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翼の勇者  作者: た~にゃん
第三部 森の王女 厄災の女神
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Chapter08-1 帰還と姉妹の企み

 夕陽が森の館をオレンジ色に染める頃、飾り気のない庭園と森の境目の茂みがガサガサと揺れた。


「つ、着いた……着いたぞー!」


 泥と葉っぱ塗れの剣士が夕陽に向かって万歳をする。


「ハアッ、ハアッ……こ、コレは幻覚ではないのであるな? 現実でフゴホッ」


 次いで出てきたヨレヨレの魔法使いが、後から出てきて倒れ込んだ盾持ちに潰され。


「邪魔だ、貴様ら」


 行く手を阻まれたモルドレッドがやや元気のない罵声を浴びせた。さすがの彼も疲れたらしい。


「ウフッ、ウフフッ♪ お、う、ち、だぁ~♪」


『……お姉さま』


 最後に出てきたリディアに至っては疲労が限界を突破し、危ない薬をキメたような状態になっていた。



 何しろ大変だったのだ。


 植魔から離れたはいいが、完全に迷ってしまい、途方に暮れたリディアたち。それを打開したのが、メリルの提案――リディアの〈生き物を隠す魔法〉でメンバーのうちの誰かを上空に瞬間移動させて、上から館を探す――だった。


 興味本位で名乗り出た剣士が、打ち上げと同時に通りがかりの怪鳥にお持ち帰りされかけ、慌てたリディアがうっかり怪鳥ごと〈空間〉に〈隠し〉て、〈空間〉の中で怪鳥が大暴れして大パニックになったり……。


 最終的に「某は高所恐怖症ゆえ」とゴネる魔法使いを上空に打ち上げ、なんとか館を発見。その後も道なき道を進みながら、位置確認のため交代で空にジャンプし、怪鳥に以下略――。


 ともあれ、ボロボロのヨレヨレになりながらも、リディアたちはなんとか森の館に帰還を果たした。




 〈空間〉から出てきた商人たちは、それぞれのアイテムボックスから大量の物資を出し、召使いたちがそれらを館の中へ運び込んでいく。

 商人たちは、定期的に森の館に外部から物資を運び込みにくるのだという。蔓食みの森はあの通りの悪路なので、荷車が使えない。個人のアイテムボックス――人力で運搬するしかないのだ。




「……私、帰ってきたの?」


『お姉さま、しっかりしてくださいィ』

 

 ようやく笑いが治まって、ボケーッとその様子を見ていると、荷運びをしていた召使いの一人がやってきて、ペコリと潤んだ目でお辞儀をして、またパタパタと去っていった。カーミラがいなくなったことがかなり堪えたのだろう。初めて、館の住人たちに人間らしい感情を向けられた気がする。


 なお、カーミラは〈空間〉から出て早々に灰色髪のダーリアに連れていかれた。


(カーミラさん、オクトヴィア人じゃなかったわね)


 植木鉢を掘り返したり、森や大蜘蛛とのあれこれで落ちたのだろう。陽の下で再会した彼女は、見せまいと顔を俯けていたけれど。


 プラチナブロンドの髪の陰、チラと見えた顔は、薄く白粉が残っていたものの、黒い素肌が透けていた。きっと、あれが彼女の本来の色なのだろう。


(アスワド族の奴隷……)


 砂漠の国からさらに南に下った地域に住む民族は、肌が夜闇のように黒く、彫りの深い顔立ちと大きな目、ぽってりした唇が特徴の美男美女が多いときく。見目の良さゆえに、奴隷の産地だとリディアの知識にはある。


 浮き世離れした美貌――エルフのようだと思えたのは、彼女の骨格がオクトヴィア人とまるで違うから。そして――


「メリルッ!」


 物思いを遮ったのは、リディアを地下へ蹴り落とした男。


(ハサン……)


 彼は早足にやってくると、ガシリとリディアの両肩を掴んだ。爪が肌に食い込んで、リディアは顔をしかめた。


「夜の森に入るなど何を考えている! ましてや〈厄災〉をそそのかし、カーミラ様まで巻き込むとは。貴女にいったい何ができる? 非力で何も知らない、何もできないというのに。なぜ館で大人しくできない!」


 感情的に喚くハサンだが、まるで怖くなかった。森で出くわした魔物に比べれば、人間の癇癪など大したことはない。

 代わりに、冷めた心地で彼を見上げる。

 

(何も知らないのは、あなたの方でしょう?)


 ハサン自身がカーミラとメリルを閉じ込めたことも。密輸の証拠を取られたことも。今向かい合っているのがメリルではなくリディアであることも。


 ああ……。リディアが〈どんな生き物も閉じ込める牢獄〉を操ることも、知らない。


 何にも知らない、何にもできない、と決めつけて。思いこんで。


『ねぇ、メリル』


 ハサンに向ける表情はそのままに、まだ〈空間〉にいる妹に話しかけた。


『せっかくだし、捕まえない?』


 森を歩きながら、ベレニケや商人たちとたくさん会話をした。疲労や不安を紛らわせるためだったが、そんな中で決まったことがある。この男(ハサン)の処遇だ。


 知らなかったとはいえ、『カーミラ』を地下に閉じ込め、森を彷徨わせたのは、他ならぬハサン。


『私、あの商人が怖いわ』


 さらに『カーミラ』自身の口からハサンを拒絶する言葉が出れば、もはや彼に館の管理者は務まらない。


 結果、ハサンはベレニケたちが砂漠の国に連れ帰ることになった。館の管理者は、とりあえずナージーが引き継ぐらしい。


『人質にどうかしら?』


 商人たちは、植魔のことを知らせに早急に拠点に戻りたがっている。標石が使えない今、交代で休憩が取れるリディアの〈黒魔法〉も、〈厄災〉と話せるジーンやヘリオスの存在も、商人たちは是非とも利用したいはずだ。リディアたちにとっても、彼らと共に行く方が魔物に遭遇したときのリスクが減る。



 利害は一致する。でも、『保険』はかけておきたい。



 森を出た後も、ベレニケたちが味方でいてくれる保証はない。リディアたちは、森の館( 秘密 )を知る存在でもあるのだから。


『……お姉さまが言うと違和感が半端ないですねぇ』


 やだ怖~い、と科を作ってみせたものの、『好きにすれば?』と答えた声は愉しげだ。


『さんざんな目にあわされたんだもの。これくらい……』


 いいわよね? と問えば。


『珍しく気が合うじゃない』


 ご機嫌な声が返ってきた。




◇◇◇




 ハサンは苛立ちを隠せなかった。


 〈厄災〉をそそのかし、アディサを連れて夜の森に入った。見てはいないが、そうにちがいない。アディサは忌々しい亡霊に操られていて、拒否できなかったのだろう。


「ひとつ間違えば、死んでいたんだ! わかっているのかッ!」


 いったい誰のおかげで、ドレスを着れたと思っている?

 いったい誰のおかげで、陽射しの届かない安全な館に寝泊まりできていると?


 食糧も水も服も館も、すべて自分の管理下にあるのだ。ハサンの意思一つで、メリルの生活などどうとでもしてしまえる――それを当の本人は理解できていないようだ。


 ああ、奴隷どもの態度も気に入らない。なぜ、馬鹿をやらかした女に頭など下げるのか……


「非力で何も知らない、何もできないおまえたちは館で大人しくしていればいいんだ! 私に従っていれば」


 女は男に従うものだ。何もできないのだから……


「本当に?」


 不意にメリルが口を開いた。こちらを見上げる瞳は、夕陽のせいか血のように赤く見えた。


「そうだ! おまえはただの」


 怒りのままに言いかけて、ふと違和に気づく。何か……


「ひっ」


 足元から金色の細い鎖の網目が巻きつき、まるで意思があるかのように、身体を這いのぼってくる。


(魔法?!)


 そう、思い至った時にはすでに遅く。


 全身に絡みついた鎖がぎりりと締まり、ハサンは直立した姿勢のまま地面に転がった。


「フフッ。捕まえたわ」


 ハサンを見下ろし、赤目の少女が愉悦に唇を歪める。


「なっ! ぐぅっ!」


 危機感を感じたハサンは、拘束を逃れようと必死に腕や足を動かそうとした。なのに、手も足もピクリとも動かない。異様なほどの力――初めて、恐怖を覚えた。


(なんなんだ、この魔法……!)


 目の前にいたのは、非力で何もできない少女であったはずだ。なのに……。



 ここにいる女は、いったい『何』なのだろう。



(ああ……そもそもがおかしかったんだ)


 アンデッド彷徨う危険な蔓食みの森からやってきた客人。見た目は、か弱く没落貴族を思わせる美しい少女。


 しかし、本当にただのか弱い少女が、蔓食みの森を抜けられるだろうか?


 ――答えは「否」だ。

 どうして気づかなかったのだろう。

 何かしら武器となるモノを持っていて当然だったのに。


(能力を……隠していたのか?)


 夕陽の下、美しい顔をオレンジ色に染めて少女は酷薄に嗤う。それはまるで……


(…………魔女、だ)


 そう悟った瞬間、ハサンの視界は真っ黒に塗りつぶされた。

ハサン、苛立ちのあまり、陽の下にメリルがいる不自然さを見落としてしまったようです(´・ω・`)

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― 新着の感想 ―
∀・)読みにこないと思ったか? ∀・)読みに来たぜ。ども。いでっちです。 ∀・)いやぁ~まさにRPGファンタジーですね。ドキドキワクワクしながら読み進めています。リディアとメリルとジーンと愉快な仲…
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