「瞳を隠した方がいいわ。血のように濃い赤目は〈魔女様〉を連想させるの」


「〈魔女〉?」


 顔をしかめるメリルにアディサは頷いた。


「〈魔女の欠片〉のこと、貴女たちは知っている?」




◆◆◆




 〈魔女の欠片〉――いかなる剣も折り、いかなる盾も打ち砕く魔導具。それは魔女が力を注いで作った武器で、一説によれば鏡の形をしているという。


 今は「悪者」扱いされている〈魔女〉だが、古くは困った人間が敬意をもって頼みごとをすれば、気まぐれに助けてくれる存在だったらしい。


「大雨で溢れかけた川を鎮めたり、日照り続きの村に雨雲を与えたり。魔物の群に襲われた人間を、先頭にたって助けたこともある、そうよ」


「へぇ……」


 リディアもメリルも知らない話だ。


 アディサは話を続けた。


「〈魔女〉は人間のできないことをいとも簡単に為す。時が経つにつれて、人間は〈魔女〉をあてにするようになったの。戦には〈魔女〉が味方についた方が勝ったから」


 その〈魔女〉が持った武器が、〈魔女の欠片〉。いかなる剣も折り、いかなる盾も打ち砕く――




(ボクノ考エタ、最強ノ武器……)




「ッ」


 一瞬、クラリと眩暈がした。頭に靄がかかっているような、なんとなくすっきりしない感覚――


(この声は……誰?)


 「ボク」というからには、女性ではあるまい。〈魔女〉だって女性だろう。だったら……


「〈魔女の欠片〉さえあれば、戦に勝てる。〈勇者様〉を殺めて〈魔女様〉がお隠れになった後も、人々は〈魔女の欠片〉を探し続けた」


 〈魔女様〉の武器さえあれば、他の人間を凌駕できる――〈レクイエム〉を生き残り、後世に栄華を極めることも。


「でも……本当のことは、私にはわからないわ」


 憂いを帯びた声音に、ふと我に返る。


「本物の『カーミラ様』のお兄様はね、〈魔女の欠片〉を探していたようなの。たぶん、妹の『カーミラ様』のために」


 どういった事情でそうなったのかは、わからない。でも、〈魔女の欠片〉を探すために『カーミラ』は兄と離れ離れになっていたと思われる。彼らの事情も意思も、真実は今となっては闇の中だ。


「ハァ。それがどうして瞳を隠す話に繋がるのよ?」


 しんみりした空気を破ったのは、メリル。こんな時でも妹はいつも通りだ。


「〈魔女様〉も、愛し子の〈勇者様〉も、血のように赤い瞳をしているの」


 確かに〈勇者〉であるジーンは、温かな紅茶色――赤い瞳だ。リディアの知る限り、彼の瞳の色は魔法を使うと色濃く……それこそ血のように赤くなる。


「あー。まあ、珍しい色よね」


 他人から瞳の色をどうこう言われたことはないけど、とメリル。リディアもない。せいぜい「珍しい色だね」と言われるくらいだ。


「〈魔女の欠片〉を手に入れるには、人間の手で命を喪った〈勇者〉を生き返らせればいい。そのためには、悪しき赤目の娘――〈魔女の欠片〉を盗みし娘――を生贄に捧げることが必要」


「え?」


 さらりと言われた内容に、目を瞬く。


(赤目の娘を生贄に……?)


 傍らを見ると、メリルも顔をしかめている。 


「『赤目』が悪者扱いだから、きっと作り話だとは思うわ。でも、どんな素晴らしい聖典も、心洗われる祝福も、解釈次第では呪いにもなり得る。真実が隠されて偽りが生み出されることだってあるの。私たちが、『カーミラ様』を偽ったように」


 こんな話を真実として信じる人間がいるかもしれない。

 だから、気をつけて。


 そう、アディサは話を締めくくった。

Chapter04-5(血だらけの……)で登場した血塗れメイドの血の正体は、涙で白粉の下の赤いアイラインが溶けて流れていたのが血のように見えていたのです。ガラシモスが業病がどうたら……と言っていたのは、比喩なのかただの悪意なのか……。

なお、赤いアイラインは虫除け用の化粧で、アディサたちの故郷では馴染み深いモノ、という裏設定があったり。

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