Chapter07-3 隠したい事情、疑惑のパーティー
「で、さっきのは彼の魔力暴走だったってこと?」
地ベタに転がっているジーンを胡散臭そうに見て、ベレニケが尋ねた。
「そんなところだな。すまねぇ。いつもはこうまではならないんだが」
突然の局地的な嵐は、ひとまずジーンの魔力暴走ということにした。本当は魔力云々では説明できないものなのだが、それは黙っておく。
(説明したら長くなるし、態度が変わるだろうしな)
異形と知られれば、最悪ベレニケたちが敵対することもあり得る。それは避けたいパスカルだった。
(それにしても、だ)
あのジーンが、眠っている。翼を生やしてから、眠らなくても平気になった親友が、まるで落ちるように寝てしまった。つきあいの長いパスカルにとっては、こちらの方が異常現象だ。
(まあ、飯を食うのも風呂に入るのも異常だったな、コイツにとっては)
とはいえ、無意味なだけで、それが害になることはないと、〈魔女〉は言っていたらしいが。
(様子を見るしかねぇか)
無理やり起こしたところで、また嵐を呼ばれても困る。それもこんな場所で暴風雨を起こされたら、自分たち以外が全滅しかねない。
「ああ……でも、彼を運ぶので戦力マイナス1ねぇ。魔力暴走だし無理させちゃダメだし、仕方ないんだけど」
パスカルが親友を見つめていると、ベレニケがやってきてため息をついた。目顔で「頼める?」と問うてくる、が。
「あの、私が……【隠せ】」
リディアがやってきて、止める間もなく魔法を発動させた。オレンジ色に光る帯がジーンの身体を取り巻き、フッとその姿が消える。
「はえぇ?!」
「き、消えたァ?!」
奇声をあげるベレニケと冒険者たち。一方のパスカルは「あちゃー」と目を覆った。
〈黒魔法〉もまた、人の印象を百八十度変えかねない要素なのだ。できるなら明かさないで欲しかったのだが。
「リディア嬢は〈黒魔法使い〉なんだ。なんつーか……アイテムボックスの人間版みたいなことができる」
披露してしまったものは仕方がない。パスカルはリディアの〈黒魔法〉の内容をベレニケたちに説明した。
そして――。
「はぁ……。不思議な場所だけど、こういうときは便利ねぇ」
「暑くもなければ寒くもない。それに広いな。怪我人がいるから助かる」
体験した方が理解がはやいというわけで、ベレニケたちを代わる代わる〈空間〉に〈隠し〉て、何も危険なことがないと納得してもらった。
『私、もうちょっと寝るから。アンタは見張り! わかったわね?』
『へいへい』
寝ていたところをパスカルに叩き起こされたメリルは、〈空間〉に収容することになった負傷者とベレニケたちの雇い主である商人の男性三人に最低限の〈分けっこの魔法〉をかけると、頭からブランケットをかぶって丸くなった。
そんなこんなで、表に出ているのはリディア、ベレニケ、モルドレッドと、ベレニケの冒険者仲間の剣士、盾持ちの六人となった。
一方、〈空間〉内には、ジーン、パスカル、メリル、カーミラ、気を失ったままのマックス、商人、負傷者と冒険者側の魔法使い、〈厄災〉二匹と……
『リディア殿、この魔物は本当に害はないのか?』
魔力の鎖でグルグル巻きの大蜘蛛。怖々とそれを見上げて、魔法使いが尋ねた。
『ええ。動けないわ』
『そ、そうか。リディア殿は強いのだな』
そう言いつつも、魔法使いは大蜘蛛からかなり離れた場所に腰を下ろし、いつでも使えるように手に杖を持つ。気持ちはわかるが……
『あの……〈空間〉では魔法は使えないです』
『なに?!』
面食らう魔法使いに、〈空間〉で使った魔法はもれなくリディアを通して外に向かって発動してしまうことを説明した。
『ということは、水は持ち込まねばならないのだな。火も使えないとなると、料理は外で、か』
口を開いたのは、三人の商人の中でも髪に白いものが混じる壮年の男性。確か名前はナージーだったか。
『そういうことになりますね』
森を進みながら、〈空間〉の中の冒険者や商人と会話する。そういえば、彼らはどこからどこへ向かうつもりでいるのだろうか?
「アタシたちはカストラムから来たのよ。だけど、あの植魔のせいで戻れなくなっちゃったわ」
ベレニケが肩をすくめた。朝日の下で色彩を取り戻した彼の髪は艶めいた蜜色。抜けるように白い肌に冬空を思わせるペールブルーの瞳――見た目だけなら、オクトヴィア人と思われるが。
(でも変だわ。どうしてカストラムから商人を連れて森に入るの?)
商人から素材採集の依頼を受けて、冒険者たちだけが森に分け入るなら、理解できる。でも、危険な森に非戦闘員たる商人を連れて入る理由とは?? それもカストラムから来たとするなら、彼らもまた夜になってから森に入ったことになる。ますますおかしい。
(この人たち、何者なんだろう)
そこでようやく、リディアはやってしまったと気づいた。さんざん怖くて大変な思いをしたあとに出会った人間とあって、つい気が緩んでいろいろと話してしまったが、これはかなり危うい行動ではなかろうか。
「無駄に心配しなくとも、コイツらと俺たちの目的地は同じだ」
リディアの挙動から読みとったのか、数歩後ろを歩いていたモルドレッドが鼻を鳴らした。
「え?」
「え?」
偶然にもリディアとベレニケの声が被った。
「ねぇ。ずっと気になっていたんだけど、あなた達はどうして森にいるのかしら」
ベレニケが振り返った。さっきまでの愛想の良さは掻き消えて、無表情だ。
「ちょうどいいわ。命を預ける相手だし、わだかまりは無くしておきましょうよ」
フンスと鼻から息を吹きだして、ベレニケは腰に手を当てた。
「アタシたちはカストラムで依頼を受けて商人の護衛をして森に入った。で、植魔に出くわしてカストラムに戻れなくなった。以上よ」
堂々と話しながらも、肝心の商人の目的や行き先については口にしない。怪しさは消えないが、商人の目的については「知らない」としらを切れるし、行き先を尋ねたところで「知っているのよね?」と返されるだろう。
「で、アンタたちは?」
さあ話せと促されて、答えを求めるようにモルドレッドを見ると、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちは『カーミラの亡霊』の客だ。ちょうど〈空間〉に本人がいるから聞いてみるといい」
「は?」
『なに?!』
ベレニケと〈空間〉の両方からギョッとした声が返ってきて、しばし。
『な、なぜこんなところに『厄災の聖女』が?!』
〈空間〉の中でカーミラの顔を確認した商人たちが騒ぎだし、
『ンキャアアアア!! レディに何すんのよ!』
とばっちりでブランケットを剥がされたメリルが、金切り声をあげた。




