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4.5話 癖の強い演出

自分のデスクに戻って来て残りの仕事を確認する。まだまだ仕事は山積みである。八角(やかく)さんは相変わらず連絡なし、メールの返事もなし。とりあえず、さっき皐月とすり合わせた(さつ)()れのスケジュールをメールで送る。皐月(さつき)は今日から撮入れの数を増やさないといけないが、多分あいつの事だから上手くやってくれるだろう。

西賀(さいが)君? ちょっと僕の席まで来てくれる?」

 不意に声をかけられた方を向くと、演出の細井(ほそい)さんが立っていた。そしてそれだけ言うと俺の返答も待たずにそそくさと行ってしまう。

 この人も相変わらずだな、俺の予定などお構いなしか。まあ、行きますけど。

「お疲れ様です、どうしました?」

 席まで行って声をかけると机に向き合っていた細田さんがこちらにゆっくりと振り返る。なんか怒っているっぽいな……なんだろう?

「僕言ったよね? カット袋は右向きで揃えて机に置いて欲しいって」

 一瞬、頭にはてなマークが出まくる。えっ、そんな事で呼び出したんですかって言うのをグッとこらえてから、冷静に状況を把握する。机の上を確認すると、確かに1番上のカット袋がずれている。恐らく、何かの弾みでずれたか、第三者がカット袋の中身を確認したとか、何かしらの理由があるとは思うがその発想はないらしい。

「あっすみません、気を付けて置いたんですけど……」

「ここの制作は何回も同じ事を伝えても全然ちゃんとしてくれないよね」

 嘘かと思うかも知れないが、こういった自分のルールをいちいち指摘してくるクリエイターは割と多い。自分の世界でしか生きていなタイプなのだろう。ただまあ、多分どの業界にもいるだろうな……とは思っている。

 細井さんは割と業界も長いベテランの方だ。人間は年齢が高くなるとこうなってしまうのかと思うと反面教師には丁度いい人物だ。

「すみません……気を付けます」

「全然改善されないなら僕は演出チェックしないからね」

 こういう時は火に油を注がないのが一番。まあ、一応言われたことを守らなかったこっちが悪い訳だし……と自分に言い聞かせて俺はとりあえず謝る。

「本当にすみません……それで明日の最終話ダビングなんですけど、15時からになります」

 そして別の話題を切り替える。なるべく重要な話題を切り出すと相手はそっちに反応せざるを得ない。

「15時ね、わかりました。みんなで一緒に車で行くのかな?」

 それに何より、相手も文句を言いたいだけで言い終わった後に同じ事をしつこく言ってはこないのだ。

「いえ、現地集合って感じです」

「ふーんそうなんだ……車使えないの?」

 今度は別の所に食いついてきたな……

「明日は2台とも別の班が使ってまして、すみませんが使えないです」

「まあ別に電車で行くけどさ、ダビング明日って分かってたんだからそこで車抑える事はできなかったのかな?」

「他の班の方がどうしても使いたい、とのことだったので」

「そうですか。まあいいですけど、監督も車の方がいいって言うんじゃないかな」

 グダグダ言っているが、要は車の方が乗っているだけだから楽なのだ。自分の足で歩きたくないのと、交通費の経費精算が面倒くさいだけだろう。

「監督は毎回ご自分で行かれているので大丈夫だと思いますよ」

「へえそうなんだ。15時ね分かりました」

 監督が歩いて行くのに自分が車で送られるって状況を想像してやばいと思ったのか、あっさり引き下がりやがった。自分の保身には抜け目がない人だな。

「では明日よろしくお願いします」

 うちの会社に社用車が2台あるのだが、会社の規模に対して2台は少ないので制作間で取り合いが起きる。音響(おんきょう)のイベント(アフレコやダビング)で一日中車を抑えてしまうと他の班に迷惑がかかるので、会社の決まりで基本的に音響のイベントは各自で現地集合って事になっている。社用車は素材の回収や入れといった外回り業務が最優先で使っていいことになっている。

「今日のチェック素材ってここにあるので全部?」

「はい、次の回収は夜中なので、今日はこちらのチェック終わったら帰って頂いて大丈夫です」

「わかりました」

 細井さんはそう言うと、もう用はないとばかりに机に向き直って耳にイヤホンをする。

 演出さんと制作の関係としてはあまりいい方ではないが、細井さんは基本的に誰でもこんな感じである。

 細井さんはフリーの演出さんで、うちの会社の仕事はよく引き受けてくれている。演出の腕に関してはそれなりで、正直演出が決まらなくて空いている所を埋める要員って感じの扱いを受けているが、それでも最終話を任されているので会社からも一応重宝されている感じだ。

 アニメ制作における演出という役職は簡単に言えば話数の監督である。監督は作品全体を監督して色々とクリエイターに指示を出しながら作品を作っていく立場である。だが全部の話数の原画や背景素材を1カットずつチェックしていくのは時間がかかるので、演出が監督の意図を組みとって話数に使われる素材を全てチェックするのだ。

 もちろん作品によっては原画だけは演出がチェックした後に監督も全てチェックするといった場合も存在するが、大体無理。30分のアニメは1話平均300カット付近で出来ている。テレビシリーズが12本だとしたら、3600カットになる。1カット10分とかでチェックしても8ヶ月以上かかる計算だ。とてもではないが、そこまでの余裕は皆無、アニメの制作期間も予算も無限にあるわけではないのだ。

 だから演出が監督の代わりに素材をチェックしなければならない。監督は最後色がついて全部のカットを繋いだ状態では勿論チェックする。下手な素材のまま回して、いざ繋いだ時に内容が酷かったら、それは演出のチェックがざるだったという事になる。話数の見やすさは演出の力量次第でいくらでも変わる。それだけ演出という役職の責任は重いのだ。細井さんは……まあ良い演出とは程遠いかなと思う。

 まあ、業界歴3年そこらの制作がいっちょ前に口出すことでもないがな。

「さて、残りの仕事片づけますか」

 俺は独り言を呟きながら席に戻った。


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