4話 あざとい後輩制作進行
制作のフロアに戻ってくると皐月がパソコンと睨めっこしていた。
「あっ先輩お疲れ様です~」
隣が自分の席なので座ると皐月が挨拶して来る。
「お疲れ。そして来るの遅すぎだろ、もう15時過ぎてんぞ」
「えーだって起きれないんだから仕方ないじゃないですかー……」
「お前昨日俺より早く帰ってたよな?」
「あれっそうでしたっけ? まあ、そんな事どうでもいいです、それよりも滝本さんのとこ行ってたんですか?」
こいつ、マジでいい性格してやがる。
皐月杠は一年下の後輩である。業界歴も歳も1年下だから、入社当初は学校の後輩が入ってきた感覚に近かった。ただ、この性格もあって全く好感は持てず、仕事を教わっている様子を見ていても、覚えが悪そうな印象だったし、いざ仕事を振ればミスが多かった。そして、仕草や言動がちょっと……いやかなりあざとい。
「ああ、そうだよ。12話の撮入れの予定教えろってさ。最終話の撮入れ予定も一緒に伝えるから、12話の状況を説明せよ」
「先輩それマジなやつですか?」
「そうだな、悪いが今回は手伝えん」
「……ここだと人目があるんで会議室で話しましょうか」
そう言うとパソコンに向き直り、素早い動作で会議室を一室抑えると、皐月は先に席を立ってフロアを後にする。必要な書類を持って俺も後に続く様に出ていく。
会議室は主に2階に固まっている。全部で6室あって、俺たちは一番小さい小会議室に入った。
「狭い会議室に可愛い後輩と二人っきりなんて、先輩が好きそうなシチュエーションですね」
「自分で可愛いって言っちゃう後輩じゃなきゃ嬉しいかもな」
「またまた~照れ隠しにそんな事言って」
「わざわざ会議室まで来たんだから、もうそのキャラ付けやめろよ……」
「いや~先輩はこういう感じの子が好きかなって」
自分で可愛いって言うだけあって皐月はかなり顔が整っている。遊んでいそうな大学生がそのまま社会人になった感じ、髪も肩くらまでの長さの薄いブラウン色で、派手じゃないが陽キャ感漂う雰囲気に仕上がっている。
「むしろ嫌いなタイプだ」
「嫌いなら好きになってもらえるまでやめません」
「……もう勝手にしてくれて」
「実際の所こうやってあざとくしてれば、河本さんとかイチコロですよ。先輩と違って私が困っていたらすぐに助けてくれます」
……もうデスクに言う事は何もない、かける言葉もない。こいつの本性も知らずに、哀れな男だ。
「それで、12話の撮入れスケジュールはできてんのか?」
「もちろん、とっくに作ってますとも」
カチカチっと会議室のパソコンを操作して撮入れ予定表をテレビの画面に表示する。それだけで真剣な雰囲気が会議室を支配するから不思議である。
「これに13話の状況をはめ込むと……中々きついな」
「どうしますか? 先輩がスケジュール通りに撮入れしてくれるらな、来週の月曜日までに入れ切って火曜日は13話の撮影日にしてくれていいですよ?」
「そうしてくれるのはありがたいが……金曜日と土曜日は撮影さん休ませないといけないからな」
今日は月曜日、11話のⅤ編は木曜日で働きづめの撮影スタッフはその後休ませないと体がもたんくなる。2日撮影が稼働できないとなると……
「二日も休ませるんですか? それだと12話の作業期間なくなるから……今日の撮入れから数増やさないとダメか」
そう皐月の言う通り、今日から少しずつでも撮ってもらわないと後々俺の話数にも被害が出てくる。
「お前、わざと作画ギリギリまで粘らせたな?」
「だって、どうせ11話は明日までテイク1揃わないと思ってましたし、現に揃ってないし、だったら作画に時間使ってクオリティ上げた方がいいじゃないですか」
相変わらず先読みの鋭い奴だな。そして、それを踏まえた上で予定通り素材を動かしている。傍から見れば、上手く素材もとり回せない上に、段取りも悪くスケジュールをとりあえず先延ばしている進行に見えるだろうな。たまたま前話数のスケジュールがグダグダになったから上手くいっただけ、それが計算の上で行われたとは微塵も思わないだろうな。
「まあ実際本当にそうなったからいいけどな、この調子で納品まで頼むぞ」
「えー嫌ですよ、最後は先輩に助けてもらって、出来ない後輩なりに頑張った感を出してか弱さと可愛さを前面にアピールしていくつもりなんで」
「だから俺は今回は手伝えんて」
「そう言ってなんだかんだ手伝ってくれるの私知ってるんで、期待して待ってま~す」
この後輩が本当に仕事ができないないなりに頑張っているならそうするけどな。
「お前なら俺の手伝いなくても余裕だろ」
「それとこれとは話が別です。まあ本気出せば余裕ですね、先輩よりも全然優秀なんで」
そう、この後輩は仕事ができないんじゃない、できないふりをしているのだ。
理由はよくわからんが、過去に色々あったとの事なので、深く詮索するのはやめといた。この事を知っているのは会社でも多分俺だけだ。気づいている人は多分いないと思う。皐月の隠す能力はかなり上手い。
「俺が手伝ったら、逆に助けてくれるのか?」
「もちろん手伝いますよ――私が本気で仕事をする時は先輩を助ける時だけです」
「信じていいのかその言葉?」
「はい、仕事ができない先輩が怒られない為に仕方なくですが、私が手伝ってあげます」
そして、どうやら俺が困っている時は、その優秀さを存分にはっきしてくれるらしいから、まあ今はそれでいいと思っている。
「頼りにしてるよ後輩」
「……そうやって素直に返されるとペース乱れるんですけど」
「んっ? なんか言ったか?」
「なんでもないです。それより先輩、手伝ったらどこか連れていってくださーい」
なんだ? みんなそんなに終わった後の打ち上げ的なのに参加したいのか?
「いいぞ、美味しいもん食べさせてやるよ」
「……はあ、いいぞの所で一瞬舞い上がった自分を殴りたい気分です。まあ先輩に期待するだけ無駄か」
「言ってくれるな、じゃあマジで美味しい店連れてってやるよ」
「もうそれでいいです……約束ですからね?」
あざいといなーそのセリフ。上目遣いで首をちょこんと傾げながら言って来る所とかマジであざとい。あと、なんでちょっと不機嫌なんだよ、それも演技なら、ちょっと可愛いから止めてもらっていいですかね。
「はいはい約束な、その代わり仕事ちゃんとやれよ」
「うーん、考えときますーじゃあ私先に戻りますね」
全く考える気のない返事を残して会議室を先に出ていく皐月。
まあ、人にはそれぞれ事情はあるだろな。ただ、皐月の場合はなんでこの業界にしたのかって疑問は残るけど。アニメ業界はやっぱアニメが好きで入ってくる奴が殆どである。ただ、皐月からアニメの話は全く聞いたことがない。単純に聞く機会が無かったからなのか、実はめっちゃオタクで隠しているだけなのかなどいくらでも可能性はあるけどな。
「さて、俺も戻りますか」
今は深く考えても仕方ない、それよりも残り3週間を無事に乗り越えることが大事だ。