6話 トラブルの前触れ
翌日の朝。昨日は何とか日付が変わる前に業務を終わらせて帰宅出来た。まあ、家に着く頃には普通に日付回っていたが……
とりあえず出社しますか。昨日の河本さんに言われていた、八角さんが詰まっているから何とかして俺に報告しろって言われていた件に関しては、琉唯に救ってもらうという旨の報告を送ったのだが返事なし、なんなら既読すら付いていない。もういいわ、八角さんも返事ないし。それにぶっちゃけ琉唯の方が上手いしな。間違いなくクオリティは上がる。
今日は15時からダビングだからそれまでに一旦仕事をかたずけないとな。先ずは、深夜中に外回り班に回収してもらった琉唯含めた上がりを捌いて……等々色々今日も仕事が多い。
時刻は午前11時頃に差し掛かる。忙しさの頻度にもよるが、アニメ制作会社の制作進行は出社が遅い。この時間ですら早い方で、皐月は昨日平然と15時頃に出社して来た。クリエイターに朝方のタイプが少なく、夕方以降に素材を動かす事が多いため、制作は必然的に帰りが遅くなりがちなのだ。そして朝方に作業する人がいないので、大体素材が上がって来る夕方とかに合わせて起きる生活サイクルに変わっていく傾向が強い。
会社に出社すると、11話担当の磯野君が椅子を3つ並べて寝ていた。昨日は帰らずに会社に泊まったらしい。いや、帰れなかったと言うべきか。河本さんと一緒にリテイクを回しながらテイク1を揃える感じで動いているのだろうが、余りにもやることが多すぎて帰る余裕はないか。まあ、明後日Ⅴ編で放送が3日後ならそんなものだろう。
それよりも気になるのが、河本さんがいない事だ。多分帰ったのだろうが、この時間に来ていないと物が動かせないと思うのだが……磯野君に全て任せて自分は帰ったとしたら、肝心の磯野君はもう限界に見える。
「はあ、仕方ないな……」
そして一番気になるのがちゃんと素材が回っているのかどうかだ。リテイクはともかくテイク1は何としてでも揃えないと放送ができなくなる。とりあえず、自分の仕事を終えてから少し探って見るか……
おいおい、背景上がってきているのに素材動かしてないじゃん。上がってきたのは昨日の夜。撮影はもう出社しているから動かさないとまずいが、背景の演出チェックってもう飛ばしてるのか?
背景素材は美術から上がって来たら演出に素材をチェックしてもらう必要がある。演出に意図している背景が上がってきているか確認してもらう必要があるからだ。チェックする内容は様々で、放送事故になり兼ねない大きなミスから「えっそこ気になります?」って思う細かい所まで確認してもらう。ここでチェックしないといざ繋いだ時に多くの背景リテイクが発生して直しきれないなんて事になり兼ねないのだが……今回みたいに時間が無くてすぐにでも撮影に撮って欲しいって時はやむを得ず演出チェックを飛ばすって手段もとる必要がある。
ただ、その判断を決めれるのはデスクやプロデューサと言った責任のある役職の人であって、俺が勝手に決めていい内容ではないのだ。
「さて、どうしますかね……」
プロデューサに連絡してもすぐに返事は来ないだろうし、デスクの河本さんに連絡しても正直あんま意味なさそうだし。ここは撮影を味方に付ける作戦で行きますか。
「それで私のところに来たのね」
「……すみません、言質いただきに来ました」
場所は4階撮影フロア。撮監の滝本さんに会いに来たのだ。演出チェックを飛ばすための大義名分を手に入れるために。演出チェックを飛ばす判断はデスク以上でしか決められないが、撮影監督から時間無くてこのままでは間に合わないので、演出チェック済んでないない素材でもう撮影進めてしまいますって言われれば飛ばさざるをえない。どうしても気になるなら、後追いで修正素材を撮入れしてもう一度撮ってもらえばいいのだ。
「まあ、西賀君が言い出さなくてもそろそろ私から言うつもりだったけど」
「あっやっぱそうですよね」
「っと言うか河本さんに数日前同じ話したのだけれど、確認してからまた連絡しますっと言ってそれからまだ連絡来てないのよね」
「……色々とすみません」
完全に忘れてるなあのデスクは……忙しいのは分かるがマジで抜けすぎである。
「だから、撮影的には元からそのつもりよ。仮に演出チェック飛ばして演出さんが何か言ってきても、もう時間無くて本当に間に合わないからで押し切るつもり」
「了解です。じゃあ制作間でその旨は共有しておきます」
これで撮影の言質も取れたので、とりあえず素材は止まらないで済みそうだな。
「もしトラブルになったら、西賀君何とかしてね?」
「えっ?」
「何とかしてね……いや何とかしなさい」
あーこれ拒否権ないやつだ。って言っても俺が頼んだ手前何か起きたら対処するのが筋だろう。
「わかりました、迷惑かからないようにしますね」
「そうじゃないわ……守ってくれればいいの。演出さんも飛ばされていい気持ちにはならないと思うから」
なるほどそういう事か。
「大丈夫です。演出が何言ってきても上手く抑えます」
「……よろしくね」
制作は何か何か起こるたびにクリエイターのあいだに入って色々と調節するのも仕事である。今回の場合は、撮影のスケジュールを調節する為に演出のチェックを飛ばすと言う事になる。その場合演出は、チェックをを飛ばされたことに対して良く思はないだろう。そこのフォローを制作で行う必要があるということだ。やり方は色々あるが……とりあえずデスクに事情を説明してからだな。
「仕事中にすみませんでした。一旦戻ります、また素材入れきりの連絡は担当進行からさせますので」
「わかったわ……今日は忙しいの?」
「今日は最終話のダビングです」
「そう、遂に最終話ダビングなのね……じゃあ戻って来るの遅くなりそう?」
珍しいな、俺のスケジュールなんて普段聞いてこないのに。
「遅くても20時位までには戻れると思いますけど……」
「20時か……ごめんなさい、気にしないでいいわ。今日は天気崩れるそうだから気をつけなさい」
何か言いたそうに一瞬口を開きかけた様に見えたのは気のせいだろうか。気になるが、わざとらしく話題をそらされたので聞き返すのもどうかと思う。
「えっそうなんですか? じゃあ傘持って行かないとですね。それじゃあ引き続きよろしくお願いします」
「ええ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
直感としか言えないが、何となくダビングから戻ったら滝本さんの様子を見に来た方がいいかもしれない。そんな事を思いながら撮影フロアを後にした。
制作フロアに戻ったらもう13時を回っていた。会社から音響の会場までは1時間かかるので早やめに色々終わらせないとまずい。とりあえず、全体のグループチャットに先ほどの滝本さんとのやり取りを共有する。河本さんはまだ来ていないし、磯野君はまだ椅子の上に寝ている。仕方ないので演出チェックを飛ばした事のフォローをしておいて欲しい旨も一緒にチャットに投げておく。本当は直接11話の当事者に話した方がいいのだが……仕方ない、最悪ダビングから帰ったら俺から話に行くとしますか。
残りの雑務を終わらせて13時45分頃に会社を出た。